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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「おかえり」⑤

 突然室内から聞こえてきた異音に一同は顔を見合わせた。そして視線は問題の棚へと移る。

 中の物が崩れた可能性もあるが、それにしては不自然だ。音はやけに大きく、一度だけ。その後に続く様子もない。


 まあ、確認してしまえば早い。棚の前まで歩き、取っ手を掴む。

 罠、ではないと思う。事前に探知魔法を用いこの部屋の安全は確認している。けれども多少は警戒もしなければ。アウルムの陰謀が渦巻くこの国で、術師協会は邪魔者でしかないのだから。


 一呼吸置き手に力を込める。ゆっくり扉を引くと金髪が目に入った。人? そのまま一気に開く。

 青色の大きな瞳と目が合った。本来道具が収まるべき場所には、少女が小さく体を折りたたみ座っていた。


「えっと……」


 まさか少女が入っているとは思わず対応に迷う。唖然とする俺に対して、少女は落ち着き払い口元には笑みまで浮かんでいた。顔を背けることなくただ俺を見上げている。


「どこから入ってきたの? そこから出なさい」


 後ろからマリーが言い放つ。少女は表情を変えずにゆっくり棚から出ると、悠々と俺の横に並んだ。大人びた印象とは逆に身長は俺の腰辺りと思った以上に小柄。堂々とした表情で隠れてしまっているが顔の作りは幼く、おそらくエドガーより年下だろう。最初に見えた長い金髪は三つ編みにされ前に垂らしている。服装は飾り気のない紺一色のワンピース。見た目だけはどこにでもいる様な少女だった。


「名前は?」

「んー、ユーミ」


 マリーの質問に対して少女は曖昧に答える。マリーの眉が一瞬上がった。少女の告げた名はおそらく偽名だろう。問答は続く。


「どこから来た?」

「町から」


 問いかけに少しも怖気付かない。


「どうしてここに?」

「入れた、からかしら」


 少女が笑うとマリーの眉間に皺が寄った。


「この部屋は施錠されていた。我々が使用する前からお前が居たというのは考えられない。途中で入ってきたのなら気が付くはずだ」


 不審な少女に対してマリーの圧のある問いかけが続く。この少女はあまりにも異質すぎた。大人に囲まれながら、その柔和な笑みと平然とした態度を崩さず佇んでいる。

 警戒しているのはマリーだけではない。皆嫌疑の目を向けていた。こんな情勢ではこの少女が派閥のスパイである事も考えられる。術師に年齢や性別など関係ないのだから。


「どうするか」


 俺の呟きにマリーは額を手で押さえる。頭痛を覚える感覚は分からなくもない。


「このまま解放する訳にはいきません。子供と言えども、身元がはっきりするまで拘置する必要があります」


 少女の余裕の笑みは変わらない。会話の意味を理解した上でこの表情なのだろう。幼い少女に対して畏怖の念を感じると共に、どこかで見たことあるような、そんな気がした。


 身柄を抑えるにしても新たな部屋が必要か。速やかに身元も特定したい。どちらにせよ騎士団の協力が必要だろう。日も沈みかけたこの時間に彼らの仕事を増やすのは気が引けるがやらなければならない。

 来て早々訪れたトラブルを杞憂に思っていると、部屋の外から足音がする。普段使われていないこの部屋の前に人が通るのは珍しく、靴底の音が廊下に冷たく響いていた。

 少女も音の方向に顔を向けた。そして、部屋の戸が叩かれる。


「時間みたいね」


 少女は呟くと扉へ向かって歩き出した。突然の行動に、言葉より先に体が動く。去ろうとする少女の腕を掴み引き寄せた。


「きゃっ」


 短い悲鳴と共に少女の足が縺れる。急に引っ張られた事でバランスを崩したのか。

 転倒を防ぐため抱きかかえた瞬間、けたたましい音と共に扉が蹴破られた。衝撃で砕けた木片の先に青年の姿が見える。


「ユーフェミア様!」


 誰かの名を呼びながら部屋に押し入ってきた人物は既に抜刀し、剣型魔具の切っ先を俺達に向ける。外れた扉が床にぶつかる音と同時に、皆武器を構えた。

 俺だけが動けない。力が抜け、少女から手が離れる。あってはならない事だが、今それを考えている余裕はない。


 その青年を見間違えるはずがない。一番会いたかった、そして出来る事なら会いたくなかった人物。


「フリット……」


 思わぬ再会となった親友の名を呟く。何も変わってなかった。一括りにされた紺色の長髪。左へと流した前髪から覗く青い瞳。誰もが憧れた端正な顔立ち。護衛する王女に無理矢理ネクタイから替えられたと笑っていた胸元の細いリボンも。何もかも変わらない。一年ごときで変わるわけがない。

 俺の声にフリットも顔を向けた。一瞬目を見開いた後すぐに表情を変える。喜びとも憎しみとも言えないその顔に強烈な罪悪感が押し寄せた。


 フリットはため息を付き剣を納めた。顔を正面へと戻した時、彼の特徴とも言える柔和な笑みが口元に浮かぶ。


「術師協会の方々でしたか」


 青い瞳は俺ではなく、班員達に向けられていた。胸に鈍い痛みが走る。いや、あんな別れ方をして、以前の様に話しかけてもらえると思った俺が間違っているんだ。変わらなかった関係を壊したのは、紛れもなく俺自身なのだから。

 込み上げる後悔に俯くと、「あと」と言葉が投げかけられた。


「おかえり、アイク」


 俺に向けられたのは、以前と同じ笑み。


「あ、ああ。久しぶり」


 言葉が上手く出ず、ぎこちない相槌となって口から零れる。変わらないその笑顔が怖い。何も言わず去った俺をフリットはどう思っているのだろうか。例の事件後、俺を励まそうとしたフリットに酷い言葉を吐き、そのまま約束も何もかも捨て逃げた俺の事を。


「知り合い?」


 やり取りを聞いていたマルティナが問う。武器は危険性がないと判断し納められていた。


「フリットとは幼馴染で、えっと……」


 続く単語を言えずに言葉を詰まらせる。俺がその続きを言っても許されるのだろうか。


「親友、だよね?」


 代わりにフリットが言う。彼がまだ俺をそう呼んでくれる事に安堵感を覚える一方、言わせたみたいで罪悪感は増すばかりだった。


「あらあら、こんな所で再会するなんて。とんだ偶然ね」


 口元を片手で覆い少女は笑う。軽やかで弾む様な声には遊び心が混ざっていた。それを見てフリットは深い溜息をつく。


「ユーフェミア様、わざわざ置手紙を残して居なくなっておいてその言い草ですか」

「ユーフェミア……」


 フリットが呼ぶその名を繰り返す。たまに聞いた名前。しかし一般的なものではない。もう一度少女を見ると目が合い、彼女はにこりと微笑んだ。


「思い出した」


 呟き、血の気が引いていく。数々の無礼が頭を過り、俺の足は勝手に彼女から距離を取ろうとする。フリットがここにいるという時点で少女の正体に気が付くべきであった。


「第四王女、ユーフェミア……!」


 上擦った俺の声に呼応して一斉にユーフェミア王女を見た。彼女はスカートの裾を摘みゆっくりと膝を折る。


「改めまして自己紹介をさせて頂きます。私はフォリシア王国第四王女のユーフェミア・フォン・ヴァンツィーナと申します。術師協会の皆様、お越しくださりありがとうごさいます」


 一連の所作には一切の無駄がなく、学び尽くされた礼儀が満ち溢れる。町娘と同じ服装にも関わらず、背筋を正し毅然とした表情で薄く微笑む彼女からは気品が漂っていた。それとは反対にフリットは冷めた目でユーフェミア王女を見る。


「挨拶がしたかったのなら別の方法がありましたよね?」

「こっちの方が印象に残るじゃない」

「人に迷惑をかけない方法でやってください」


 ユーフェミア王女は誤魔化すようにフリットに笑いかけた。それを見てフリットは苦笑いを浮かべる。当たり前となった突拍子もない行動にフリットは相変わらず振り回され、そして許していた。二人の信頼関係を垣間見て微笑ましく思うのと同時に、寂寥感が胸を通り過ぎていった。


「それじゃあフリット、挨拶も済んだし行きましょう。彼らにも仕事があるわ」

「それを貴方が言いますか……」


 余計な一言にフリットの顔が苦渋に歪む。自由な王女の相手は苦労が多そうだ。


「ユーフェミア様が大変ご迷惑をおかけしました。自分達はこれで失礼します」


 深々と頭を下げる。踵を返そうとして途中で足が止まった。


「それと、これは私事だけど」


 フリットは俺を見る。


「アイク、しばらく滞在するんだろ。また会おう」

「そうだな」


 答えるとフリットは小さく笑った。ユーフェミア王女と並び廊下へ向かう。部屋の出入口を潜ろうとした所で扉がない事に気が付いたのか横を向いた。少し考える素振りを見せた後、もう一度俺を見て困ったように笑う。


「いいよ、直しとくから」

「ごめん」


 軽く頭を下げると廊下へ消えていく。

 フリットも悪気があって壊したのではない。ユーフェミア王女を守るため、仕方のない行動だった。もし俺がフリットの立場で、勝手に居なくなった王女の悲鳴が部屋の中から聞こえたらなら迷わず突入していたと思う。いや、そもそも王女が出歩かなければいい話だが。


 遠ざかる足音と同期する様に疲労が増していく。事件の説明や暗い国の情勢を聞くだけでも疲れを感じるのに。そこに思いも寄らない王女の来訪、そして親友との再会が重なり頭が混乱しそうだった。


「暗殺未遂があったってのに随分元気だな」


 エドガーは二人が居た場所を呆れた顔で眺めながら言う。確かにユーフェミア王女はつい最近殺されかけている。いくら騎士団本部と言っても護衛も付かず出歩くのは危険極まりない行動だ。だが、あの佇まいを見る限り、それを理解していないとは思えない。何か襲われないと言う確信の元、出歩いているとでも言うのだろうか。


「って事は重傷を負った騎士は今の人?」

「そうだな……」


 マルティナの言葉で思い出す。元気そうに見えたが魔法で治っているだけだ。生死の境目から何とか引き返し、あの場に立っていた。


「フリット・ルーチア。第四王女付きの護衛ですね。元は騎士団の団員でしたが、天才的な剣の腕を買われ王族付きの近衛兵団に移動した人物」


 マリーが経歴を述べていく。やはり直近の事件に関わる人物は調べ上げている様だ。今回の派遣理由ではないが、何らかの事件に親友が関わっていると言うのは気がかりだった。


「まあ、皆さん。途中で色々ありましたが説明はこれくらいにしましょうか」


 改めて声を上げた。幾重にも脱線したが、本題は既に話し終わっている。マリーはヴィオラから順番に班員の顔を見ていった。これから命を預ける仲間の姿を、一人一人真剣な眼差しで。最後に俺を見て表情を崩す。口元に薄い笑みが浮かんだ。


「帰還命令が出るまで、なんとか生き延びましょうね」

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