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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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四節 命に、報いるために*

 第四王女、他の王族から疎まれる彼女の部屋は贅沢を避けた質素な造りで、どこか寂し気な雰囲気を漂わせていた。古びた絵画が一枚かかる壁には、王族の栄光や賑わいの気配がない。だがフリットはこれに安心感を覚える。これはいつもと変わらない彼女の部屋なのだから。


 暗殺未遂事件から三日経過し、フリットはあれから初めてユーフェミアと対峙する。暗殺者の撃退で重傷を負った彼は療養を余儀なくされていた。今日、ようやく復帰したのだ。

 フリットの前に立つユーフェミアは彼を見て静かに笑みを浮かべた。


「あらフリット傷は大丈夫なの?」

「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 フリットは頭を下げる。即座にユーフェミアは「顔を上げて」と声をかけた。彼女は自分の行動が重荷になるのを快く思わない。その高潔さこそ、彼女を敬愛する理由の一つでもあるのだが。

 しかしフリットが居ない間、別の者がユーフェミアの護衛に付いていたと聞く。数日間、彼女がどのような思いをしたか。今までの扱いを思い返せば、あまり想像したくなかった。


「気にしないで。貴方が、無事で良かった」


 彼の心情を慮り、ユーフェミアは柔らかな声で言葉を紡ぐ。


「それはこちらの台詞です」


 目の前の彼女を見てフリットは安堵感に満たされる。守り切る事ができて良かった。彼女の命に比べたら自分の命なんてどうでも良いのだから。

 フリットも口元に笑みを作るが、それを見たユーフェミアの表情が一瞬だけ淀む。


「あんな事忘れましょう」


 フリットが不審に思う前に彼女はくるりと向きを変え、ソファーに腰かけた。


「今日は何をしようかしら」


 そう言って窓に顔を向ける彼女の表情は分からない。だが、声は明るく弾む様だった。自分の暗殺未遂事件直後にも関わらず、不自然な程。こんな時に笑う人だっただろうか。そんな疑問を他所にユーフェミアはテーブルに置かれたティーセットに手をかける。

 考えすぎか、とフリットも窓へ目を向けた。中庭に面した部屋。しかし景色は遠く、花壇や木々がぼんやりと見えるのみ。この部屋の立地は、王室での彼女の扱いを冷たく物語っていた。


 食器が触れ合う微かな音が部屋に響く。町は、静かだった。

 ユーフェミアの暗殺未遂事件により国民の声は反転。中立だった人々から、幼い少女を手に掛けようとした革新派に非難の声が上がった。そのため、一時的に活動を自粛しているのか、今日は抗議活動の声が聞こえない。

 ユーフェミアもいつもより大人しく見える。今日は外に行きたいと言い出さない。事件が起こった直後だ、彼女も分かっているのだろう。


 しかし、フリットはこの暗殺未遂事件に違和感を覚えていた。

 当事者となった自分に聴取は来たがあくまで形式として。それ以降捜査されている様子もない。抗議活動や王政を支持する他国への対応に手一杯なのは分かる。だが、王族が狙われたのなら国の威信をかけて捜査するべきではないのか。


 そして、王位継承権のない第四王女を狙った理由。王族でなくても、政治の中核を担う人物を狙わなかった理由は? 目についた王族を殺すにしては、襲撃の手際が整いすぎている。


 鋭い破砕音が部屋に響く。思考を中断し、音の方向を見ると割れたカップが見える。ユーフェミアが手を滑らせてしまったようだ。駆け寄り彼女の手を見る。怪我はなさそうだ。


「ごめんなさい、私……」


 小さく呟く彼女の声は僅かに震えていた。気丈に振る舞おうが、暗殺未遂事件の傷は癒えていないようだ。

 当たり前だ、彼女はまだ子供なのだから。


「気にしないで下さい」


 カップの破片を拾うフリットの横でユーフェミアは呆然と座っていた。彼女の表情は虚ろで、瞳は空を彷徨う様に揺れ動いている。

 散らばった破片を集めながら思考に戻る。


 ユーフェミアの暗殺未遂事件は大々的に報道された。町では即座に号外が巻かれ、この数日間の新聞でも見出しを飾っている。それに呼応し、抗議活動及び暴動は一時的に停止した。

 前代未聞の事件なのだから分かる。が、まるで幼い王女の暗殺で同情を誘っているようにしか見えない。なら、捜査をしないのはますますおかしい。犯人を突き止めるのを拒んでいるような、そのような気配が漂っている。それは、何故──、


 破片を拾う、フリットの手が止まった。


「……捜査をしないのは、そう言う事だったんですね」


 呟き、砕けた陶器を机に置いた。屈んだままユーフェミアの方を向き視線を合わせようとする。


「知っているんですね? 貴方を狙った者の正体を」

「何の話かしら」


 彼女は作った笑みを崩さない。しかし頑なにフリットと目を合わせようとしなかった。普段の彼女を知るのなら、明らかに不自然な行動だと分かる。それでも、フリットは彼女と向き合い続けた。


「暴動を鎮静化するために、国民から同情を引くために、自分達は利用されていたんです」

「ねえ、その話題はやめましょう?」


 ユーフェミアの青い瞳が左右に揺れる。話の中止を懇願する口からは笑みが消えていた。


「そして、貴女は何もかも気が付いていた。その上で知らないふりをしていた」

「ねぇ、フリット……」


 フリットは話を止めない。ユーフェミアはフリットの腕を掴み揺らすが、少女の細腕では微動だにしなかった。彼は構わず話を続ける。


「抗議活動が暴動に発展しようとも、頑なに外に出ていたのはその思惑を完成させやすいようにするため」

「違うの……」


 ユーフェミアの顔から血の気が引いていく。青い顔で被りを振る姿を見てフリットは罪悪感に顔を歪めた。彼女の様子から、予測は確信へと変わっていた。口は、残酷な事実を告げようとする。


「貴方を狙ったのは、」

「言わないで!」


 引き裂くような叫びが言葉を中断させた。いつも穏やかに物事を躱していくユーフェミアが声を荒げるのは、初めて見る光景だった。

 彼女も大声に戸惑い、その場で固まっている。それが、自分の放ったものであると気が付くと表情に動揺が広がっていく。平静を装うと無理矢理口角を上げた口。細めようとした目元も僅かに痙攣している。酷い笑顔だった。


「仕方ないの」


 震える声で彼女は言う。


「仕方ないもの……」


 恐怖は全身に達し、細かい振動を繰り返す腕で身を抱いた。


「だって、私が犠牲になれば、内乱までの時間稼ぎになるから」


 それでも、ユーフェミアは気丈に振る舞おうとする。彼女も分かっていた。自分を狙った者の正体に。潤む瞳を隠すように顔を伏せた。


「その僅かな時間で、他の大国が介入してくるかもしれない。だから、仕方ないの。でも、」


 その行動は無意識だった。気が付けば、彼女を引き寄せ抱きしめていた。ユーフェミアの眼から大粒の涙が零れていく。


「怖い、怖いよ!」


 フリットの腕の中で少女が叫ぶ。


「なんで私が狙われなきゃいけないの!? 平民との子だから!?」


 一度溢れ出した感情は止まらない。ユーフェミアは今まで一度も口にしたことのない不平を唱えていく。他の王族との扱いの格差、彼女はそれに対して頑なに口を閉ざしてきた。しかし、抑圧された感情は棘となり、彼女の心を傷付けていた。少女はフリットの胸に顔を埋め、彼の服を強く握りしめる。


「死にたくないよ……!」


 幼い少女の口から悲痛な叫びが漏れ、空虚な部屋に溶けていく。そこにいつものような毅然とした姿はない。目の前に迫った死の恐怖が彼女を支配していた。彼女は理解していた。ここで助かっても、内乱が起き、そして敗北すれば自分は処刑されることを。

 一度刻まれた恐怖は簡単に振り払えない。ましてや、彼女はまだ一十二歳。以前から覚悟していようが抗う事は出来ないのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさいフリット。私、貴方の事も巻き込もうとして。ごめんなさい……!」


 腕の中でユーフェミアは泣き続ける。確かに、彼女の行動はフリットを巻き込むものだった。しかし、彼女の心情を慮るとどうでも良いとさえ思えた。

 彼女は、今までどんな気持ちで町を歩いていたのだろうか。彼らが自分を犠牲にしようとしている事に気が付かないふりをしながら生きるのは、どれ程の苦痛を伴うのだろうか。想像を絶するような恐怖の中、愛する国のため命をかける少女に胸が軋みを上げる。


「大丈夫です」


 彼女を抱くフリットの腕に力が入る。


「俺が、守ります」


 何故、彼女がこのような目に遭わなければならないのか。誰よりも国を愛し、国民を想う彼女が。何故、たかが数日程度の延命のために命を狙われなければならなかったのか。胸の中で渦巻く痛みは激情へと変わっていく。


「絶対に貴女を死なせたりなんかしません」


 噛みしめた口の間から、憎悪と決意が零れ落ちた。



 内乱の勃発は避けられない。起れば現王政に勝ち目はないだろう。国王は処刑され、王宮で暮らしていた彼女もきっと同じ道を辿る。そんな事は許さない。国民の手によって彼女が命を落とす事。そして、国王が他人の手にかかることなど。絶対に許さなかった。

 だが、近衛兵が守る国王を殺し、ユーフェミアを安全に国外に逃がすなど、一人でそれを成し遂げるのは不可能に等しい。

 そもそも、逃げられたとしても、彼女には保護が必要だった。おそらくその時、自分彼女の隣にいる事は叶わない。だから、協力者が必要だ。


 そんな中、フリットに一人の女性が声をかけた。自らをコルネリアと名乗り、王族を逃がすのに協力すると持ち掛けてきた不審な人物。しかし、彼女が何者だって構わない。

 ユーフェミアを生かす為ならなんだってしよう。国王を殺しても、約束に背いても。ただ、彼女が生きていてくれるなら。こんな国、消えたって良い。


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