命に、報いるために③*
爆音が轟く。黒煙と共に怒号が飛び交い、新たな爆撃術式が紡がれた。空気が震え地面が振動する。爆発で吹き飛んだ小さな瓦礫が足元まで転がり込む。フリットはふと足を止め、外に面した二階の連絡通路から中庭を見た。
革新派は既にここまでに入り込み騎士団と争いを繰り広げていた。革新派の放った爆撃術式を騎士団は盾を並べ防いでいく。後ろから数人の騎士が狙撃術式を展開し、発射。槍は革新派達の腕、胴、首、眼窩に着弾し彼らの進行を阻んでいく。
革新派の後方から一際大きな発砲音が放たれた。飛来する鉄塊は音速を越えた速度で騎士団の盾に着弾。容易に砕きそのまま胴を貫通。胸に空いた空洞から血液と臓物を零しながら倒れていく。すかさずそこに爆撃術式が放たれ、防御は崩れていった。地面に飛び散る肉片、臓器を踏み潰しながら彼らは進んで行く。
ほぼ民間人で構成された革新派だが、騎士団から革新派へ転身した者達の指揮によって着実に押していた。
フリットは冷えた目で彼らの戦いを見下ろしている。現王政に勝ち目はない。戦火に倒れる人々に見知った顔があってもどうでも良かった。
かつて愛した国はこの有様。大切だった親友にも約束は放棄され、もう未練はない。こんな国、早く滅びればいい。
「立ち止まってどうしたの?」
問いを投げかけられ、振り返り声の主を見た。数歩後ろには一人の女性。戦場の喧騒の中、彼女は純白のドレスを纏い立っていた。腰まで届く白金の髪が爆風に舞い、紫の瞳は戯れるようにフリットを捉えている。その姿は、不気味なまでに場違いな美しさを放っていた。
どこか楽しげな表情にフリットは不快感を抱き、すぐに視線を外す。
「別に、思惑に踊らされてる奴らを見てるだけだよ」
吐き捨て、再び戦場を見る。国民達は以前から王政に不満を抱いていた。しかし、自ら声を上げたのではなく、抗議活動に火を付けたのはアウルム帝国の工作員だ。彼らは筋書通りに踊り、暴れているだけに過ぎない。国王も愚かなら、国民も愚かだった。
「冷たい男ね」
「お前みたいな得体の知れない女に言われたくないな」
フリットは彼女を見ることなく吐き捨てると歩みを進めた。女性もそれに続く。フリットの言葉に対して、彼女の口元が冷たく歪む。
「近衛兵団を裏切って革新派に情報をばら撒いた人がそんな事言えるのかしら?」
フリットは何も言わない。無言に対して女性は距離を詰め、彼の肩に手をかけた。
「それに、得体の知れないとは心外ね。コルネリアってちゃんと名乗ったでしょ?」
自らをコルネリアと名乗る女性は、フリットに顔を近付けると美しい顔に毒々しい笑みを浮かべた。フリットは眉を顰め不快感を露わにする。そして、柄に手をかけ、抜刀。
攻撃を予測し顔を逸らしたコルネリアの前髪を刃が掠めていく。殺されかけたにも関わらず、コルネリアの表情は笑顔のまま。一歩距離を取っただけで彼女は何事もなかったかのように並んで歩く。
フリットはため息をつきながら剣を納め、横目で彼女を見た。
「本当の事を言っただけだ。そもそもそれは本名か?」
この国でその名前を知らぬ者はいない。コルネリアとはフォリシアに伝わる巫女の名前だった。偶然か、それとも自分を揶揄うために名乗っているのか。彼女の自分への態度を見る限り後者も考えられた。
「あたしの事、全く信用してないみたいね」
自分と距離を取ろうとするフリットにコルネリアは喉を鳴らした。顔に張り付くのは歪んだ笑み。
「一人じゃどうしようもなくて、そんな奴の手を取るしかなかったくせに」
「違う。お前が教会の印章を提示してきたからだ」
忌々しいものを見るようにフリットは睨みつける。コルネリアは気にも留めず、むしろ彼の心境を嘲笑うかのようにさらに口を釣り上げた。
彼女は全く信用できない。だが、身分を証明するために持っていた印章は確かなもの。刻まれた術式は信じがたいが、枢機卿を示すものだった。ならば利用するしかない。
「そんなに怖い顔しないでよ。あたしだってあんたに感謝してるんだから」
「俺が丁度良い協力者になりそうだったからか?」
「ええ、そうよ」
コルネリアは言いながら横を見る。夜明け前を思わせる紫色の瞳は王宮へと向けられていた。
「あたしとしても王家の血を絶やすわけにはいかない。でも、全員助け出すのは国民が納得しない。なら、ただ一人を助けたいあなたに協力するべきでしょう?」
「一体どこでその情報を得たんだ?」
何故自分の目的を彼女が知っているのか。そもそも、どこで自分の存在を知った? 最初革新派に接触した時か? 考えるも答えはでない。
「これを完遂できたら教えてあげる」
そう言って蠱惑的に微笑む彼女は人を超越した美しさを持っていた。しかしそれはどこか異質で、見れば見る程寒気を生み嫌悪感を呼び起こした。
「本当に気味が悪いな」
感情を飲み込み、言葉を吐き捨てる。コルネリアの口から幽かな笑い声が漏れた。
「でも、あたしの実力は何よりも捨てがたいでしょう?」
否定できず、ただ黙るのみになってしまう。実際、あそこまで高度な回復魔法を見た事がなかった。死の淵から引き戻すなど、どんな高名な医術師でも不可能だ。それを彼女はいとも簡単にやり遂げた。しかも、鼻歌まじりに。
「一度親友を殺した気分はどう?」
コルネリアの問いにフリットは氷点下の眼差しで睨みつける。が、コルネリアは気にもせず、むしろ目がやっと合ったと笑みを浮かべた。彼女に怒りをぶつけても無駄だ。ため息をつき顔を戻す。
親友を刺した感覚が残る手を握り締めた。決意のように、強く、頑なに。
「最悪だよ」
最悪だが、やるしかない。フリットはただ歩みを進めていく。もう、戻れないのだから。