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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「おかえり」⑪

「本当にやる事ねーよな」


 町を歩きながら退屈だと言わんばかりの声でエドガーが呟いた。俺は苦笑いで返す。


「今回は同意せざるを得ないな」


 今までの仕事で町を歩くと言えば、情報収集か休憩時間の散策のみ。しかし今の仕事は手持ち無沙汰のため仕方なく町へ繰り出している。

 見回り、と言えば聞こえは良いのだろうか。そう思えないのは仕事に対する責任感と、結局何もしていないという自責から来るものか。


「気晴らしに外出てみたらこんなだし」


 エドガーが足を止め左側に目を向ける。その先には大勢の人。王城へと続く道の景色は、憤りに燃える群衆によって完全に変えられていた。遠くからでも怒号がはっきりと聞こえる程、民衆の声は激しさを増している。


「王政が続く限りこの国に未来はない!」「暴王に死を!」「王には荒らされた田畑が見えないのか!」「毎年毎年増税しやがって!」「こんな国もう耐えられない!」「俺達は道具じゃねぇぞ!」「国王は俺達に死ねって言うのか!」「フォリシアに新たな政府を!」


 人々は拳を振り上げ、それぞれが抱く怒りの言葉を叫んでいた。活動家達の掲げる旗が風にはためき、民衆の抗議の声が渦巻きながら空気を震わせる。


「例の抗議活動か」


 波濤となって押し寄せる人々の感情から逃げるようにエドガーは一歩後退る。この国の事情を、故郷の思惑を知っているからこそ複雑な表情を浮かべる。


「……そうだな」


 俺も彼らを視界に収めた。歴史に寄り添った美しい街並みは民衆の憎悪に塗り潰され、かつて穏やかな空気が流れていた広場も耳障りな騒音に包まれる。彼らの怒りは尤もだが、見ていて気持ちの良いものではない。


「あら、奇遇ですね」


 後ろから声をかけられる。振り返るとマリーが居た。目が合い彼女は軽く会釈をする。


「皆さんも見学に?」

「偶然通りかかっただけだよ」


 民衆を一瞥しすぐに戻した。


「私は一応把握しておこうかと」


 俺に変わってマリーが抗議活動へ目を向ける。鋭い灰色の瞳は定めるように彼らを見据えた。彼女の言う通り程度を確認しておく必要はある。いずれフォリシアを引き上げる時まで何が起こるか分からない。その時になって焦っては遅いのだ。抗議活動を見たままマリーは口を開く。


「そう言えば、魔具の取引の契約書などお読みになりましたか?」

「あぁ」


 頷くと俺を見た。


「ありがとうございます。なら、分かりますよね」


 なぞるような視線が静かに注がれる。俺の回答を待ち、そしてそれを測るような瞳に一抹の緊張が走った。先程読んだ資料の内容を思い出し要約する。


「半年前から武器型の魔具の輸入量が上昇していた。規制に掠らず、術師協会にも怪しまれない程微量ずつな」

「ええ、その頃から。いえ、魔具の契約の事を考えるとさらに前から準備していたんでしょうね」


 俺の言葉を聞きマリーの目元が少しだけ和らいだ。どうやら評価に適ったらしい。失望を免れた事に安堵するも、同時に自分の発言を思い返し胸に暗い影を落とす。資料には一つの事実が示されていた。


「内乱は、間違いなく起こるだろうな」

「でしょうね。現地に居ながら止める手立てがないのが痛い所です」


 マリーはそう言いながらため息をついた。

 突如、広場の方から声が沸き上がる。見ていない内にさらに激しい怒号が飛び交い始めていた。彼らに目を向けると一部が騎士団と揉み合いになっている。城に侵入しようとし阻まれたといった所か。

 騎士が男性を押しのけると別の男性が殴りかかろうとする。すかさず別の騎士が間に入り、腕を掴み取り押さえた。そのまま『(ザイル)』で縛り上げると民衆はさらに興奮。怒号を上げながら騎士へなだれ込む。

 抗議活動は暴動へと発展していた。


「離れましょうか」

「……そうだな」


 同意し視線を外す。俺達はどちら側にも関与する事はできない。民衆を助ければ施設を間借する騎士団から睨まれる。騎士団に手を貸せば民衆から術師協会は敵として認知され、さらには彼らに手を貸すアウルムとの軋轢も強くなる。

 この場での正解は傍観。ここから離れるべく歩みを進める。


 通りの青果店の前、女性二人が立っていた。瞳は広場の暴動に向けられ表情には不快感が募る。すれ違い際に彼女達の会話が聞こえた。


「ルイスさんもこの前捕まったらしいわよ」

「聞いた聞いた。なんか企んでたらしいじゃない」

「誰かが聞いてて通報したのかしら」


 彼女達が話すのは圧政下に起こりがちな国民同士による相互監視だった。密告者には報酬が与えられるため生活の足しにしようと互いに目を光らせる。反乱分子を出来るだけ摘み取ろうとする施策は疑心暗鬼に陥れ、同時に政府への反発を強くしていた。


 俺が先導し、大通りを外れ細い道へと入って行く。前方には小さな公園が見えた。ここなら少しは休めるだろう。

 石造りの噴水が中央に鎮座し、水音が公園に響く。周囲には木々が茂り、いくつかの古びたベンチに影を落としていた。幼い頃、フリットとよく遊んだ場所だった。


「やっと静かになったな」


 エドガーが言い短く息をつく。顔には僅かだが緊張が残っている。俺の耳にも先程の喧騒が未だに残っていた。

 暴動は見ていて気分の良いものではない。先程の抗議活動では騎士団側にも見知った顔があった。あの場にいた騎士の中でも王政に不満を持つ者はいるだろう。しかし、義務と責任がそれを許さず、本来なら守るべき国民に魔具を向ける事となる。両者の思いと衝突を考えると複雑な気分だった。


「あの像はなんでしょう?」


 マリーが声を上げる。瞳を向けるのは公園の奥。敷地内を見守るような形で女性の像が建っていた。俺達は近付き、その像を見上げる。


「ヴァナディース像……とは違いますね」

「あれはコルネリアの像だよ」


 その造形は教会に建つ物とは違う。石造の女性はローブを纏い、長い髪が肩に流れるように刻まれている。雨風に晒されたその顔は削られ、表情は最早分からない。足元にはリスやウサギの小さな像が寄り添うように掘られていた。


「コルネリアって言えば確か……ヴァナディースに仕える巫女、ってやつだっけ?」


 エドガーの言葉に頷き少し補足していく。


「聖書かなんかでフォリシアにまつわる巫女として書かれてるからか、ここじゃヴァナディースよりコルネリアの方が馴染み深く感じる人が多いかな」


 像の台座には文字が刻まれている。『巫女コルネリア、此の地に住まい、フォリシアを見守り続けたり。人を愛し、愛されし者。我らは永遠に彼女の元に在り』

 彼女の逸話は幼い頃から繰り返し聞かされているため、聖書や神話に興味がない俺でもある程度知っていた。この国を愛し、幾度も危機からフォリシアを救ったという。しかし神話は神話。ヴァナディースが実在し人を救わないようにコルネリアだって存在せず、フォリシアは竜害で絶大な被害を受けた。所詮偶像に過ぎない。


「子供の頃はあの像に登ってよく怒られたっけ」


 逸話より胸に残っているのはこの地で過ごした記憶だった。思い出し自然と口元が綻ぶ。登っている所を注意され、慌てて降りようとした結果、足を滑らせ落下したのも今となっては良い思い出だった。


「碌な事してねーな」

「自分でもそう思うよ」


 活発な子供時代を思い出し少し恥ずかしくなる。あの頃の自分は、将来に不安など一切なく夢の事しか頭になかった。今思えば自分は環境に恵まれて育ってきたのだろう。尊敬する父と優しい母。同じ夢を共有する親友に、それを見守ってくれる周囲の人々。俺は、この国が好きだった。


「でも珍しいですね。巫女の像が建っているのは」

「確かにあまり見ないよな」


 マリーがコルネリアの像を観察する横で今まで訪れた国を思い返す。多くの国でヴァナディース像を見てきたが、彼女に仕える巫女の像は見た事がない。巫女達の存在は聖書の一節や絵画の脇に添えられる程度だった。


「これも大災害以前に作られて修繕を繰り返しながら維持しているらしいし」

「そんな像で遊んでたのかよ」

「子供だから知らなかったんだよ」


 今考えるととんでもない事だ。俺が登っているのを見て血相を変えて走ってきた理由も今なら分かる。

 思い出に浸るのもこのくらいにしないと。やる事はないが、留まり続ける訳にはいかない。


「そろそろ……」


 戻ろう、そう言いかけた時、遠くから聞こえる爆撃音に遮られた。先程の暴動とは違う方向。目を向けると火柱が目に入った。


「あれは、魔法?」


 立ち昇る陽炎を瞳に映しエドガーが呟く。町中で見るのはありえない異常なものと皆気が付いている。意向を確認する前に、一斉に走り出した。


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