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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「おかえり」⑨

 術師協会のために用意された部屋。しんとした空間に、紙を捲る音が静かに刻まれる。

 フォリシアに来て三日目。


 アウルム帝国に圧をかけるための派遣だが、一応それらしい仕事もする。俺達はマリーによって予め用意されていた書類を確認していた。

 紙同士が擦れるささやきの様な音が部屋の時間をゆっくりと進める。


「つまらない」


 マルティナが呟き、持っていた紙の束で机を叩いた。


「いつまでこんな事やるの?」


 もう一度言うとため息と共に机に肘をつき身を預けた。机に支えを求めるかのような動作が彼女の疲労と落胆を物語る。斜め向かいの席からエドガーがマルティナへ鋭い視線を送る。


「ちゃんとやれよ。これしかやる事ねーんだから」

「だから嫌だって言ってんの。こんな読むだけの仕事」


 体を動かす方が得意な彼女は今回の仕事に明らかな不満を持っていた。言いたい事は分かる。俺もどちらかと言うと考えるより剣を振るう方が得意のため、資料を確認し続ける作業に苦痛を感じていた。

 苦い顔で資料を読み進める俺達に対して、エドガーとヴィオラは黙々と紙を捲り続けている。


 俺達が見ているのはフォリシアにおける魔具の輸入履歴。

 この国は魔石の加工は得意だが魔具の生産技術はほぼなく、輸入頼りとなっている。そして、その主な取引相手は隣国であるアウルム帝国。書類にはずらりとその国の名前が羅列しており目が滑りそうだった。


 エドガーがそろそろやれと言わんばかりにマルティナを一瞥する。流石のマルティナもサボりすぎだと感じたのか体を起こし、目の前に積まれた紙を手に取った。


「ん?」


 書かれた文字を読み彼女は顔を顰める。


「どうした?」


 最初に反応したのはエドガーだった。


「企画書? 紛れ込んだのかも」


 マルティナはそう言いながらエドガーへ紙束を投げる。「なんだよ」と呟きつつ受け取った資料を読み始めた。視線が左から右へ、そして下へ移動するにつれてエドガーの表情が変わっていく。


「なんだ、これ」


 最後まで目を通したエドガーの眉間には深い皺が刻まれていた。


「気になる事でも書いてあるのか?」


 資料に目を通した二人が揃って不可解な顔をするその内容に疑問を持つ。直接聞くとエドガーは問題の紙を俺に差し出した。


「読めば分かる」


 内容を上手く消化しきれていないような、そんな表情だった。受け取りその文章を読む。

 まず目に入ったのは『人口魔石』という文字。そしてその下には人工的に魔石を製作する理論と方法が書かれ、次のページには使用する魔具の図面が乗っている。それ以降も仕組み等書かれているが専門外のためいまいち理解できず、適当に読み流しヴィオラに資料を回した。

 ヴィオラもページを捲りつつ、僅かに顔を顰めていた。


「確かにマナが豊富なフォリシアには新たな産業になるかもしれない」


 全員が資料を読み終わり、エドガーが口を開く。


「でも、こんな事が可能だとしても……」


 途中で言葉を止めた。小さく俯き思考を繰り返している様だ。

 魔石は長い年月をかけて自然界のマナが凝縮し結晶化した物。それを人工的に作るなんて聞いたことがない。目まぐるしく発展する魔具技術により可能になったのかもしれないが、術師協会にはないものだった。


 まあ、こんな事に時間を割いても仕方がない。俺は視線を資料の山へと戻した。代り映えのない取引契約書の隙間から「暗殺」の二文字が見える。他の紙を退かしそれを手に取った。


「それは?」


 俺の行動を見ていたマルティナが問う。やはり文字を読むのに飽きたようで紙を除けて机に頬杖を付いていた。


「第四王女暗殺未遂事件についてだよ」

「ああ、それね」


 答えると顔を上げ、琥珀色の瞳に興味の色を浮かべた。単純な確認作業でも事件という言葉が出れば多少食指が動くらしい。


 これは俺達の派遣とは関係ないが、一応のためとマリーに資料を頼んだものだ。親友が関わっているため、初日に聞いた時から気になっていた。機密に関わるような事を当事者から個人的に聞くわけにはいかない。仕事として尋ねるなら権限はあるが、この立場で彼と関わるのはなんとなく嫌だった。


 気が付けばマルティナだけではなく、エドガーとヴィオラも手を止め俺を見ている。彼らも気になるようだ。俺は紙に目を向ける。


「襲われたのは一六時に差し掛かる頃。ユーフェミア王女とその護衛の騎士フリットが町の視察を終え、王城西口から入ろうとした際に襲われた。暗殺者と思われる術師は五人でいずれも帝国製の魔具を使用。フリットが撃退しユーフェミア王女は無事だったが重傷を負った、と」


 事件について掻い摘んで読み上げるとエドガーは首を傾げた。


「大した情報はねーな。捜査も特にされてないんだろ?」

「革新派によるもの、とは断定されてるけどそれ以上は……」


 資料にはそれ以上書かれていない。捜査も適当な所で打ち止めになっており、情報はほとんどないに等しい。革新派のせいだとしても、ここまで何もしないのは少し不自然に感じた。国王側は何か表に出せない情報を掴んでいるのだろうか。昨晩のフリットの口振は、明確に示された憎悪は、あれはまるで犯人を知っているかのような──。


「でも、この事件は一部の国民から反感を買ったらしいわね」


 ヴィオラが紙に書かれていない、事件のその後を話始める。


「いくら王家が憎いと言っても幼い少女を狙うのは違うと、革新派の中でも割れたみたい。当時は少しの間活動が自粛されたらしいわ。昨日歩いている時にマリーが言っていたの」

「抵抗できない奴を狙うのはな……」


 エドガーも顛末を聞き表情で不快感を示した。しかし、この事件に対してどんな感情を抱こうが、俺達が口を出す権利はない。ただこんな出来事があったと記憶する事しかできないのだ。


「今更だけど第四王女って立場的にどうなんだ?」


 エドガーに聞かれ彼女について思い出す。


「ユーフェミア王女は第四子として扱われているけど王位継承権は持ってない」

「なんで?」


 答えると正面からマルティナが疑問の声を上げた。


「彼女は国王と使用人の間にできた嫡外子だからだよ」


 嫡外子という言葉にエドガーの眉がぴくりと動く。周囲から感じるユーフェミア王女への無関心の正体に気が付いたのか表情を曇らせた。

 暗殺未遂事件はすぐに鎮静化され、その後も彼女に付く護衛は一人だけ。そして、被害者である彼女が出歩こうが誰も咎めず騒ぎにもならない。王妃との子なら対応は違ったのだろう。


「だからあんなに自由なんだ」


 マルティナも彼女を取り巻く環境を察し感想を漏らす。そして「他には?」と追加の情報を求めるが俺は首を横に振った。

 彼女にまつわる情報は少なく、俺もフリットを通して得たものしかない。自由奔放な事、見た目に反して恐ろしい程聡明な事、フリットが一度もチェスで勝てていない事、そして王室から疎まれている事。生まれ故、滅多に表に出る事はない。いや、出してもらえないと言うべきか。


「そう言えばさ、」


 マルティナが何か思い出したのか声を上げ俺を見た。


「この事件に関わってるフリット、だっけ? 昨日町案内してもらってる時に見かけたよ」

「昼間に?」


 マルティナは頷く。


「うん。あたし、人の顔覚えるの得意だし間違いないよ」


 賞金稼ぎとして名を馳せていた彼女が言うなら間違いないのだろう。マルティナはこめかみを叩き昨日の出来事を思い出す。


「確か女性と一緒だったね」

「まあ、非番なら町で誰かと一緒にいてもおかしくないだろ」


 マルティナの話を少し意外に思う。以前からフリットは整った顔立ちから好意を寄せられる事は多々あったが、浮いた話は全くと言って良い程聞かなかった。しかし俺の居ない一年の間に特定の人物を作っていてもおかしくない。


「それはそうなんだけどね、あまりいい雰囲気じゃなかったから……」


 怪しむ様に彼女は思考を続ける。


「それに、人目を避けたような物陰で会うもんかな」


 何か引っかかりを感じているようだった。マルティナの勘はよく当たる。気に留めておいても良いだろう。


「まあ良いか。気になるならアイクから聞いといて」

「自分から話振っといてなんだよそれ」


 話を聞いていたエドガーが呆れ声を出した。考えを放棄する彼女に俺も苦笑いを浮かべた。昨日話した事と言えば新しく取得した術式の話など。浮ついた話など一切話題に上がらない。思えば、以前から互いに色恋沙汰には無関心だった、それなのに久しぶりに会って急にそんな事聞けるわけがない。

 フォリシアを離れる前なら、きっと気軽に聞けたのだろう。一年前、無責任に全て投げ出した代償は重い。


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