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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「おかえり」⑬

 内側から粉砕されるような激痛が全身を貫き、体が宙に浮く。遠のきそうになる意識の中、剣を地面に突き刺し石畳を削りながら停止。


「アイク隊長!」


 ノエが青い顔で叫ぶ。咄嗟に出たのは昔の呼び名。その呼び方はやめろと言ったのに。思わず笑いそうになった口から鮮血が零れた。彼を守れた満足感はすぐに全身に広がる痛みで消えていく。


 見たくないが傷を確認。大きく抉れた左脇からは取り留めなく血が溢れる。おそらく肋骨も何本か折れ肺に突き刺さっている。尾が当たる直前、咄嗟に衝撃の方向に飛んだが威力を殺し切れていない。しかしそのまま当たっていたら俺の体は真っ二つになっていただろう。


 竜の頭上に巨大な岩が出現し直後に落下。エドガーの『石巌創落撃(モンスペトラ)』を頭上に落とされ、竜は砕けた岩と共に転倒する。それと同時に白い鎖が伸び、竜の体を拘束した。マリーによる高位拘束魔法『拘躰封縛鎖(オプリディガ)』の術式だった。身動きを封じられ、竜は苦悶の声を上げながら藻掻く。そのたびに術式が揺らぐもマリーは何とか持ちこたえていた。


 エドガーとマリーが時間を稼いでいる間に低位回復魔法を使いながら状況を確認していく。民間人の退避はまだ済んでいない。広場で起こる暴動と一緒になり竜の存在に気が付かない者もいた。


 群衆の奥、見知った顔が見えた。

 それはイェルドの姿。暴動の鎮圧にも参加せず、混乱する民間人にも手を貸す事もなく、ただ見物しているようだった。


 マリーの苦鳴と共に竜が咆哮を上げる。竜を拘束する鎖が大きく揺れ、高速術式が解かれようとしていた。

 一際大きな竜の声を聞き、イェルドは何事かと振り返る。そして、竜の存在を認知し目を見開いた後、その後ろに立つ俺と目が合った。

 重症の俺を見て、彼の口角が吊り上がる。竜に対する恐怖を浮かべていた瞳は嘲るようなものに変わり、わざとらしく口が動く。そのまま踵を返し群衆の中に消えていった。


 イェルドは確かにこう告げていた。「ざまあみろ」と。


 血液が沸き上がるような感覚が全身を駆け巡る。握りしめた拳が震え、喉元から零れそうな言葉を辛うじて飲み込んだ。戸惑いと怒りで胸を焼きながら浮かぶのは、これほどまでに俺が嫌いなのかという冷たい問いだった。


 俺がお前に一体何をしてきたというんだ。あの時も今も、ただ、国を守ろうとしてきただけなのに。こんな、こんな国を。


 無理矢理息を吸い、吐き出す。冷静になれ。この感情は今必要ない。

 あの時は違う。俺は死んでいない。意識もある。違うんだ。歩きながらノエへ声をかける。


「ノエは今すぐ民間人の誘導に回れ」

「でも……」

「早く!」


 強く促すとノエの体が跳ねた。俺を労わるような表情が苦渋に歪んだ後、顔を逸らし立ち上がる。先程の女性の手を引き走り出した。

 それと同時に鎖が弾ける音が響く。マリーの拘束術式が解け、竜が立ち上がっていた。彼女は限界を超えた拘束魔法を使い荒い息を吐く。

 中途半端な治療で痛みは残るが問題ない!


 薙ぎ払われる前足を屈んで躱す。竜が旋回するのと同時に後方に飛ぶ。しなる尾を避け、着地と同時に転がった。先程までいた場所に『火弾(イグニ)』が着弾。魔法を放った後の口腔内にエドガーが放った狙撃術式が着弾し、竜の体が仰け反った。


好機、そう判断するも違和感。前進を取りやめ反射的に後ろへ。それと同時に俺を中心に『拒魔構障壁(リエース)』が展開されたかと思えば、周囲でいくつもの爆発が起こる。先程と同じ『爆炸(ボルス)』だった。


「また、妨害みたい、です」


 息絶え絶えにマリーは言う。拘束魔法の疲労から回復しきらないまま障壁を展開していた。


「本当にやりにくいな……!」


 悪態をついてすぐ竜の前足が降ろされる。障壁を解除しそれぞれに散る。エドガーは俺と共に横に退避しながら『爆炸(ボルス)』を放つが、竜も障壁を展開し無効化。続けてエドガーを噛み付こうとしたため、彼を抱えて回避する。直後に俺達の真横に岩が出現。マリーの『岩突(ラピス)』が俺へと放たれた狙撃術式を阻んでいた。


 抱えられたエドガーが『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』を発射。動き続けているため、狙いは大きく逸れたが強力な砲弾術式が竜の肩の肉を削いだ。しかし竜の傷は即座に回復していく。

 蒸気を漏らしながら唸り声をあげる口の上、黄金の瞳は俺達二人を離さず捉えていた。攻撃を与え続け、敵視は最大まで高まっている。


 別の視線が俺達を刺す。それは後方で『拒魔構障壁(リエース)』を発動させたマリーからのもの。行け、彼女の瞳はそう告げていた。

 頷きエドガーを抱えたまま脇の道に入って行く。ここなら不可視の違法術師の妨害も届かないだろう。

 竜はそのまま俺達を追う。狭い路地に巨体をねじ込ませ突撃。左右の民家に肩が激突するも構わない。剥落した外壁を後ろ脚で踏みつぶしながら駆け続ける。


 抱えられたエドガーが術式の展開を開始するのを見て踵で地面を削りながら急停止。降ろされたエドガーが三連の『岩突(ラピス)』を発動し迫りくる『火竜灼吼(フランマ)』を阻んだ。

 俺は跳躍し『岩突(ラピス)』の上へ。再び跳び、竜の頭へ着地。勢いのまま腕を振り下ろすと刃が鱗を貫通、口蓋を突き抜け下顎まで縫い付ける。強引に口を閉じられ竜は俺を振り落とそうと頭を激しく振った。


「アイク! 退け!」


 エドガーの合図で剣を引き抜き後退。彼の後ろに着地すると、前方に五重の術式が顕現する。

 一瞬、術式から雷が跳ね回ったかと思えば、光束となって放たれる。


 閃光は空間を焼き焦がしながら直進し、竜が展開する障壁を容易く破り胴体へ着弾。竜の体を焦がしながら背後へと抜けていく。

 エドガーの使用した術式は雷撃系高位魔法『電聚灼雷砲(トルニトルス)』の術式だった。スヴェンが戦闘訓練で使っているのを見た事がある。術式から発生した雷を一点に収束させ、凄まじい熱量を含む灼砲として撃ち出す魔法。エドガーが以前使用した禁忌術式より熱量は劣るが、目の前の魔物に対して使うには十分すぎる威力だった。


 熱線が細まり消失すると、辺りを包む蒸気が晴れていく。竜の胸部に穿たれたのは大穴。灼け爛れ異臭を放つ臓器が零れ落ち、沸騰した黒い血液を吐き続けた。

 だが、まだ終わっていない。傷口が泡立ち肉芽が生成されていくのが見えた。エドガーの魔法も見事だが、竜も魔物の最高位と呼称するに相応しい回復力を持っていた。

 俺は迷わず走り出す。疾駆は跳躍へ。空中で水平回転、そして強化術式を発動! 竜の頭に剣が埋まりそのまま叩き切る!


 鱗を砕き頭蓋を破壊。脳を両断しようやく剣が空気に触れる。身体の再生が止まり、頭は血と脳漿の海へ落ちていく。竜は、完全に沈黙した。

 剣を振り血を払っていると竜の死体の後方から足音が聞こえる。顔を向けるとマリーが俺達へ駆け寄ってきていた。


「二人共ご無事の様ですね」


 息を切らしながら安堵の表情を浮かべる。彼女もそこそこの深手を負っていた。左肩には狙撃魔法による穴が穿たれ、腹部や大腿からの出血も見られる。


「そっちは?」

「……突然攻撃が止まりました。追うのは不可能だと判断しこちらに」


 俺の問いに顔を顰め答える。妨害をしてきた術師と竜を使役する術師は同じだろうが、結局犯人も目的も掴めていない。竜を倒しひとまず安心とは言え、状況は何一つ分からぬままだった。

 エドガーを見ると座り込み、壁に背を預けていた。顔には極度の疲労が浮かぶ。その理由は明らかだった。


「いつの間に雷撃系統の高位術式なんて使えるようになったんだ?」


 先程の術式をエドガーが使っているのを見るのは初めてだった。使い慣れない高位魔法は極度の集中を要し、使用後は途轍もない倦怠感に襲われる。マナ中毒に陥らないのは流石と言うべきか。

 エドガーは深く息を吐き出すと魔具を見た。


「この前の転移通路のトラブルの時、スヴェンに言われたんだよ」


 当時の会話を思い出したのか、エドガーの眉間の皺が深くなる。


「高位の魔物に備えて使えるようになっとけって」

「そこから短期間でよく使えるようになったな」


 戦争のわだかまりか、よく揶揄われるからなのか、エドガーはスヴェンに対して苦手意識を持っている。それでも指摘を聞き入れ修練に励むのは彼らしい。褒めると俺から顔を逸らす。僅かに耳が赤くなっている。


「それにしても、大変な事になりましたね」


 マリーが小さく呟いた。


「そうだな……」


 同意し、目をやや上方へ向ける。町のいたる所で黒煙が立ち上り、悲鳴や怒声は未だ収まらない。国民達の暴動に加え、竜の出現に俺達を妨害する違法術師。

 荒れる王都に更なる問題が積み重なっていく。


二節「おかえり」 了

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