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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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命に、報いるために④

 目の前に風景が浮かぶ。それはどこか懐かしい光景だった。隣に並ぶ藍色の髪の少年は見覚えがあり、それが誰なのか分かった時、この映像が意味するものを理解する。


 胸には安堵感。何故?

 分からないまま、記憶の再生は進んで行く。俺の手が伸ばされ、少年と契りを結ぶ。暗転。

 目の前が明るくなり、新たな場面へと転換される。俺は幾人もの人に囲まれていた。皆傷付き、至る所から血液を流しながらも、その顔には笑顔が浮かんでいる。俺に向けられたものだった。

 覚えている。覚えていた。称賛と賛辞。数多の言葉が俺を包む。

 俺も傷を負いながら、その中で笑っていた。充実感に満たされていた。幸せだった。子供の事から抱いていた夢の一歩をようやく踏み出せた、そう思っていた。


 後ろから言葉が投げかけられ皆の表情が強張る。先程まで笑顔だった男性の視線が泳ぐ。一人が目を逸らし、また一人後退していく。

 俺から離れ、別れ、背け。去り、散り、退き。

 そして、独りになった。


 闇。

 声が聞こえた。

 数多の声が溢れ、飲み込んでいく。


「アイクが昇進したって」「部隊長?」「まだそんな年じゃないだろ」「なんであいつが?」「あんな奴が上司なんて」「本人は勘違いしてるだろ」「実力なんて全くないのに」「だって騎士団長の息子だろ」「ああ、どうせ七光りか」「ただのコネでしょ」「親の力で上がっただけだよ」


 言葉は鮮明に明瞭に、あるはずのない肉体へ刃となって刺さっていく。

 聞きたくない。

 声帯のない躰で声は出ず、ただ思念が散っていく。

 また景色が遷移する。


「謝らなくて良いよ」


 病室。隣に座る藍色の髪の青年が深い溜息をついた。


「それが、君の本音だろ」


 凍えるような瞳が俺を映す。だた、絶望に戦慄くその表情を、はっきりと捉えていた。

 違うと、そう言いたかった。言えなかった。何故なら自覚していたから。自分の中に芽生えていた冷たい感情が溢れ出しただけ。だから、否定できなかった。

 個を認められた彼に俺の事なんか分かるわけがない。知ったような、理解者のような顔で話しかけるなよ。

 しかし、本音を溢して得たものは、強烈な後悔だけだった。


 何故、あの時死んでいなかったのだろうか。何故、生かされてしまったのだろうか。死んでいれば、こんな憎しみを抱かず、皆に多少惜しまれながらも別れる事が出来たのに。


 もう、どうでもいい。

 思考を放棄し暗闇に沈んでいく。意識は混濁し、心地よい静謐へと誘われる。


 無。

 そして、光が広がる。



 冷たい感覚が肌に伝わり目を開ける。霞んだ視界、最初に目に入ったのは石の模様だった。瞼を何度か瞬かせると、次第に世界が明瞭となっていく。俺が寝ていたのは石が並べられただけの無機質な床。

 身体を起こそうとした瞬間、鋭い痛みと共に頭が眩む。何故だろうか。こんな所に寝ていたから? 特に右腹部の痛みが強い。


 未だに働かない頭で周囲を見渡していく。前方に見えるのは鉄格子。さらに奥、正面の小部屋にも同じ柵が設けられ、それがいくつも並んでいる。

 ここは牢屋、だろう。魔具による罪人の拘束機能もなく、特徴的に現在使われている物ではない。記憶を辿り思い出す。確か、大昔に使われていた牢屋、だと思う。時代の移ろいと共に不要になった場所。設備として知ってはいたが、この場にいる事でやっと思い出せるような所だった。


 遠くでは爆発音と共に地響きを感じる。断続的に銃声も聞こえた。この事態から予測される事は一つ。ついに、内乱が始まっている。

 自分はいつからここに? どのくらい気を失っていた? 通気口を兼ねた小窓から差し込む光で昼間であることは分かるが、太陽が見えないため時間が確認できない。

 そもそも、何故こんな所に。確か俺は、フリットを止めようと呼び出して──。


 脳裏に映像が蘇る。フリットの手にした剣。自分を刺し貫いた刃。倒れ行く感覚、激痛、そして言葉。即座に立ち上がり、鉄格子を揺さぶるがそれは微動だにしない。右腹部に激痛が走り蹲る。あまりの痛みに口からは情けないうめき声が漏れた。


「なんで……」


 訳も分からず零れた声は薄暗い空間に反響し、消えていく。

 服には刃が貫通した痕跡があるも、服を捲り確認するが傷口は存在しない。痛みは強く残っているのに。

 牢の中を見渡すが俺の装備も見当たらない。耳についていた通信用の魔具も外されている。


 俺はフリットに刺され、そして敗れた。服に付着した大量の血液と、口腔内に残る吐血の残滓がそれが現実であると物語っている。急所を刺されてどうして俺は生きているんだ?

 それより、フリットを止めないと。


 どうして、その必要が?

 再び立ち上がろうと鉄格子を掴んだ所で疑問を抱いた。その問いかけに答えられないまま、思考は虚無に飲み込まれていく。

 行ってどうなるんだ。武器もない。こんな体で。また敗れるのは目に見えていた。

 だが、止めなければ、その先は。脳裏に浮かぶ結末に奥歯を噛みしめる。


 おそらく、フリットは死ぬつもりだ。国王は近衛兵達に守られている。フリットがいくら強く、天才と呼ばれていても精鋭揃いの近衛兵を相手に生存できるとは思えない。また、国王を殺す事で内乱は加速し、即座に革新派の手に落ちるだろう。それはこの国の終焉を意味している。だから、行かないと、しかし、


「俺に止める資格はない、か」


 フリットから言われた言葉を反芻する。鉄格子を掴んでいた手は力が抜け地面に落ちた。

 全部、彼の言う通りだった。俺に止める資格はない。

 自分の中にずっと渦巻いていた感情をついに認知してしまった。俺は、この国を憎んでいる。憎んで、恨んで、消えてしまえばいいと思う程に。暴動や内乱の予兆に対して何も思わなかったのがその証拠だ。


 噂が広がると掌を返したように態度を変えた人々。努力も何も認められず、鬱屈した思いを抱えながら過ごす日々。そして、芽生えた親友への嫉妬心。あの時の絶望が蘇る。言葉が、光景が、脳裏に鮮明に映し出された。俺を見て歪む口。嘲るような視線。声。


 突然の吐き気が全身を貫き、口元を手で覆う。込み上げる内容物を抑えきれずその場で激しく嘔吐した。胃が空になっても横隔膜は痙攣を続け、喉を焼く苦しみが繰り返される。ようやく収まる頃には全身が脱力し、荒い息だけが静寂を破った。


 顔を上げることが出来ない。この国の全てが自分の中で怒りと憎しみに変わり、今は燃え尽きた炎のように虚無感だけを残していた。 

 喉から乾いた笑いが漏れる。心の底から湧き上がる絶望は、これまで積み上げてきたもの全てを否定していた。俺が今までやって来た事は無意味だった。努力も何もかも無駄だった。


 左腕が小さく震えていた。ここもフリットに切り落とされていたはず。今は接合されているが動きを確かめる気にならなかった。自分で切り落としたのなら、そのままにしておいてくれよ。こんな腕、もう必要ないのだから。

 なんで、俺を生かしたんだ。胸の内で、冷たい疑問が巡る。身体の熱を奪い、思考を滞らせる。一つの願望が頭を支配していた。


 足音が静寂を破る。続いて声が聞こえた。反響して何を言っているのか分からない。徐々に近付き、その声が明確になる。

 そして、自分の前で止まった。


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