表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第二章

翌朝、教室に入ると同時に、桐生祐斗はひんやりとした視線を感じた。それがどこから来ているのかを探るまでもなく、正面に座る涼宮紗耶の存在が答えだった。


「おはよう。」


祐斗が軽く声をかけると、紗耶は一瞬だけ視線を上げた。相変わらず感情を読ませない目だったが、小さく頷いて返事をした。


「おはよう。」


それだけの挨拶で、紗耶は再び視線を机上のノートに戻した。その姿はどこか冷たくもあり、他者を寄せ付けない壁のようだった。それでも祐斗は気にせず、自分の席に向かう。


今日のホームルームでは、昨日準備した資料を配布することになっていた。学級委員としての初めての役目に、多少なりとも緊張感があったが、祐斗はそれを表に出さなかった。


「お前ら、本当に静かに作業してたんだな。」


隣の席の友人、田嶋亮が苦笑混じりに声をかけてきた。彼は何かと気さくで、誰とでも話せるタイプだ。祐斗は軽く肩をすくめた。


「別に騒ぐ必要はなかったしな。」


「まあ、涼宮さんが相手なら、そりゃそうかもな。なんか、近寄りがたいオーラがあるっていうか。」


亮がちらりと紗耶の方を見やる。その言葉に祐斗は少しだけ考えたが、何も言わずにノートを開いた。


-ホームルームの開始-


ホームルームが始まり、担任の森崎先生が入ってくると、教室は自然と静まった。祐斗と紗耶はそれぞれ配布物の束を持って前に立つ。


「それじゃあ、学級委員のお二人、資料の配布をお願いします。」


森崎先生の指示を受け、二人はクラスメートたちに資料を配り始めた。紗耶は無駄な動きを一切せず、淡々と作業をこなす。その姿に、祐斗は昨日と同じような効率の良さを感じた。


「ありがとう。」


小声でそう言って資料を受け取る女子の一人が、少しだけ紗耶を気後れしたような目で見つめた。それに対して紗耶は何の感情も浮かべず、ただ次の人に資料を渡すだけだった。


祐斗はその様子を見て、小さく息をついた。紗耶が人を遠ざけてしまうのは、きっとその冷静すぎる態度のせいだろう。だが、彼女自身がそれを気にしているようには見えなかった。


-放課後のミーティング-


その日の放課後、学級委員としての簡単な打ち合わせが行われた。参加者はもちろん、祐斗と紗耶の二人だけだった。


「次の行事について、先生からこれを預かった。」


紗耶が取り出したのは、次週の体育祭に関する資料だった。彼女はその内容を一通り目を通し、祐斗に手渡す。


「どう思う?」


「どうって…まあ、内容は普通だな。特に問題はなさそうだけど。」


祐斗がそう答えると、紗耶は少しだけ首を傾げた。


「普通って、どういう意味?」


彼女の問いに、祐斗は一瞬言葉に詰まった。それは冷たさというよりも、純粋な疑問を感じさせる声だった。


「えっと、つまり…特に改善点もないし、このままでいいんじゃないかってことだよ。」


その説明に紗耶は納得したように頷いたが、どこか考え込むような表情を見せた。そして、静かに言った。


「私たちが関わるなら、ただ普通じゃなく、少しでも良くするべきだと思う。」


その言葉に祐斗は驚き、彼女の顔をじっと見つめた。これまで淡々とした態度しか見せなかった紗耶が、自分の考えをはっきりと口にした瞬間だった。


「そっか…それもそうだな。」


祐斗は苦笑しながら同意した。彼女の言葉には、一理どころか確かな説得力があった。


-帰り道の微妙な距離-


その日もまた、二人は同じ方向へ帰ることになった。夕焼けに染まる道を並んで歩く中、祐斗はふと紗耶に話しかけた。


「さっきの話、ちょっと意外だったよ。」


「何が?」


「君がそんな風に、普通じゃなくて良くしたいって考える人だとは思わなかった。」


その言葉に紗耶は一瞬だけ歩みを止め、祐斗の方を見た。夕日の光がその瞳を柔らかく照らし、ほんの少しだけ感情の色を浮かび上がらせたように見えた。


「そう見える?」


「うん。でも、悪い意味じゃないよ。」


祐斗が少し慌てて付け加えると、紗耶はわずかに微笑んだ。それはほんの一瞬のことだったが、彼の胸に妙な温かさを残した。


「これからも、学級委員として頑張ってみるつもり。だから…あなたも、手を抜かないで。」


「もちろん。」


祐斗は真剣な表情でそう答えた。その返事に満足したのか、紗耶は再び歩き出した。二人の間に漂う微妙な距離は、その一歩一歩で少しずつ縮まっていくようだった。


その先に待つ未来を、まだ誰も知らないまま。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ