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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「遊んでる訳じゃない」②

 エドガーと別れ廊下を歩く。他の班は皆任務で出ているのか誰ともすれ違わない。遠くで聞こえる他部署の話し声に俺の足音が重なり、白い廊下に響いていた。


 なんとなく足取りは重い。魔具の整備に行くだけなのに何でこんなに気が沈まなければならないんだ。深く考えると理不尽に対する怒りが込み上げてきそうになる。

 確かに戦闘中剣を投げたり魔石に負荷がかかるような多重展開を幾度もしているし、技術部がやってくれるからと整備をおざなりにしている。

 俺にも悪い所があるかもしれない……いや、あるが、それを認めても技術部に対する苦手意識は変わらなかった。


 考えながら歩いていると技術部までの道のり、最後の曲がり角に到達した。進むと白金の髪が目に入る。ヴィオラだ。

 彼女は扉に手をかける寸での所で俺の足音に気が付いたのか振り返った。手を下げ、俺へ体を向ける。


「ヴィオラも技術部に用事か?」

「ええ。技術部、というかダンテに」

「ダンテに」


 思わず復唱してしまった。何の用事かは知らないが、彼に関わりたくないのでそれ以上聞かないでおく。

 無駄に厳重で厚い扉を引き先にヴィオラを部屋に入れる。続いて俺も入り静かに扉を閉めた。気持ちの問題だろうが、この扉はグラウス内で一番重く感じる。


 相変わらず技術部は忙しそうだった。

 机と机の間を行き交う技術者。積まれた何らか資料。奥では魔具が稼働しその隣の受像機によく分からない術式が映し出されていた。


 魔具の受け渡し場所はもう少し先にあるため、仕方なく技術部の中を進む。技術者達の話し声と計測用魔具の稼働音が響く喧騒の中を歩いていると邪魔者の様な目で見られた。なんだか肩身が狭い。

 実際、俺達はよく魔具を壊すし、押収品の扱いもまあまあ悪い。彼らから嫌われる理由は明らかだった。でも仕方ないだろ。


 とりあえず隅の方を歩いていると、前方に金色の糸の集合体が見えた。よく見るとそれは頭部。そのまま進むと人型の何かである事が分かる。


「これは……」


 呟き、目の前で足を止めた。先を歩いていたヴィオラも安置されている物を見て美貌に亀裂が入る。


 それは両腕が刃物となった美しい少女の人形。横たわっていたのはルークス教国で戦った自立式アーティファクト、通称オートマタだった。

 目を閉じ沈黙する人型の兵器は一切の衣服を身につけず素肌が剥き出しのまま冷たい台の上に置かれている。まじまじと見て顔を顰めた。


「なんでこんな物が。本部に押収されなかったのか?」


 強力なアーティファクトは通常なら本部へと送られる。何故ここに留まっているのだろうか。ヴィオラを見ると目を細め、紫色の瞳に疑問を浮かべていた。彼女も知らないらしい。


「また壊しに来たのか?」


 後ろから声。深淵から発せられる様な凄みの利いた音に思わず肩が跳ねた。ゆっくり振り返るといつの間にかダンテが立っている。オートマタの前で立ち止まる俺達を恨みの籠った目で睨んでいた。


「えっと、今日は魔具の整備だよ。いつもの定期的なやつ」


 俺は手短に要件を伝える。あまりこのオートマタについて話を蒸し返したくなかった。

 俺達はあの事件から帰って来た後、理不尽で無意味な説教を受けたくないがためこのオートマタだけ置いて技術部から立ち去っている。今それを思い出しダンテが激怒する可能性は十分あった。そうなると非常に面倒くさい。

 言葉に対してダンテは訝し気に俺を見た。全く信用されていない。呼んだのは技術部だろうが。


「まあいいや。魔具なら僕が見るよ。今なら手が空いてる」

「え? うん、じゃあ……」


 嫌すぎて一瞬思考が飛びかけるが何とか持ち直す。何とかして遠慮したいが断る訳にはいかない。渋々魔具に手をかけた。

 魔具の取り扱いに関して随一の腕を持つ彼に整備して貰うのは良い事のはずなのだが、何故こんなにも心がざわつくのか。

 魔具の受け渡しを待つダンテは深い溜息を付く。


「君たちが壊した彼女、やっとここまで修復できたんだ」

「そうなのか……」


 あまり触れたくないため適当に流す。見たくないが横目でオートマタを見た。

 俺達が付けた傷は綺麗に修繕され冷たい陶器の肌が不気味に光を反射している。核である動力魔石を破壊しているが、今にも眼を開け動き出しそうだった。万が一のないよう技術部でも対策している事は分かっているのだがあの死闘を思い出すとつい身構えてしまう。


「苦労したよ、本当に」


 ダンテもそう言いながらオートマタを見た。それはいつも俺達に向ける様な冷たい視線ではなく、慈しむ様な暖かな光を湛えた目。逆じゃないか?


「核の破壊はまあ仕方ないとして」


 良いのか。


「腕、胴、さらに頭部まで壊しやがって……!」


 話が進むにつれダンテの声が怒りに震えだす。同じ組織の人間に向けられているとは思えない不合理な感情だった。流石にこれには異議を唱える必要がある。


「頭部を壊さないと高位術式で俺達が死んでたんだ。仕方ないだろ」

「関係ない! 君らの命よりアーティファクトの方が重要だ!」


 その言い分に思わずヴィオラと顔を見合わせた。彼女は無言で首を振り俺もそれに頷く。精神衛生上、彼への理解は諦めよう。俺達の決意など気にも留めず、ダンテはアーティファクトを指差した。


「アーティファクトは大災害で殆ど消失し形があるだけでも良い方だ。その中でも動く物はごく一部、奇跡と言っても良い」


 ぐるぐると渦巻く目で言葉を続ける。


「これらは大災害前の空白の歴史を埋めるのに最も重要な役割を持つ。決して壊して良いものじゃない」


 今度は俺達を指差した。


「それを! 執行部は全く分かってない!」


 貧弱な肺活量で言い切り息を切らす。最後は叫びとなっていた。研究者としての熱意だけは伝わって来たが、残念ながら共感する事は出来ない。

 ダンテは乱れた息と感情を整えるため一度深く深呼吸をする。


「まあ、ここまで破壊されていたからこそ、このオートマタが本部に徴収されずに済んだともいえるけど、」

「あ、皆もいたんだ」


 後ろから歩いてきたマルティナが丁度ダンテの言葉を遮った。そして、彼女も俺達の横に安置されている物に気が付き怪訝な表情となる。


「うわ、あの時のオートマタじゃん」


 手慣れた所作でコートの内側から銃型の魔具を取り出し、人形へ銃口を向けた。


「直っちゃってるしもう一回壊しといた方が良い?」

「だから! 執行部はなんでそんなに野蛮なんだ!」


 再びダンテは声を荒げた。彼が人命を軽視するように、アーティファクトは破壊すべき物と考える彼女の親切心も当然伝わらない。


「いつもいつも押収物は壊すし魔具の取り扱いも雑だし何を考えてるんだ!」

「あー……」


 マルティナは面倒になったのか、ダンテから目を背ける。幸いにも俺達への呪詛を吐き出すのに夢中で、話を聞いていない事に気が付いていない。


「こうなると駄目ね」


 ヴィオラは小さく呟きため息を付く。


「悪い、ヴィオラはダンテに用があったんだよな」

「良いわよ、このくらい」


 ダンテが執行部に怒鳴り散らすのは日常茶飯事であり、それに俺達が慣れているというのも悲しい現実の一つだった。


「こんなんでも他の研究員からは慕われてるんだよね」


 俺達が聞いていないとも気付かず話し続けるダンテをマルティナは一瞥し、次に他の研究員達に目を向けた。彼女の言葉に同意する。

 俺達の事はどうでも良いと思っているダンテだが、志を共にする研究員達の事は大切にし、同じ技術者としての敬意を持ちながら接していた。そのため、技術部内での彼は部下達から慕われ、彼の怒りの対象となる俺達は同じく白い目で見られている。今も視線が痛い。


「あとあれ」


 マルティナは話の流れでもう一つ思い出す。


「ミシェル指令と仲が良いとか」

「そうなのか?」


 彼女の口から意外な名前が上がり驚いていた。それはグラウス最高責任者の名前だった。たまに見かける事はあるがしても挨拶程度。全くと言って良い程関わる機会がない。


「なんか学校が同期だったらしいね」

「それは誰から聞いたんだ?」


 不確定な情報を信じる訳にはいかず、出所をマルティナに問う。


「三班の……」

「分かった」


 名前を出さずともそこまで聞いて納得した。そして、情報通である三班の彼女の前で迂闊に自分の事を話さない方が良いと改めて思い知る。


 考えていると、魔具を手に持ったままでいる事を思い出した。ダンテに渡す機会を失ったまま立ち尽くしている。ダンテは、と言うと未だに恨み言を吐いている。相当根に持ち憎まれている様だ。とてもじゃないが魔具を渡せる雰囲気ではない。

 ヴィオラを見る。確か元々ダンテに用があると言っていたっけ。彼女も俺を見た後、言いたい事を察したのかため息を付いた。


「良いわよ。私がダンテに渡しておくわ」

「……ありがとう」


 ヴィオラには申し訳ないが頼るしかない。魔具を託し、逃げるように技術部を後にした。


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