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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「嘘」③

「それにしても、ユーフェミ……」

「ユーミ」


 名を呼ぼうとし即座に遮られる。俺の隣を歩くユーフェミア王女を見ると、彼女は小さい口に笑みを浮かべた。


「今はユーミって呼んで。元々国民への露出は少ないし、変装もしているから誰も気が付かないと思うけど一応、ね?」


 そう言って俺に片目を閉じて見せる。


「確かに俺が迂闊でしたね」


 ユーフェミア王女の言う通りだ。いくら彼女が他の王族と比べ認知されていないとは言え、どこで誰が聞いているのか分からない。名前など間違っても呼ばない方が良いだろう。いや、そもそもこんな時に外に出るのが間違っているんじゃないか? 俺がおかしいのか?


 俺の事など気にせずユーフェミア王女は弾む様な足取りで歩いて行く。澄み渡る青空の下、俺達は抗議活動が行われる場所を避け目的の場所へと向かっていた。

 暖かな空気が頬を撫で、静かな街並みには心地の良い平穏が流れる。黄色の花が隙間なく並ぶ花壇。通行人の邪魔にならないよう剪定された並木。そして、街道を歩く穏やかな住民。フォリシアに来てからしばらく見ない景色に懐かしさを覚える。これが本来の町の姿だった。


「じゃあ、ユーミ」


 声に出して違和感を抱く。これは偽名というより愛称か。彼女が指定したとは言っても、王族を気軽に呼ぶのはなんだか気が引ける。感情を飲み込み、先程の続きを口にする。


「いつもこうやってフリットと出かけてるんですか?」

「ええ、王城だけでは退屈だもの」


 ユーフェミア王女は歩みを進め、一歩俺の前に出た。


「私ね、あまり外に出して貰えなかったの。それどころか家族との食事会にも呼ばれず部屋で過ごしてばかり」


 隠された表情、変わらぬ声色で語る自分の人生に一体どのような感情を抱いているのだろうか。

 使用人との間に出来た嫡外子。偶然か陰謀か、母親はユーフェミア王女が生まれてすぐに亡くなったと聞く。彼女はただ生まれただけ、何の罪も存在しない。しかし不義の子として疎まれ、王族にもかかわらず不当な扱いを受け過ごしてきた。

 「でも、」と呟き一瞬足を止めた。再び俺と並び歩き出す。


「護衛がフリットに交代してからは何度も連れ出してくれたわ。最初はこっそり、次第に堂々とね」


 過去、あるいは直近の出来事に思いを馳せ満面の笑みを浮かべた。フリットの中の正義が、周りと同調してユーフェミア王女を避ける事を許さず、むしろ孤独な彼女を助けるべく手を差し伸べた。彼らしい行動だった。


「フリットも、楽しそうでしたよ」


 当時を思い出す。俺とフリットは部署が離れても部屋はいつまでも同室であり続けた。二人共出世し、一人部屋を使用する事を許されていたが、ただ何となくいつまでもその部屋に留まっていた。

 そこで、フリットはいつも護衛する王女の事を話していた。近衛兵団に移動になった直後、ユーフェミア王女に向ける感情は憐れみや同情だった。しかしそれは次第に変わって行き、いつしか敬愛を抱くようになっていった。


「フリットのネクタイの代わりのリボンも貴女がやったんですよね?」

「ああ、あれ。可愛いでしょう? 顔が見えなくてもすぐにフリットって気が付くわ」


 軽く肩を揺らしながら笑みを零す。無邪気さと悪戯心が同居する少女らしい笑顔だった。

 近衛兵に着用が義務付けられているネクタイ。それがリボンに変わり返って来た時、大笑いする俺に顔を顰めていたが満更でもなさそうだったのを覚えている。その時から、二人の信頼関係は確固たるものになっていたのだろう。


 そのまま進んでいると、前から男性が歩いて来るのが見えた。帽子を深く被り顔は分からない。ぶつからないように少し寄り道を開ける。近くまで来てようやく俺達に気が付いたようだ。僅かだが胸に緊張が走る。間近でユーフェミア王女を見たら彼女の正体に気が付いてしまうのではないか。もし気付かれたらすぐに逃げるべきなのか。そんな不安を抱えながら視線を逸らし無事に通り過ぎるのを待つ。

 男性は一度俺達を見てすぐ視線を落とした。良かった、気が付かれなかったようだ。安心した所で男性は再び俺を見る。


「アイクじゃねぇか!」


 男性はそう言って足を止める。彼が見ていたのはユーフェミア王女ではなく俺だった。「俺だよ俺、分からねぇか?」そう問いかける男性の顔を見つめる。そして、一人の名前が思い浮かんだ。


「久しぶりです、オロフさん」


 名を呼ぶと男性は笑顔を浮かべた。彼は俺の家の近くに住んでいて、幼い頃から世話になっていた。俺より三歳上の息子がいてよく遊んだ記憶がある。その彼も、竜害で命を落としてしまっているが。

 知り合いだと気が付くまで時間がかかったのは彼の風貌が変わっていたから。記憶より少し痩せ、やつれているように見えた。


「久しぶりって今までどこに行ってたんだよ。急にいなくなりやがって」

「あー……」


 騎士団の寮住まいと言っても、たまに顔を合わせる機会はあった。それが突然なくなり困惑させたのだろう。一年前の行いが騎士団以外にも迷惑をかけていた事に気が付き居た堪れなくなる。それでも、説明はしなければ。


「実は……術師協会に推薦されて、ミルガートに行ってて……」

「術師協会……?」


 俺の言葉を繰り返す。予想外の単語だったのか眉を顰め、言葉の意味を咀嚼している。間に流れる乾いた空気に耐えられず視線を逸らした。もう一度、同じ単語を呟くオロフの語尾が上がっていく。


「すげぇな! あの術師協会だろ?」


 オロフは目を輝かせ、感動と歓喜が織りなす純粋な賞賛を上げる。


「やっぱりアイクは昔から努力家だったからな。お前の両親も喜んでるだろうよ」


 そう言いながら彼は腕を組み何度も頷いていた。大袈裟とも思える程の喜びようだが、少し嬉しかった。


「今は里帰り中か?」

「いえ、仕事で来てるだけです」

「仕事か……」


 言うとオロフは顔に影を落とした。急な表情の変化に俺は首を傾げる。それを見て彼は取り繕う様に薄く笑みを浮かべた。


「いや、だってこんな情勢だろ?」


 手を上げ親指で方角を示す。指の先は王城に向けられていた。何が、とは言わないが、伝えたい事は分かる。


「隣町の領主も反乱で役を降ろされたらしい。確かに不作だ増税だ色々あるけど訴えかける方もだんだん過激になってるし碌なもんじゃねーよ」


 オロフはため息を吐きつつ言葉を続ける。


「何か起こる前に早く帰れると良いな」


 そこまで言って、視線がユーフェミア王女へ向かった。


「って子供の前でする話じゃなかったな」


 ごめんな、と謝罪すると彼女はにこりと笑う。いつもの大人びた表情を隠した年相応の笑顔だった。咄嗟によく表情を変えられるものだ。感心しているとオロフの視線が俺に移る。


「この子は?」

「えっ」

 突然の問いに言葉が詰まる。何と言えば良いのか。関係? 一緒にいる理由? 戸惑う俺に対しオロフは眉を上げ、呆れかえる。


「え、じゃないだろ。この子の名前を聞いてんだよ」

「ああ、名前……」


 聞かれていたものは単純なものだった。正体を隠さなければならないという緊張から一人で焦っていたようだ。


「私、ユーミ」


 俺ではなくユーフェミア王女自ら名乗る。


「隣町のミストラからお父さんと来たんだけど、お父さんはお城の方に行っちゃって……」


 そう言いながら彼女は目を伏せ、悲し気な表情を作った。事情を察したオロフの顔も暗く沈む。この情勢で子供を置いて城の方に向かったと聞けば、誰もが抗議活動を思い浮かべるだろう。


「一人でいるのを見かけて、それで俺が」


 ユーフェミア王女の証言を補強するため俺も話を繋げる。俺が少女を保護した、という事にオロフは安心したようだ。しかし実際は王女の我儘に付き合っているだけ。嘘で彼を悲しませ、そして安堵させている事に胸が痛む。


「アイクらしいな。昨日は町中に魔物も出たって言うし気を付けろよ」

「はい、オロフさんもお元気で」


 軽く頭を下げこの場を後にする。少し歩いた所でユーフェミア王女を見た。


「よく咄嗟にあんな嘘が出ましたね」

「ふふっ、でもそれっぽいでしょ」

「そうですけど……」


 名前の後、関係を聞かれたら答えられず怪しまれていたと思う。彼女の機転のお陰であの場を切り抜けられたのだから感謝するべきか。いや、王女が外に出なければオロフに嘘をつく必要もなかったのでは?

 俺の口から洩れるため息を聞き、ユーフェミア王女は小さく笑う。


「早く行きましょ? フリットにばれる前にね」


 日の光を受け、輝く瞳に諦めを覚えた。後悔も懺悔も今更。あの時王女の提案を受け入れ、こうして外に連れ出している俺にも責任がある。

 思考を諦め、俺達は進んで行く。

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