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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
一章 揺蕩う魔の世界
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鈍色の町④

 派遣二日目。


「目標はあの建物の中にいると」


 建造物の影に隠れながらエドガーが忌々し気に呟いた。視線の先には二階建ての事務所らしき建物。昼間にも関わらず窓はすべてカーテンが閉まったまま。

 入口の看板にはジョンソン不動産と書かれている。普遍的な名前であるからこそ印象に残り難い。その看板の下には黒服の男が二人。おそらく見張りだろう。

 俺は諜報部から事前に説明された内容を思い出す。


「一見ただの事務所だけど、実際は違法魔石の取引を行う違法業者だ」

「こんな辺境でご苦労な事ねー」


 隣でマルティナがため息を吐く。指先は退屈そうに毛先を弄っていた。


 エドガーが本型の魔具を開く。探知術式『(クアレ)』を発動、白い術式から半透明の板が生成された。何の変化もない板を見てエドガーは顔をしかめる。


「ご丁寧に建物に妨害術式まで貼ってやがる」


 本を閉じるとの同時に板が霧散した。エドガーが俺を見る。


「どうする?」

「報告では十人程度のグループだが、この規模の事務所ならもう少し居てもおかしくない」


 地図と一枚の写真を懐から取り出し皆に見えるように広げた。写真にはやや頭髪の薄い男が映る。男の名前はパウリ・コニラン。この違法業者の中心人物だ。


「カティーナから説明された通り今回も制圧が目的。だから一人が先行し見張りから無力化。もう一人がその補佐」


 地図に指を這わせていく。


「残りの二人はここにある裏口から侵入してもらう。先行するのは、」

「それ、あたしがやるよ」


 マルティナが我先にと手を上げた。危険な役割のため俺がやろうかと思ったが彼女なら任せて良いだろう。


「じゃあマルティナが先行してヴィオラはその補佐。その後、俺とエドガーが裏口から侵入する」


 了解、とマルティナは呟くと足元に転がる適当な小石を拾う。振りかぶり投げると小石が見張りの前を転がっていった。

 一瞬視線を奪えればそれだけで十分だった。注意が逸れた瞬間彼女は駆け出し距離を詰める。

 見張りの一人が気が付くも、すでにマルティナは地を蹴り跳躍した後だった。体を捻り男の頭部へ後ろ回し蹴りを放つ。見張りの男は大きく吹き飛び、地面をしばらく転がると家屋の壁に叩きつけられようやく停止した。


 突然の出来事に呆気にとらわれていたもう一人の見張りがようやく状況を理解し銃口を向ける。同時に破裂音。見張りの手が爆ぜ銃が地面に落ちた。彼女の手に握られていた拳銃が、撃たれる前に相手の手を撃ち抜く。

 痛みに悶える男の顔面にマルティナは拳を叩き込み、顔面を潰された男はそのまま意識を失い倒れていった。

 マルティナが入口の扉を蹴破り建物の中へ。ヴィオラもそれに続いたのを確認した所で俺達も行動を開始した。


 提供された見取り図を思い出しながら裏口へと走る。建物の中からは怒声と銃声、爆発音まで聞こえた。

 そんなに大きな建物ではないため、少し走っただけで裏口に到着する。見張りは一人。エドガーに視線を送ると頷き、本型の魔具を開き術式の展開を開始。低位爆撃魔法『爆炸(ボルス)』の術式が見張りごと裏口の扉を吹き飛ばす。


「後ろからも入ってきたぞ!」


 奥の部屋で男が叫ぶ。続いて四人の黒服の男がやってきたかと思えば、横に並び銃を構えた。銃弾が俺達に届く前にエドガーが『岩突(ラピス)』を発動。岩が隆起し銃弾を阻む。

 俺は回り込み、剣を振り一番端にいた男の銃を持つ手を切断。そのまま旋回し回し蹴りで一人排除。一斉に注意が俺に向くと同時に銃口もこちらに向く。その隙にエドガーは『岩突(ラピス)』の術式を解除し新たな術式を展開。黄色の小さい円状の術式がエドガーの前に七つ浮かび上がり、中央から槍が射出された。『槍弩(ザギッタ)』の術式はそれぞれ黒服の肩、腕、大腿、側腹部に着弾していく。


 二人倒れていくも、残りの一人は『(スクード)』の術式による盾を生成し攻撃から逃れていた。盾の後ろに緑色の術式が見える。しかし展開が遅い。走りながら体をわずかに屈め、雷撃魔法『雷牙(ニトル)』を回避。

 黒服は再びスクードを掲げようとするもそれも遅い。腕を振りかぶり、盾で覆いきれなかった黒服の顔を殴りつけた。大して鍛えていない男の体は軽く吹き飛び地面を転がっていく。完全に沈黙したのを確認するとエドガーが魔具を振るい一人一人縛り上げていた。


 奥へと続く扉に手をかけるも回らない。鍵がかかっているようだ。エドガーが魔具を掲げようとするも手で静止した。

 俺は腕を振り縦に一閃、腕を返し横にもう一凪。おまけに蹴りを入れるといとも簡単に入口ができた。

 その先には男が三人。黒服の男二人と、その間に身なりの良い中肉中背の男。目標のパウリ・コニランだ。


「クソ! あいつらは何やってんだ!」


 パウリが喚き後ろに下がると、庇う様に男二人が前に出た。一人は剣型の魔具を持ち、もう一人は杖型の物を持っている。

 剣を持った男が切りかかるも、剣を横に構え斬撃を受け止める。押し返し反撃しようと横に逸れたところでもう一人の男の雷撃術式が見えた。顔を傾け回避。剣を持った男が追撃に剣を突き立てる、が俺に到達する前に剣を蹴り上げ軌道を逸らした。そのまま屈むと俺の頭上にエドガーによる『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』の砲弾が通過していく。跳ね上がった男の腕に着弾、男の右腕を散らす。


 腕を切断され苦痛に叫ぶ男を無視しさらに前へ。杖を持った男が『雷牙(ニトル)』を俺に向けて放つも剣を振り雷撃を散らす。一歩一歩近付くにつれ黒服の男の顔に絶望が広がっていく。後退るも後ろにいたパウリが黒服の襟を掴み自分の前に引き寄せると腰を蹴り、押し出した。


「ふざけんな! 俺を守るのが仕事だろうが!」


 パウリの怒号と共に彼の持つ赤い指輪が光る。蹴り出された男の瞳に恐怖の色。そして彼の魔具に赤い術式の光が灯る。術式から推測するにおそらく自爆術式。遠隔操作系の魔法で問答無用で展開されようとしている。


 一歩で距離を詰めると男は小さく悲鳴を漏らした。このまま術式を発動させるわけにはいかない。魔具と魔石の接合部を叩き切る、が流石に固い。剣の衝撃で男の体勢が大きく崩れるも術式は止まらない。その場で旋回。腕に『強法(スティル)』を展開。遠心力と強化術式の乗った刃を再び振るう!

 甲高い破砕音と共に杖が両断され、完成間近だった術式は霧散した。男が呆気にとらわれていると、俺の後ろから縄が伸び縛り上げる。エドガーが本を閉じつつ俺の横に並んだ。


 俺は少し進み彼の後ろの机を蹴り上げる。短い悲鳴と共に、部下の自爆から身を守ろうと体を小さく屈めたパウリが姿を表した。


「魔石不法所持、魔石違法売買の容疑でご同行願います」

「ついでに魔具の違法改造もだな」


 エドガーが俺が壊した魔具を見ながら付け加える。


 パウリが後退するも、扉に阻まれそれ以上退くことはできない。

 だが、この状況下で視線は横の窓を見ていた。この期に及んでまだ逃げようというのか。エドガーに目を向け捕縛するための合図を送ったその時、扉の奥から銃声。銃弾は扉を貫通しパウリの頬を掠め、俺の横を通過していった。


 ゆっくりと扉が開く。恐怖で体が硬直していたのか、支えを失ったパウリはそのまま転がった。

 パウリが見上げた先には朱色の人影。こちらに向けた銃口から白煙が上がっていた。


「こっちは片付いたよ」


 全身返り血で染まったマルティナが銃口をパウリへと向ける。左手には敵から奪った銃を持ち、肩に担いでいた。その後ろにいるヴィオラは汚れ一つない。


「嘘だろ、術師が十人はいたはずだ……!」

「残念この通り」


 マルティナは銃をパウリの足元に投げ血濡れの顔で微笑む。仲間である俺から見ても少し恐ろしい光景だ。


「このまま大人しく捕まってくれる?」


 彼女はパウリに問いかける。歯を噛みしめ正面の俺を睨みつけるが、彼に突き付けられた銃口が下がることはない。

 暫しの間を置いてパウリの口元が緩み、僅かに吐息が漏れた。そこに力なき笑い声が続いていく。項垂れる彼に許された答えは、最初から一つしか存在しない。


「……投降します」


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― 新着の感想 ―
戦闘に入る過程と戦闘シーンが 実に緻密に描かれており、 良い意味でオリジナリティが出てますね。 各キャラの役割分担も絶妙と思います。
xから来ました。取り敢えずここまで読みました。とても面白いですね。あと、術の名前がかっこいいと思いました。またゆっくりと読んでいきます。
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