「おかえり」⑩*
澄み渡る青空が果てしなく広がり、真昼の太陽が高々と輝きを放つ。煉瓦造りの建築物の間に敷かれた石畳の道を少年と少女が歩いていた。
「あーあ。なんでヴィルプカちゃんがこんな田舎に来なきゃいけないのかな♪」
自らをヴィルプカと名乗る少女は愚痴をこぼす。深いウェーブを帯びた腰下まである黒髪は、歩みを進める度に白いヘッドドレスと共に柔らかく揺れる。その下でフリルとレースが繊細に施された黒のワンピースドレスが夜の帳のように彼女を包んでいた。首、指、耳と余すところなく装飾品を身につけており、その全てに赤や青の宝石の様な石が嵌っている。大きな灰色の瞳が退屈だと言わんばかりに町を見た。
「虫は多いし馬鹿共は同じ事ばっか叫んで騒いでるし、あとなんか土臭い☆」
「ぼ、僕達はただの、み、見届け役だから……」
隣を歩く少年がおずおずと話す。ヴィルプカが目を細め一瞥すると少年の肩が跳ねる。そして、口元に笑みを浮かべた。
少年は異様な風貌をしていた。肩まである薄緑の髪は毛先が不揃いに切られ、黒い瞳は長い前髪に隠れ時折覗く程度。いずれも頭にフードを被り他人からは良く見えない。そして、一番奇妙なのは拘束衣を身に纏っている事。両腕をは身を抱くように太い皮のベルトで締め上げられていた。
風変りな二人だが町の人々は彼らを気にも留めない。すれ違う者皆が二人を見るが、すぐに別の興味へと視線が移っていく。
彼らのすぐ後ろからは民衆達の怒鳴り声が響き渡っている。口々に不満を叫び、王政への不信が二人の存在を塗りつぶしていた。
「計画は順調なんだしヴィルプカちゃんとニギギがいる意味ある?」
ニギギと呼ばれた少年はヴィルプカを見た。拘束により上手く首が動かせず、彼女を覗き込む形で。
「で、でもグラウスの連中も、き、来てるらしいよ」
「はぁ? あいつらどこにでも沸くよね。きもちわるーい」
ヴィルプカの顔が不快感に歪んだ。近付いたニギギの顔を肘で打つと、彼は甲高い声を漏らす。
「そ、そう? ぼ、僕は嬉しいけど」
「ニギギは殴ってくれたら誰でも良いんでしょ」
ニギギはヴィルプカの言葉を肯定するように恍惚の笑みを浮かべた。彼らとの戦いを思い出しているのか、黒い瞳は空を仰ぎ口の端から涎が垂れる。
「ヴィルプカちゃんはあんな奴らと遊ぶよりもっと楽して雑魚共を虐げたいんだけど♪」
悦に浸るニギギから視線を前に戻す。目に入るのは平凡な街並み。ニギギを置いて数歩先に進んだところで彼女は振り返った。
「そうだ、暇だしちょっと突っついてやんない?」
ヴィルプカは満面の笑みで提案する。その言葉にニギギは我に返り目を見開いた。
「ぼ、僕達は待機って言われてるでしょ」
慌てるニギギを無視してヴィルプカは軽い足取りで道を逸れていく。
「ヴィルプカちゃんは何もしないよ☆」
彼女は道脇の花壇の前で屈むと、黄色の花びらに指を滑らせた。慈しむように撫で一瞬手を止める。流れる様な動作で茎に指を這わせた次の瞬間、茎が断ち切られる乾いた音が響いた。摘み取られた花は香りを放ちながら少女の小さい鼻先へと運ばれる。
「ヴィルプカちゃんが何もしないなら良いよねっ♪」
立ち上がったヴィルプカはつま先で小さく跳ねながら踊るかのように足を運ぶ。
「い、いいの? そ、それで僕達が来てるってばれたら……」
「いいよいいよ☆」
身体をくるりと回転させ、動きに合わせて髪や衣服も楽しげに舞い上がった。
「だって、誰かが傷付いたら楽しいでしょ♪」
ヴィルプカは口角を釣り上げ、期待に目を細めた。凶悪な笑みが少女の顔に浮かび上がる。対して少年の表情も恍惚に染まった。
「そ、そうだね楽しいよね……! い、痛いの楽しいよね!」
回転の終わりにヴィルプカがニギギへ花を投げる。
「食って良いよ☆」
ニギギは地面に落ちた花に顔面から飛びつき花弁へ噛み付いた。冷えた瞳を、異物を貪るニギギから町へと移し、ヴィルプカは喉を鳴らす。
「こんな平坦な景色ばっか見ててもつまんない♪」
「ひひっ」
ヴィルプカの言葉を肯定するかのようにニギギは顔を上げた。土と涎にまみれた口元に歪な笑みを作る。
「もっとヴィルプカちゃんが歩くのにぴったりな町にしてあげないと☆」