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蝉の姿に自分を重ねる

作者: 有未

 今日の外は暑く、夏の気配がしました。割と風があったので、それは良かったです。


 夏になれば蝉が鳴き始めます。私は蝉を思うと、なんとなく自分に重ねてしまいます。長い間、地面の中にいて、やっと空を飛べたと思ったらひとつの夏という季節を越えられないで、その命を消してしまう。夏の終わりに道端に蝉が横たわっているのを見ると、とても悲しくなります。頑張ったんだねと、少し泣きそうになるのです。特別に蝉が好きなわけではないのですが、数年前からそのように思います。


 私の人間生活も、長い時間が過ぎました。本当だったらきっと楽しかったはずのむかしの時間は、良くない家庭環境や自分自身の病状の為、つらいままに過ぎ去って行ったように思います。過ぎた時間のことを考えても仕方のないことだとは思いますが、少しだけ悲しくなります。何匹もの蝉の姿をした私が横たわっている風景が浮かんでしまうのです。


 私は幾つもの季節を越えて、時間を過ごして、此処まで来ました。引っ越しを二回して、静かな家に住むことが叶いました。此処には深夜に大音量の音楽を鳴らす弟も、理不尽に私を怒鳴る母もいないのです。好きな紅茶を淹れて、紅茶を飲みながら、自分だけのパソコンで小説やエッセイや日記を書くことが出来ます。好きな漫画や小説を読むことも、好きな音楽を聴くことも出来、料理も自由に出来ます。この環境を築くまで、私は多くのひとに支えられて来ましたが、自分自身が頑張ったことも大きく寄与していると思います。もう諦めてしまいたい。そう思ったことが、きっと百回を超えていると思います。遮光カーテンを閉めて、明かりも点けず、暗い部屋で暗いことばかりを延々と考える。そんな時期も長くありました。


 私は、いまが一番、楽しいです。体調面で言えば健康ではないので、毎日がとても疲れやすく、出来ることはきっと他の健康なひとよりも少ないと思います。そのことをつらく思ったことも沢山あります。私ばかりがどうしてと、そんな風に考えてしまったこともあります。けれど、なにも問題のない顔をして街を歩いている人々も、きっと皆、なにかしらの事情を抱え、それぞれの環境の中で生活をしています。いまが楽しいと思っているひとも、いまがつらいと思っているひともいると思います。


 命が平等だとは、私は思いません。平等と思いたい。そう考えてはいます。しかし、例えば私のように病状を抱えるひともいれば、病状とは無縁の人生を送るひともきっといます。けれど、病状を抱えないひとは、きっとなにか別の荷物を抱えているのです。そう考えられるように、いつしか私はなりました。ひとそれぞれ。人生は、その言葉に尽きると思っています。短いような長いような人生の中で、自分が好きになれるものを見付けることが、私は大切だと思っています。


 どれほどに希望を探しても、なにも見えないこともあります。私は長い間、そうでした。体は休んでいても、心が休まりませんでした。世界中でひとりぼっちだと、そう思っていた時もあります。でも、いまの私が此処にいるということは、私はひとりぼっちではなかったし、いまもそうであるということです。むかしの私には周りのことも、自分のことも、見えていなかったのだと思います。空を飛ぶ蝉に憧れて、夏を越えられない蝉に自分を重ねて、繰り返し繰り返し同じように流れて行く日々の中を必死に生きていたように思います。


 いまでも、色々と思うことはあります。あの時、こうしていたら。そう、振り返ることは沢山あります。後悔とも言えるし、少し違うような気もします。自分自身のことを全て把握することは難しいようです。


 私は、いま、此処にいる私がとても好きです。絶望を抜けられた自分自身が好きです。これから先、またなにか大きなつらい出来事が起こるかもしれないし、病状が悪化する可能性もあります。けれども、心配しすぎても仕方ないのです。日々の中にあるささやかな幸せを大切にしながら、私はいちにちという単位を緩やかに過ごして行きたいと思っています。

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