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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「遊んでる訳じゃない」④

「急に呼び出しなんて珍しいな」


 エドガーは会議室の簡素な椅子にもたれ掛かりながら言う。視線を俺に移し言葉を続けた。


「この前の仕事になんか問題があったとか?」

「それでも緊急招集はかからないだろ」


 俺の答えに対してエドガーも同じ事を思っていたのか、期待する回答ではないと顔を戻す。少し前のノトスの出来事については、呼び出され注意を受ける理由にはなるが最早今更。やらかした俺が思うべきではないが、叱責を受ける時期はとうに過ぎた。


「ヴィオラは?」


 彼女も首を振る。誰も理由は分からなかった。全館放送なんて滅多に聞くものではない。一年と少し在籍し耳にした内容は三班がエレフ共和国から帰国直後に再び引き戻される事くらい。通常の連絡や呼び出しなら通信用魔具にかかってくるはずだ。

 軽い音と共に扉が開いた。


「あたしが最後?」


 部屋に入って来たマルティナが全体を見渡し言う。後ろ手で静かに扉を閉め、中を進み俺の前の席に座った。


「呼び出した方も来てないし、本当に急だった感じか」


 マルティナの言う通り、先程から待っているが誰も来る気配はない。この第一会議室へ一番最初に到着したのは俺だが、いつも任務説明時には起動し待機状態にしてある受像機も今日は沈黙している。そもそも部屋の明かりすら付いていなかった。一体何のための呼び出しなのだろうか、かつてない状態に不安が募る。

 考えていると遠くから足音が近付いてくる。この部屋の前で止まり、その直後、勢いよく扉が開いた。


「お待たせしてすいません!」


 廊下と部屋の境界でカティーナが息を切らしながら言う。抱える紙の束は不揃い。急いで持ってきたのだろう。早足で俺達の前を通り、いつも通り受像機の隣に付く。何度か深呼吸をし、息を整えると俺達を見た。


「夜分遅くに呼び出してしまい申し訳ありません」


 カティーナはそう言って頭を下げる。


「緊急の案件か?」

「ええ、急を要します」


 問いかけに頷くと、何故か俺の顔を凝視した。


「皆さんには明日の朝、フォリシア王国へ向かっていただきます」


 その国の名に思い当たる人物へと皆の視線が集まった。何故?

 一瞬思考が止まる。今カティーナが上げた国は俺の故郷の名。理解した事で、俺の体が硬直する。


「本当に急で申し訳ないのですが、先程術師協会本部から通達された事で……──」


 心臓が早鐘を鳴らす。胸の奥で強く脈打つ心臓の音がまるで耳元で鳴っているかの様に感じられた。煩くてカティーナの声が良く聞こえない。息を整えようとするが、その音はさらに大きく聞こえるばかり。鼓動一つ一つが、胸を突き破ろうとしている。


「それで、すぐに動けるのが二班という事で、」

「待ってくれ」


 いつの間にか話が進んでおり、慌てて説明を遮った。冷汗が背中を伝っていく。


「それは、俺達でないと駄目なのか?」

「と言うと?」


 カティーナは俺の言葉に疑問を持った。


「フォリシアは小さい国だ」


 動揺で震えそうになる声を必死に抑え込む。


「知り合いが犯人である可能性は十分ある。俺が加担する事だって……」

「アイクさんの性格上、そんな事はありえないでしょう?」


 断言される。自分の性格が仇となるとは思いもしなかった。他に、他に何かないか。


「俺達以外の班は……」

「はぁ、先程も言いましたけど。まあもう一度言いますね。一班は現在ヴェルハーレン、三班もエレフに常駐。四班は明日もノトスと既に決定しています」

「それでも……」


 言葉を詰まらせる。行かなくても良い理由を、俺が除外されるような事情を探すが思い当たらない。


「そんなに行きたくないんですか?」


 自分でも滅茶苦茶な事を言っているのは分かっている。だからこそ否定も肯定もできない。仕事に対する責任と身勝手な都合の間で情緒が揺れる。


「そこまで言うなら分かりました」


 抑揚のない声。カティーナの特徴とも言える太陽の様な笑顔は凍てつき、氷点下の眼差しを俺に向ける。


「他の班が帰還次第そちらに回しましょう。しかしその間に新たな犠牲者が出るかもしれませんね。でも仕方ないですよね。上手く仕事を采配出来なかった私達の責任です」

「うっ……」


 視線が痛い。他の皆も不審な目でやり取りを見ていた。


「なんでそこまで故郷に行くのが嫌なんだ?」


 エドガーが問う。


「それは……」


 答えられず俯く。話すべきなのだろうか。だが、話した所で状況は覆らない。ただ俺の情けない側面を見せるだけだ。今も行きたくないと駄々をこね、十分みっともないのだが。

 乾いた音が重い空気を引き裂く。救いの様に会議室の扉が叩かれた。


「失礼する」


 低く渋みのある声と共に扉が開く。入って来た壮年の男性を見て思わず息を飲んだ。意外過ぎる人物に皆が瞬時に席を立ち姿勢を正す。そこにいたのはミシェル・ラードロフ司令官。グラウスの最高責任者だった。

 ウェーブのかかったピンクベージュの髪は首の後ろで整然とまとめられ威厳を漂わせる。鋭い切れ目の瞳は深い茶色で、視線が向けられると胸の奥に重みが感じられた。皺一つない術師協会の制服の胸には様々な勲章が付けられ、彼の経歴を讃えている。術師協会本部からの出向として身に纏う品格が、誰もが口を噤んでしまう静寂を生んでいた。

 ミシェル指令は正面へと歩き出す。カティーナが深々と頭を下げ一歩下がった。彼女の代わりに受像機横の壇上に立ち口を開く。


「まず、緊急にも関わらず集まってくれた事に感謝する。今回の任務は特殊のため、自分から説明させて貰おう」


 その一語一語に空気が張りつめる感覚。全員の表情が緊張に染まる。


「本日、フォリシア王国で謎の爆発事故が発生した」


 ミシェル指令自ら事件の概要を語っていく。


「幸いにも被害者はいない。しかし、違法術師によるものとし術師協会本部はこの事件に対してグラウスの派遣を決定した」


 それはよくある事件だった。だが被害者が居ない状態で自分たちを派遣するのは違和感が強い。いつもなら凶悪な違法術師事件やその元となる魔具の違法売買などに赴くはずだ。けれども口を挟めない。最高責任者の放つ圧倒的な威圧感に誰もが立ち尽くすだけだった。


「と言うのは建前。今から伝えるのはフォリシア王国の内情だ」


 内情、その言葉に不安が過る。確か少し前、報道で増税があったと伝えられていた。それだけで国の情勢が不安定だということは何となく分かる。これから話す事も良い事ではないだろう。しかし今は言葉の続きを待つしかない。


「財政難や不作、魔物被害にフォリシア王国は今非常に不安定な状態であり、一部では王政に対して暴動とも言える抗議活動が複数回勃発している」


 やはり、と胸の奥底で思う。自分がいた時から政治に対して否定的な声は多かった。大災害後、再建してから変わらない時代錯誤の王政は国民の不満を募らせる。それはここ一年でさらに膨れ上がり、最早手に負えないものとなっていたのだろう。ミシェル指令は続ける。


「そして、この暴動が問題だ。フォリシア王国周辺を担当する支部から、隣国であるアウルム帝国との頻繁な魔具の取引や、抗議活動首謀者とアウルム帝国貴族との不審なやり取りも報告されている」

「もしかして」


 エドガーが呟いた。血の気が引き、青白い顔となってミシェル指令を見る。アウルム帝国のやり方を良く知るエドガーはその言葉から意図を察していた。

 だがその先を口にしない。言葉にすれば、怒りと恐怖に屈してしまいそうになるから。ミシェル指令はエドガーの意志を汲み取り顎を引く。


「暴動に関わっている可能性は高い。そして、この暴動は今や内乱に発展しようとしている」


 漠然と背後で蠢く策謀が伝わってくる。今言えるのは、フォリシアにも二年前のエスト戦争の様な危機が迫っているという事だった。


「術師協会、及びミルガート合衆国も内乱へアウルム帝国が介入することを危惧し準備を始めている。しかし、時間が足りない」


 分かってしまった。今回の派遣の理由が。緊急招集の意味が。一刻も早くフォリシア王国へ向かわなければならない責務が。


「皆ももう気が付いているだろう。今回の派遣は内乱の勃発を遅らせるためのもの」


 行きたくないと言っている場合ではない。俺の意志など関係なく、術師協会が掲げる正義と秩序のため。ミルガート合衆国が示す公平と道義のため。行かなければならないのだ。

 ミシェル指令は俺達の顔を順番に見ていく。彼の口から発せられる言葉は鐘の様に重々しく、かつ力強く響いた。


「そして、アウルム帝国に対する示威行為だ」


一節「遊んでる訳じゃない」 了

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