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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「嘘」⑤

「着きましたよ」


 藪を掻き分け、ようやく目的の場所に到達する。風に揺れる草花を踏みながら小さな丘を登り切ると、目の前には絶景が広がっていた。

 ここから見えるのは故郷の全貌。ユーフェミア王女は俺の数歩先を歩き、眼下に広がる景色を眺める。


「ここに来るのは……初めてじゃないみたいですね」


 彼女の様子を見て指摘する。振り返り、俺に笑みを向けると視線を前に戻した。


「フリットに連れてきてもらった事があるの」


 ここに来る際、町の外に出ても落ち着き払っていた事に納得する。一度来た事があるのなら魔物と出くわしそうな獣道を歩いても動じないはずだ。ユーフェミア王女の場合、落ち着き払った理知的な性格も関係しているだろうが。


「それでも、何度来ても良い所だわ。ここまでの道を整備して展望台を建てたら良い観光地になるんじゃないかしら」

「それは……」


 返答に迷う。この土地の所有権を持つのは国であり俺が口を出せるものではない。しかし、何となく嫌、と言うのが正直な気持ちだった。


「冗談よ」


 ユーフェミア王女はそう言って景色に背を向けた。目をゆっくりと細め微笑みかける。


「ここは貴方達の思い出の場所なのでしょう?」

「はい」


 おそらくフリットから話を聞いているのだろう。俺も丘の先へ目を向けた。

 眼下に広がる王城は堂々とそびえ立ち、その威厳と存在感を強く示している。その周囲に広がる街並みは、大小様々な家の屋根が色とりどりに点在し、日の光を受け輝いていた。視線を町の端に向けると、濃緑の森が静けさを湛えながら広がっている。風が吹く度に木々が波紋のように揺れ、まるで生きて呼吸しているかのように見えた。


「子供の頃、偶然見つけた場所です」


 あの雨の日、魔物に追われ辿り着いた場所。立ち入り禁止区域からは少し外れており、謹慎が解けた後懲りずに森を捜索しようやく探し当てた。その時の感動を今でも鮮明に覚えている。それからは二人の秘密の場所として何度も訪れていた。

 竜害からの再建で街並みは多少違うが、森と調和するこの国の風景は変わらない。それなのに、以前より何故か色褪せて見える。その理由を考えると胸に痛みが走り、思考を止めた。


「フリットから貴方の事は聞いているわ。何度も、ね」

「そんなに俺の事を話してたんですか?」

「ええ。努力家だとか、妙に頑固だとか、すぐ顔に感情が出るとか」


 指を折りながら述べていく。4本目の指を傾けつつ俺を見た。


「あと、何かあったら一人で抱え込む癖がある、とも言っていたわね」


 それは昔の、そして今の俺に刺さる言葉だった。というか、どれだけ人の事を話しているんだ。


「碌な事話してないじゃないですか」


 ため息をつき反論を述べる。


「それに、頑固なのはフリットも同じで一度決めたら絶対に引かないんですよ。それで何度喧嘩したことか」

「『もしアイクがこれを聞いていたら頑固なのはお互い様だろってきっと言い返しますよ』」


 演技かかった口調でユーフェミア王女は言う。


「仲が良いのね。フリットはこう言っていたわ」


 先程の言葉はフリットの真似だろうか。少し似ていて思わず笑みが零れた。

 俺の思考など簡単に読まれていた。フリットは俺の事をよく分かっており、俺もフリットの事なら何でも知っている、つもりだった。脳裏を過るのはフォリシアを離れる直前の記憶。あんな別れ方をして、相互理解だなんて言えなかった。


「フリットがここに王女を連れてきたって事は随分信頼されているんですね」

「長い付き合いだもの。って貴方の前じゃ言えないわね」

「まあ、子供の頃からずっと一緒でしたから」


 笑みは苦々しいものに変わる。家も近く年も同じ。自然にいつも遊ぶようになり、同じ夢を抱き、そして騎士を志した。違うのは才能だけ。ユーフェミア王女は俺の話を聞き静かに微笑んだ。


「羨ましいわ」

「俺達はただの幼馴染ですよ」

「だから、羨ましいの」


 彼女の瞳に、初めて陰りが差した。それを追うように瞼がゆっくりと下り、感情を深い底へ沈めていく。


「私には、そう言った人は居ないから」


 それは不義の子として生まれた彼女の孤独を示す言葉だった。護衛がフリットに交代するまで彼女は一人で過ごしてきたのだ。誰にも必要とされず、疎まれ、後ろ指を刺されながら。

 再び瞼が開かれるとそこには曇りのない瞳があった。あの短い暗闇の痕跡は、もうどこにも見当たらない。


「アイク、貴方はこの国が好き?」

「好きですよ」

「嘘」


 ユーフェミア王女は俺の目を見て口に笑みを浮かべた。全てを見透かすような澄んだ青色に、顔を顰めた俺が映る。


「私はこの国が好き」


 ワンピースの裾を翻しながら、彼女は舞う様に向きを変えた。


「この豊かな自然が。それに寄り添い暮らしている人々が。仕来りを守り、歴史を重ねた王国が。私は、心の底から愛している」


 飾り気なく自然に述べられる言葉が嘘偽りではないと示していた。

 家族から疎まれる嫡外子が、今や国民から憎まれる王族が、何故ここまで国を愛せるのか、理解できなかった。


「フリットはね、この国を守りたいから騎士になったと言っていたわ」


 俺の疑問など置き去りにして彼女は話を進めていく。


「貴方もそうなのかしら?」

「そう、ですね」


 一瞬、言葉に詰まりそうになるも肯定した。


「子供の頃、ここでフリットと約束したんです。二人で国を守る騎士になろうって」


 声に出すと、不意に過ぎ去った日々の記憶が波のように押し寄せた。自分の弱さを実感すると共に決意を表明したあの日と、将来への期待と夢で満たされていた少年時代。懐かしさが胸を満たす。


「素敵な思い出ね」

「はい。ずっと、忘れる事はないでしょう」


 これは剣を取るきっかけとなった、かけがえのない大切な思い出だった。長らく触れていなかった自分の原点に立つも、あの感動は蘇る事はない。胸に渦巻く感情を言語化してしまう前に景色から目を逸らす。ユーフェミア王女は飽きもせず、ずっと王国を眺めていた。


「でも、その約束は今も健在なのかしら」

「分かりません」


 俺を見ないまま質問は投げ掛けられる。胸を抉るような、凶悪な問いかけだった。ありもしない痛みを感じ胸に手を当てると強い拍動を感じた。


「俺は、この国から逃げました。約束を踏みにじって、誰にも言わず、黙って」

「正直なのね」


 柔らかな声色は、優しくあやすような穏やかさを帯びていた。彼女が前を向いてくれて居て良かった。きっと今の俺は酷い顔をしているだろう。


「あなたに誤魔化しても意味がないと思って」


 ユーフェミア王女は俺の内心など見透かしている。先程の一言で確信した。この国を愛する彼女は、こんな俺を軽蔑するだろうか。

 自虐的な微笑みが俺の口元に現れる。悲哀と諦めが混ざり合った感情の表れだった。


「でも約束は、あなたの言う内乱を止める手立てとやらで果たさせてくれるのではないですか?」


 俺の言葉にユーフェミア王女はゆっくりと振り返る。


「そうね、そろそろ話そうかしら」


 数歩の距離を保ち、俺達は向き合った。

 小柄な体からは想像もつかない程の気高さが伝わる。毅然とした立ち姿は、王族の血を引く者にふさわしい優雅さを備えていた。この少女が、一体どのような情報を持っているのだろうか。


「まず、この内乱勃発寸前のフォリシアの裏で起こっている事は分かっているかしら?」

「はい。どこの国が、とは言いませんが」


 答えると「大丈夫ね」とユーフェミア王女は笑う。


「内乱に現政府の勝ち目はないわ」


 彼女の口から紡がれた言葉は、曖昧さを排除した断固たるものだった。


「勝利した革新派は圧政に対する断罪として王を処刑するでしょうね。そして次は王妃、王族、側近。私も生まれに関わらず殺されてしまうでしょうね」


 命の危機に瀕しているのにも関わらず、表情には微塵の揺らぎもない。冷静に自らが置かれる状況を述べていく。


「そして、新しい政府が生まれる。けれどもそれは、内乱の協力者である彼の国の思惑まみれのものとなる。フォリシアを内側から蝕み、いずれ喰い尽くすでしょう。フォリシアという国は失われるの。二年前のエストのように」


 ユーフェミア王女の瞳に燃えるような意志の輝きが灯る。


「私は、それが許せない」


 言葉は剣の刃を思わせるように鋭く、揺るぎない意志が込められていた。


「内乱を止める手立てと言ったけど、ごめんなさいね。厳密に言うと違うの」


 今更何を、と思うが、薄々そうだろうなと気が付いていた。日々起こる暴動、ここまで膨れ上がった国民達の怒りを鎮めるのは不可能だ。だが、この迷いのない姿を前に何も言う事ができない。


「でもこれは、内乱のその先の思惑を止めなければならない理由と正式に術師協会が介入する余地を与える」

「その話の内容を聞かせて貰って良いですか?」


 ユーフェミア王女は頷き、口を開く。


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