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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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「遊んでる訳じゃない」③

 夕食時、友人の姿を見かけ隣の席に食事の乗ったトレーを置く。

 パンを千切り口に運ぼうとしていたスヴェンの手が止まった。皿の上に乗った料理を見た後、緑の瞳が俺へと移る。


「相変わらずすげぇ量食うな」

「食べるのは前衛の基本だからな」


 話しつつ椅子に腰かけた。スヴェンは適当に相槌を打ちながらパンの欠片を咀嚼する。


「最近よくいるな。長期任務はないのか?」


 話しかけると彼は飲み込みながら少し嫌そうな顔をした。


「この間のあれだよ。転移通路の粗が修正されて問題なく使えるようになったから」

「結局何が悪かったんだ?」


 転移通路と言われ思い出すのは先日巻き込まれた事件。後衛だけが別の場所に飛ばされるという、とんでもない出来事だった。

 俺達はあれからノトス間の転移通路を使う事がないため経過を聞いていない。

 スヴェンはフォークを手に取り人参のローストを突き刺す。食べながら俺への説明を考えていた。


「実行者の保有魔力量が術式に反発して座標がずれてたらしいけど詳しい事は知らん。けどあれは──」


 話を聞きつつ俺も料理に手を付ける。揚げ鳥の黄金色の表面にフォークを突き立てると肉汁があふれ出した。

 一口で食べられそうなのでそのまま口へ。表面に対して中は驚くほど柔らかく、噛む度に口腔内に旨味が広がっていく。軍と同じ形態を取る組織とは思えない程美味しい。もう一つ口に入れた所でスヴェンの視線に気が付いた。


「お前聞いてないだろ」


 俺に向けられたのは咎めるように細められた瞳。急いで口の中の物を咀嚼し飲み込む。


「ごめん」


 謝罪すると呆れのような眼差しを返されるが、スヴェンも自分の食事へと戻っていく。自分から切り出した話だが、あまり仕組みを理解していないため良く分からない。頭に入ってこないため途中から食べるのに夢中になっていた。

 しかしスヴェンも当事者として説明を受けていただけで、終わった事件に対して興味はなさそうだった。それ以前にこの話題はスヴェンにとって面白くないのだろう。不機嫌の正体を指摘する。


「転移通路でノトスまで行けるって事は、短期で出来る仕事が増えたって事だよな」


 俺が言うと、大きな溜息が聞こえた。


「それだよ、それ。頻繁に派遣しやがって」


 今までノトスへの移動に時間を要し長期任務という扱いになっていたが、新たな通路が開通した事により迅速な行き来が可能となった。短い間隔で仕事が出来るようになったのだ。

 治安が守られるのは良い事だが少し可哀想に思う。


「良いよな、アイクは。新しい転移通路が出来ても別に仕事は変わらないし」

「仕方ないだろ。振り分けは上の判断だし、俺の仕事が変わらないって言ったって別に遊んでる訳じゃない」


 スヴェンは俺を見る目を細めた。


「この前、仕事中に模擬戦闘して重傷を負ってたのはどこのどいつだ?」

「うっ……」


 事実を指摘され口を噤む。痛みを感じる様な視線から目を逸らした。


「あれは、仕方ない、というか……」


 徐々に俺の声が小さくなる。まだスヴェンの視線を感じた。


「えっと……悪い、とは思ってる」

「貸しだからな」


 そう言ってスヴェンは笑う。彼は根に持つタイプではないが、なんとなく貸しは作りたくなかった。


「あ! アイクいたいた!」


 食事を続けているとオリヴィアの声。食堂の右側から弾む様な足取りでこちらに向かって来ていた。


「部屋にも訓練室にも居なかったからさ。やっと見つけたよ」

「何か用か?」


 俺になんの用事だろうか。首を傾げるとオリヴィアは得意げな顔をする。


「この間借りたお金、言った通り倍になったよ」


 そう言って彼女は指で二を示し満面の笑顔を向けた。何かと思ったが、どうでも良い出来事だった。隣では「お前さ」とスヴェンの呆れ声が聞こえる。


「またこいつに金貸したのかよ」

「げっ、スヴェン聞いてたの」

「この距離なら嫌でも聞こえるだろ」


 オリヴィアはスヴェンを見て露骨に嫌そうな顔をした。彼の言う通り、隣に座っていて耳に入らない方がおかしい。スヴェンは続ける。


「金借りてまで賭博か?」

「勝ったんだから良いでしょ」


 先程まで上機嫌だったオリヴィアは拗ねたように顔を背けた。その横でスヴェンがわざとらしく息をつき俺を見る。


「あんまりこいつを甘やかすなよ」

「……そうだな」


 この短い会話で碌なものではないと再認識する。だが、どうしても憐れな姿を見ると手を差し伸べたくなってしまう。


「アイクはスヴェンと違って優しいんだから」

「この優しさは人のためになんねーだろうが」


 スヴェンの俺を見ていた目が細くなった。


「もしお前が貸した金が切っ掛けで借金までしてたらどうすんだ?」


 尤もな指摘に思わず唸る。横で「そんな事しないよ」とオリヴィアはぬかしているが、その笑顔を見ると全く信用できない。確かに僅かな親切が破滅に導く可能性だってある。優しさが悪循環に陥る事例を今まで何度も見てきたはずだ。何も言えず、返す言葉を探しているとスヴェンが小さく笑う。


「まあ、それがアイクの良い所なんだけどな」

「そうそう。スヴェンも見習ってよ」

「お前は調子乗んなよ」


 全く反省のないオリヴィアは無視。


 グラウスでの休息時間、仕事と仕事の合間には束の間の平和な時が流れていた。

 スヴェンも俺も幾度となく死にかけ、その上で何事もなかったかのようにこうして過ごしている。ここにあるものが今の日常だった。

 繰り返し行われる過酷な業務も惰性となってしまいそうな、大量の血の上で成り立っている事も麻痺してしまいそうな、いつもの日々。


「貴女、また賭け事なんてしてるの?」


 後ろからの声にオリヴィアの肩が跳ねる。彼女は一瞬止まり、時がゆっくり流れているかのような動きで振り返った。視線が徐々に相手に向けられると共に、その眼には僅かな緊張が滲んでいく。

 そこには、腰に手を当てたリーナが立っていた。眉を上げ、蔑む様にオリヴィアを見る。


「しかも人からお金を借りてまで……」


 リーナの言葉にオリヴィアは視線を右へ左へと泳がせた。


「えっと……」


 少し肩を竦めぎこちない笑みを浮かべ後退る。助けを求めるように俺を見るが、目を合わせないようすぐ逸らした。小さい声で「そんな」と呟く声が聞こえるが知らない。少し痛い目にあった方が良いだろう。


「オリヴィア、聞いているの?」

「ひっ」


 リーナの凄みの利いた声に短い悲鳴を漏らす。彼女に対する恐怖からか震えが全身に達し両手で身を抱いた。

 オリヴィアは目を閉じ深呼吸を行う。そして恐れを振り払うように拳を握り締めた。次の瞬間、迷いを断ち切り足を踏み出すと、決然と駆け出す。


「もうやらないからー!」

「待ちなさいオリヴィア!」


 オリヴィアは悲鳴の様な声を上げながら逃げ去っていく。リーナも身を翻し彼女を追っていった。医療部と執行部では身体能力の差は歴然、即座に捕まるだろう。

 嵐が去り辺りは静まり返る。スヴェンは俺を見た。


「貸した金は?」

「返って来なかったな」


 結局賭博に勝ったといういらない報告を受けただけだった。まあ、困っている訳でもないし今度でもいいだろう。



 食事を再開しようとしたその時、全館放送の音が響き渡った。鳴り響くチャイム音に上を向く。

 誰もが手を止め、静寂が広がる。滅多にかからない全館放送がこの場に緊張感を生み出した。


『全館に告ぐ』


 拡声魔具から流れるざらついた女性の声が食堂の隅々まで染み込む様に伝わっていく。


『執行部二班は至急第一会議室に集合せよ。繰り返す、』


 誰を対象としているか判明するのと同時に、食堂にいる全員の視線が俺に集まるのを感じる。同じ内容が放送される中、スヴェンと顔を見合わせた。


「お前なんかした?」

「覚えがないな」


 言葉の通り、全くもって身に覚えのない招集だった。前回の仕事に粗があったとは思えない。報告書に不備があったとしても全館放送で呼び出す事はありえないだろう。考えていても答えは出ないため急いで残り僅かとなった夕食を口に運ぶ。


「行ってくるよ」

「まぁ、頑張れよ」


 席を立つとスヴェンは笑いかける。他人事だと手を振って俺を見送った。


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