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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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命に、報いるために⑥

 二人分の足音が冷たく反響し消えていく。石で囲まれた薄暗い道を俺とエドガーが走る。とにかく無心で牢屋の出口を目指していた。


「怪我は、その、大丈夫なのか?」


 足を動かしながらエドガーが問う。俺を見て目が合うと気まずいのか、すぐに目を逸らした。

 互いに思うところはあるも、それが会話に支障をきたすのは望んでいない。感情を押さえつけ、腹部に触れる。目に見えた傷はないが痛みは続いていた。


「動けるくらいには」


 短く答える。平常を装っているが、少し動くだけで振動が右腹部に届き捩じ切れるような感覚が走っていた。意識すればする程痛みは増していく。しかし、今はこの痛みがありがたい。これに気を取られていなかったら、別の事を考えてしまいそうだから。


「その血の痕は?」


 次にエドガーは横目で俺の服を見る。やはり気になるのだろう。一目で致死量と分かる程の血液の跡が広がっているのだから。


「これは、フリットに刺された」

「はぁ? そこを?」


 答えると、エドガーは刺されたと思われる箇所を凝視する。そこは人体の急所。訝しむように俺の顔を見た。


「なんで生きてんだ?」

「分からない」


 率直な疑問を受け顔を顰める。死ぬなと言っておいて、どうして生きているか問うのはどうかと思うぞ。

 だが、自分でもここを刺されたのにも関わらず、今生きている理由が分からなかった。フリットは回復魔法を使えない。俺がフォリシアから去り、その一年の間に会得した事も考えられる。が、それでも死の淵から蘇らせるような高度なものを使えるようになるとは考えられない。


 俺の勘になってしまうが、アーティファクトの可能性もなんとなく除外しておこう。フリットはそう言った遺物を使うと思えないし、第一に好んでいないだろう。これも、今更知ったような口を利くな、と言われてしまうだろうか。

 あと考えられるのは、俺が気を失う前に見た女性。視界は霞んでいたが、長い髪の女性を確かに見た。もし彼女がフリットの協力者と言うのなら、彼女が使ったと考えていいのかもしれない。


 でも、どうして。そのまま俺を殺せば良かったのに。地面に絡み付く絶望が足を重くする。

 それでも、無理矢理片足を前に踏み出した。今は、進まなければ。思考を振り払い前を見る。


「起きたら治療されていた。しかも中途半端に」

「どういうことだ?」


 もう一度腹部に触れた。やはり痛い。


「臓器の損傷と失血は治療されてるけど、筋組織とかは器用に途中で投げ出してるんだよ」


 お陰で少し動いただけで引き攣るような痛みが持続する。走るだけでも激痛を伴うのだが、口を動かせば更なる苦痛に苛まれた。

 エドガーは俺を見て目を伏せる。


「それは……」


 彼の唇が動きかけて止まる。表情は葛藤に揺れていた。短い沈黙の末、僅かに口を開く。


「もうアイクに内乱へ介入して欲しくなかったからだろ」

「……だろうな」


 エドガーの言葉は、俺も考えていた可能性の一つだった。

 フリットが黙ってフォリシアから居なくなった俺に対して憎しみを抱いているのは確かだった。だからこそ、この場所を刺したのだろう。


 それでも、フリットは俺を生かそうとした。わざわざ中途半端に蘇生し、脱走しないよう武器も通信魔具も取り上げ、内乱の影響が及ばないような牢屋に閉じ込めた。あの言葉を言い放った時点で、俺が二度と立ち上がれないと分かっていながら。


 中途半端で、不器用で、身勝手な優しさだった。

 殺されかけ、心を打ち砕かれたにも関わらずフリットに対して憎しみを抱けないのと同じ、だと思う。彼もきっと、俺との縁を捨てきれずにいるんだ。胸の奥底に重みを感じ、心臓が締め付けられる感覚を覚える。


 いつの間にか通路は行き止まりに差し掛かり、手前に厚い鉄の扉が見えた。錆び付いた思い扉を引くと、隙間から眩い光が一気に溢れ出した。視界が白く染まり、目が眩みそうになる。

 それでも、俺はやらなければならないんだ。課せられた義務と責任から、もう逃げ出す訳にはいかないのだから。


 牢との隔たりを越えると、爆撃術式や雷撃術式の音を間近に感じる。室内に居るのにも関わらず硝煙に混じった血の匂いが届き、より一層内乱が起こっているという現実を実感させられた。


「ユーフェミア王女の手紙によると、内乱に介入するのが正式な術師協会からの依頼になったって言ってたな」


 先程、走りながらエドガーが話していた内容を確認する。隣で彼は小さく頷いた。


「まあ、内乱の一部に、だけどな」


 少し齟齬があるらしく、エドガーは顔を顰める。


「正確にはお前の幼馴染……と一緒に行動する女の捕縛らしい」

「……どういうことだ? ラステカの二人じゃなくてそっちなのか?」


 不可解な仕事だった。確かにフリットに協力者がいる事は把握している。しかし、彼らを止める事が今、それが最優先事項なのだろうか。エドガーも俺と同じ疑問を抱いていると表情から読み取れた。


「分からない。でもしっかり術師協会の指令書も入ってた。印の解析もしたし正式な物で間違いないだろ」


 そこでエドガーの言葉は止まった。謎は謎のまま。結局彼女を止める理由も分からない。けれどもやらなければ。俺達の意志とは関係なく、それが仕事なのだから。


「じゃあ、まずは皆と合流しないとな……」

「だな」


 俺の言葉に同意しエドガーは微かに口元を歪める。


「ヴィオラとマリーは別の場所を探してる。連絡入れてるからこの先の合流地点で待機してるだろ」

「マルティナは?」

「王女が予測した場所にお前の装備を探しに行ってる」

「予測した場所?」


 先程、ユーフェミア王女が俺の居場所を予測したと言っていたが、奪われた装備品についても考えていたのか。なかなか続きを話さないため首を傾げると、エドガーの顔が曇る。


「……多分、フリットの部屋だろうって」


 それは彼の部屋であると同時に、俺が以前使っていた部屋でもあった。あの部屋にまだ居ると、フォリシア二日目の夜、彼は話していた。


「……そうか」


 息苦しい程の感情が喉元に押し寄せる。無理矢理飲み込み前を向いた。視界の端でエドガーの姿が揺れるが、互いに目を合わせることはなかった。


「まあ、アイクもちゃんと傷治した方がいいだろ」

「そうだな」


 激痛は今も続いている。俺が使用できる治癒魔法でも治せる程度だが、生憎魔具がない。魔具がなければ当然魔法も使えない。この先にヴィオラが待機していると言うのなら、彼女に治療してもらうのが早いだろう。


 考えていると、前方から足音が聞こえた。おそらく単独。音から考えると男性のもの。つまり班員やマリーのではない。このまま進めば鉢合わせるだろう。

 エドガーも足音に気が付いていた。目を合わせると徐々に足を緩めていく。曲がり角の向こうから男性が現れ、足を止めた。相手も俺達に気が付き、目を見開き驚愕とも言える表情へ変わる。


「なんでお前がここに……!」


 イェルドが言う。それは、こっちの台詞だった。


「何してるんですか、イェルドさん」


 呼びかけると、イェルドは後退る。顎髭を貯えた顔には脂汗が浮かんでいた。俺と鉢合わせ何か不味い事でも? そもそも内乱の最中、何故こんな所にいるのだろうか。服に汚れはなく、内乱の制止に関わっていた痕跡はない。そして、手に持つ物は──、


「それを、どうするんですか?」


 イェルドは木箱を抱えていた。それは何か、一目で何か分かる。魔石だ。緊急事態と言っても、術師未登録の魔石を戦場に持ち出す事などありえない。まさか、この混乱に乗って盗み出したと言うのか。

 俺の視線に気が付き、彼はもう一歩下がっていく。


「まさか売るんじゃ……」

「うるせぇな! お前こそなんなんだよ!」


 イェルドの怒鳴り声が言葉を途中で遮った。俺の指摘はどうやら正解らしい。激昂している様だが、少しずつ俺達から距離を取っている。

 彼は竜の出現時も民間人の避難に勤めず、暴動の鎮圧にも関わっていなかった。己の使命を全うしないどころか、日和見な態度を繰り返す姿に嫌悪感を抱いていたが、まさか、これ程までに堕ちた人間だったとは予想もしなかった。


 離れた距離を埋めようと足を踏み出すと、振動が腹部に伝わり痛みが走る。止まっていた分、さらに鋭い痛みを感じた。思わず呻き声を漏らすと、彼の瞳は俺の腹部を注視する。そして口角を上げ、にやついた笑みを浮かべた。


「お前、もしかして怪我してんのか?」


 イェルドは盗品を足の横に置くと剣の柄に手をかけた。その行動を見たエドガーも自分の魔具に触れようとする。が、敢えて止めるようにエドガーの前に立った。俺が、イェルドと話さなければならない。


「だから何なんです?」


 そう言うとイェルドは下卑た笑みを崩さないまま剣を抜いた。武器も持たず怪我した俺なら、口封じに殺すことが出来ると思ったのだろうか。エドガーの事も視界に入っていない。いや、元々眼中にないのだろう。以前彼の前で三級術師と言っていたのに。相変わらず、見た目でしか判断できない人だった。


「前から気に入らなかったんだよ」


 呟いたイェルドの瞳に憎悪が灯る。


「本当なら俺が部隊長になるはずだったのに、後から出てきたお前が……」


 その感情は俺に向けられていた。身勝手な嫉妬だった。


「確かにイェルドさんは強いです。実力もあります。でも、」


 俺が部隊長になるのを決めたのは上の判断だ。しかし、当時の記憶が、投げ掛けられた言葉が脳裏に蘇りそれ以上口を開けなくなる。言葉を詰まらせる俺を見て、イェルドは喉の奥で笑った。


「そうだよな、お前は親のコネがあったもんな」


 向けられる嘲笑が胸に突き刺さる。何か言おうとしても、胸の痛みが全てを遮り言葉が出ない。それを見て、イェルドの表情がさらに歪んだ。


「って噂流したら皆信じたよ」

「……え?」


 突然の告白に呆気に囚われる。予想外の言葉に思考が追いつかない。どういうことだ?

 立ち尽くす俺を無視し、彼は一方的に話を進めていく。


「ふざけて酒の席で話したらよ、それを信じた奴がまた別の奴に話して」


 過去の出来事に浸り、彼の顔から更なる笑みが零れた。


「そんで、そこから勝手に落ちぶれてさ、ここから居なくなった時は笑ったよ」


 哄笑を上げる彼を見て、ようやく理解した。イェルドが、こいつが、俺の噂を流した。ただの嫉妬で、ありもしない俺の話を広めていったんだ。

 理解した事で、感情が胸の奥から込み上げる。握りしめた拳は怒りで震えていた。

 イェルドの笑い声が止まり、俺を見る。


「そしたらなんだよ。居なくなったと思ったら次は術師協会?」


 向けられているのは憎悪を帯びた視線。


「どうしてお前だけ」


 呟きにじり寄る。


「いつもいつもお前が選ばれてなんで俺じゃないんだよ!」

「それはイェルドさんの実力が彼らの求める水準に及ばなかったからです」


 俺の喉から発せられた声は、自分でも驚くほど冷たいものだった。だがそんなことどうでも良い。


「俺の方が強かった、それだけだ」


 イェルドに事実を告げると彼の顔色は赤く染まっていく。額に血管を浮かべ、一歩踏み出した。


「黙れよッ!」


 怒号と共にイェルドは走り出す。剣の間合いに入ると腕を振り上げ、斬り下ろす。遅い。剣速も告白も、何もかも。

 迫る刃と共に動き出す。激痛などどうでも良い! こんな痛みで止まっていられるか!

 半身で斬撃を回避。そのままがら空きの脇腹へ拳を叩き込む。痛みに身体を折ったイェルドの顔面へ膝蹴り。鼻骨の折れる音、感覚と共に彼の血と歯が飛んでいく。そのまま足を払うと腰が浮き、受け身も取らず仰向けに転倒。俺が左足を上げると、イェルドの顔に靴の影が落ちた。

 俺の次の行動を予測したイェルドの表情に恐怖が帯びる。


「や、やめっ……」


 彼は俺に攻撃を止めるよう懇願する。その情けない声は憐れで、不快だった。何故今まで彼の言葉に怯えていたのだろうか。今まで相手にしてきた違法者と比べたらこんな奴、恐れるに値しない!

 渾身の力を込め、踏み砕く。外から聞こえる爆撃音を裂き、破砕音が廊下に響き渡った。


 俺の足はイェルドの顔の真横に減り込み木製の床を破壊していた。足を退け彼を見る。俺に殺されると思ったのか、失神していた。殺すわけがない。こんな奴の命まで、背負いたくなかった。


 遅れてやってくる痛みに息を吐きながら後ろに下がる。思い出すのは彼との記憶。俺にもイェルドを尊敬していた時期はあった。騎士学校時代の彼は優しく、面倒見が良かったのを覚えている。

 変わってしまったのは、そう、俺の術師としての等級が彼と並んだ辺り。俺の噂が広まり始めると、理由を付け自ら努力することを止めてしまった。俺が、彼を歪めてしまったのだろうか。ただ、虚しさが残る。


「で、どうだった?」


 全てを見ていたエドガーが問う。目を向けると拘束するための術式を展開していた。


「どうって?」

「こいつを打ちのめして」


 言いながらイェルドを拘束する。打ちのめしたからと言って、過去に受けた傷は、あの日常は戻らない。イェルドが変わった理由も結局は身勝手な嫉妬だ。そんな理由で俺のフォリシアでの人生が全て崩されたかと思うとやるせなくなる。それでも、


「少し、すっきりしたかな」


 やはり、やらないよりやる方が良いに決まっている。


「なら良かった」


 エドガーが笑い、俺もそれに返す。イェルドから視線を外し前を向いた。合流地点へ、皆の元へ、足を進めていく。


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