第三章
翌日、学校の中庭は初夏の爽やかな風に包まれていた。木々の間を吹き抜ける風が、枝葉を優しく揺らし、鳥たちのさえずりが遠くから聞こえる。昼休み、桐生祐斗は学級委員としての次の仕事の準備をしていた。
「桐生くん、ここでいい?」
涼宮紗耶が、体育祭で使用する用具リストを手にやってきた。彼女の声はいつもと同じように抑揚が少なく、その表情もほとんど変わらない。
「ありがとう。そのリスト、少し見せてもらえる?」
祐斗が手を差し出すと、紗耶は無言でリストを渡した。その動作には無駄がなく、いかにも彼女らしい。祐斗はリストに目を通しながら、彼女の横顔をちらりと見た。
「結構詳しくまとめてあるんだな。」
「効率を考えれば、必要なことを最初から整理しておいた方がいいと思ったの。」
紗耶は淡々と答える。その答えに祐斗は思わず笑みを浮かべた。
「そうだね。涼宮さんがいれば、仕事が楽になりそうだ。」
その言葉に、紗耶は少しだけ首を傾げた。感情を表に出さない彼女が、それでもほんのわずかに興味を示したように見える。
「私がいると、楽になる?」
「うん。冷静だし、ちゃんと考えて行動してるからさ。」
祐斗が自然体で答えると、紗耶は視線を落とし、何かを考えるような仕草を見せた。そして、小さな声で言った。
「ありがとう。」
それはとても短い一言だったが、祐斗は彼女の言葉に不思議な温かさを感じた。
-体育祭準備のミーティング-
放課後、学級委員の仕事として体育祭の準備に関するミーティングが行われた。クラス代表や役員たちが集まり、必要な役割分担や進行について話し合う場だった。
「じゃあ、この部分の担当はどうする?」
祐斗が議題を投げかけると、クラスメートたちは互いに顔を見合わせた。いくつかの意見が飛び交ったが、具体的な答えが出ないまま時間が過ぎていく。
その時、紗耶が静かに手を挙げた。
「その部分なら、効率的な方法がいくつか考えられると思う。」
彼女は冷静な声で説明を始めた。必要な人員や具体的な手順について、的確な提案を次々と口にする。その内容に、クラスメートたちは自然と引き込まれていった。
「なるほど…それならスムーズに進みそうだな。」
祐斗も感心しながら頷いた。紗耶の提案には無駄がなく、実現可能なものばかりだった。彼女の説明が終わると、自然と拍手が起こった。
「すごいな、涼宮さん。」
「こんなにしっかり考えられる人がいるなんて、心強いね。」
クラスメートたちの賞賛の声が飛び交う中、紗耶は表情を変えずにただ座っていた。しかし、祐斗には彼女の耳がわずかに赤くなっているのが見えた。
-予想外の出来事-
ミーティングが終わり、二人で片付けをしているとき、紗耶がぽつりと口を開いた。
「こういう場で話すのは…慣れてない。」
祐斗は意外そうに彼女を見た。
「そうだったの?でも、すごく堂々としてたよ。」
「そう見えるだけ。頭の中では、失敗したらどうしようって考えてた。」
それを聞いた祐斗は驚きつつも、少しだけ笑った。
「それでもちゃんと話せるんだから、立派だよ。」
紗耶はその言葉に一瞬だけ目を見開いたが、すぐに視線を外した。そして、小さな声で言った。
「ありがとう。」
その一言には、彼女の素直な気持ちが込められているように感じられた。
-帰り道の会話-
片付けが終わり、二人は一緒に帰ることになった。道端に咲く花々が夕日に染まり、静かな時間が流れる。
「今日の提案、すごく良かったよ。」
祐斗が歩きながら言うと、紗耶は少しだけ顔を俯けた。
「私にできることをしただけ。」
「それでも、みんな助かったと思う。僕もすごく頼りにしてるし。」
その言葉に、紗耶は少しだけ足を止めた。そして、祐斗の方を見上げる。
「頼りに…してくれてる?」
「もちろん。これからも一緒に頑張ろう。」
祐斗が真剣な目でそう言うと、紗耶は小さく頷いた。その目には、これまで見たことのない微かな光が宿っていた。
二人の間に流れる空気が、少しだけ変わった気がした。それは言葉にできないほど微妙な変化だったが、確かに感じられるものだった。
この先、二人の関係がどう変わっていくのか—その答えは、まだ遠い未来にある。