第四章
学校の中庭は静かだった。早朝、まだ誰もいない時間帯に紗耶はベンチに座っていた。澄んだ空気の中で彼女は教科書を広げ、静かにページをめくる。学級委員の仕事が増えて勉強が遅れてしまったことを補うため、早めに登校して自習するのが最近の習慣になっていた。
その静寂を破ったのは、靴音だった。紗耶が顔を上げると、そこには祐斗が立っていた。
「おはよう、涼宮さん。こんなに早いなんて珍しいね。」
彼の声に驚きつつも、紗耶はすぐに表情を整えた。
「おはよう。少し勉強をしておきたくて。」
「そうか。僕も早めに来たんだ。昨日の会議で言ってた資料、少し手直しが必要だったから。」
そう言いながら、祐斗は紗耶の隣に座った。その距離は少し近く感じられたが、紗耶は特に気にする様子もなく教科書に目を戻した。
-静かな朝の会話-
二人の間に会話が生まれたのは、ふとしたタイミングだった。
「学級委員の仕事、大変じゃない?」
祐斗が尋ねると、紗耶は少しだけ考えるようにしてから答えた。
「大変だけど、やるべきことだと思うから。」
「真面目だね。涼宮さんらしい。」
その言葉に紗耶は少しだけ眉を寄せた。
「それは、褒めてるの?」
「もちろん。」
祐斗が微笑むと、紗耶は一瞬だけ視線を外した。朝の柔らかな陽射しが彼女の横顔を照らし、その表情にはほんの少しだけ照れが混じっているように見えた。
「あなたも真面目だと思う。」
不意に紗耶が言ったその言葉に、今度は祐斗が驚いた。
「え、そうかな?」
「うん。いつも責任感を持って取り組んでいるし、クラスのみんなからも信頼されてる。それは簡単なことじゃない。」
紗耶の声はいつものように淡々としていたが、その中に隠れた真心が感じられる。祐斗は少しだけ頬を掻きながら、小さく笑った。
「ありがとう。涼宮さんにそう言ってもらえると、なんだか自信が湧いてくるよ。」
二人の間に漂う空気は柔らかく、それでいてどこかぎこちない。普段は多くを語らない二人だからこそ、その短いやりとりが特別に感じられた。
-体育祭準備の本格化-
その日の放課後、体育祭の準備が本格的に始まった。クラスごとに分かれて役割を確認し、それぞれの仕事に取り掛かる。祐斗と紗耶は体育倉庫で道具の確認をしていた。
「これ、思ったより数が少ないね。」
祐斗が道具を確認しながら呟くと、紗耶もリストを見ながら頷いた。
「不足分は他のクラスと共有するか、先生に相談して追加をお願いするしかない。」
「だね。じゃあ、涼宮さんは先生に聞いてみてくれる?僕は他のクラスを回って確認してくる。」
「わかった。」
短いやりとりで分担を決め、二人はそれぞれの役割を果たすために動き始めた。こうした息の合った連携は、クラスメートたちからも高く評価されていた。
-予想外のトラブル-
その日の夕方、祐斗が紗耶に声をかけた。
「涼宮さん、大変だ。」
彼の表情には少し焦りが見えた。聞けば、他のクラスとの共有が難しく、必要な道具がどうしても揃わないという。
「先生にも相談したけど、在庫がないらしい。」
「そう…じゃあ、代替案を考えるしかない。」
紗耶は冷静に答えた。その姿に祐斗は一瞬感心したが、同時に申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめん。僕がもっと早く確認していれば…。」
「そんなことない。こういうことは誰にでもある。それに、私たちが考えればきっと解決できる。」
その言葉に祐斗は少しだけ救われたような気がした。紗耶の冷静さと信頼感が、彼の心を支えていた。
-新しい計画-
結局、二人は夕方遅くまで残って新しい計画を立てた。代替案として使用できる道具をリストアップし、それを活用した進行プランを作成した。
「これでいけると思う。」
紗耶が完成したプランを祐斗に見せると、彼は大きく頷いた。
「うん、完璧だね。涼宮さんのおかげだ。」
「そんなことない。あなたも一緒に考えてくれたから。」
二人は微笑み合い、その場の空気が少しだけ温かくなった気がした。こうして二人の関係は少しずつ深まっていく。
夕焼けに染まる校舎の中で、彼らはこれからの未来を少しだけ期待しながら歩き出した。