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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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「私の愛する町」*

 暖かな陽光が煉瓦の建物に反射し、石畳の道に光の模様を描き出す。花壇の花々がそよ風に揺れ、道沿いの木々は揺れる葉音を奏でていた。

 青年と少女、二人が歩いて行く。青年は疲れた顔で、対して少女は笑顔を浮かべていた。


「ユーフェミア様、そろそろ戻りませんか?」

「いいえ、あと広場も回るわ」


 少女の言葉に青年はため息をつく。彼女はこうと決めたら絶対に曲げない。おそらく説得しようが意味のないものになるだろう。青年の気苦労など知らず、少女は耳の横で左右に分けて縛った長い金髪を揺らしながら軽やかに進む。大きな瞳はフォリシア人に多い青い色。楽しそうに町を眺めていた。


 少女はすれ違う人々に挨拶をしていく。言葉を返す者、会釈する者、無視する者、様々だった。しかし皆共通する事が一つ。この少女がフォリシア王国第四王女であると誰も気が付かないという事。

 服装はシンプルな単色のワンピース。豪華な装飾も身につけておらず、平民と変わりはない。

 いくら第四王女が滅多に表に出ない存在だとしても、積極的に町民に話しかける少女を危うく思っていた。理由は一つ。


「この国の情勢は分かっていますよね?」

「勿論」


 少女は即答する。そして、彼女も分かっているからこそ、こうして町を回っているのだ。青年も理解していた。しかし降り積もる不安は消えず、表情に影を落とす。そんな青年の姿を見て少女の目元が僅かに緩んだ。


「いざとなったら貴方が、フリットが守ってくれるんでしょう?」

「そうですけど……」


 その視線は青年を真っ直ぐに捉え、全てを委ねる様な信頼を滲ませていた。目と目が交わり、青年も諦めたように笑みを返した。重なる瞳には言葉以上の重みが宿る。


「私は、これを見届ける義務がある」


 少女は再び町へ目を向け、毅然とした表情で言い放った。青年も視線を移し少女と同じものを視界に収める。

 王城へと続く道は密集した群衆で埋め尽くされていた。皆口にするのは生活への不満、王政への不平。道端に足を止める者もいれば声を張り上げながら進む者もいる。抗議の声は一つの轟音となり、壁に反響して耳を劈くようだった。

 青年は顔に憂いを浮かべる。


「その義務を果たすのは貴方である必要はないですよね?」


 少女は青年の言葉に喉を鳴らした。


「意地悪ね」


 少女の顔に寂寥感が帯び、青年は罪悪感から目を逸らす。悪意があって言っている訳ではない。彼女に危険な目に遭って欲しくないからこその発言だった。

 その上、いくら国民達の声を聞いてもそれを届ける事は叶わない。王室での彼女の立場は低く、政治に介入することができないのだ。


 彼女は第四王女ではあるが、国王と使用人の間にできた嫡外子。妃や兄弟達からは邪険にされ、国王も少女に関与しようとしない。王位継承権のない彼女は使用人達からもぞんざいに扱われ、仕える人数も必要最低限。その証拠に護衛も青年一人しかいなかった。


「ユーフェミア様が危険を冒す必要はないじゃないですか」


 青年の呟きに対して静かに微笑んだ。


「私は、実際に見たいの」


 少女は瞳に柔らかく光を湛え周囲を見る。


「私の愛する町の現状を、国民達の声を、この国が抱える問題を」


 視線は辺りを慈しみ、撫でるように動いていく。そんな少女を見て青年も口元が綻んだ。


 少女に仕え始めた頃、青年は誰からも疎まれる彼女を憐れんでいた。しかし彼女は自分の境遇を不幸だと思わず、国に対して深い愛情を持っていた。仕えるべき主君として理想の姿が青年の心の隙間を埋め、親友がいなくなり国を守る理由を失いつつあった彼の支えとなっていた。

 だから青年は少女に忠誠を誓う。自分を必要としてくれる彼女を絶対に守ると。


 二人は広場を抜け、人気のない道へと入っていた。正面から王城へと入る事は出来ないため普段使われない西口を目指していた。道沿いに立つ家々は空き家が多く、石畳の隙間には雑草が目立つ。


「そう言えば、『お願い』の内容は考えたんですか?」

「まだよ」


 青年の問いに、少女は楽しそうに笑う。


「あれは、ここぞと言う時に使わないとね」

「変な事じゃなきゃ良いんですけど」


 弾むような声で話す少女に肩を竦めつつ、僅かに笑みを浮かべた。その表情には満更でもない気配が漂っている。いつかの賭けの戦利品。少女と青年の間に結ばれた約束は二人の絆の証だった。


 西口へと続く道は林道に変わり、いつの間にか王城は目前へと迫っていた。それは少女と過ごす穏やかな時間の終わりを示す。名残惜しさを感じながらも二人は歩みを進めていく。


 過ぎ去る際、背後に残した木の葉が僅かに揺れる。振り返るのと同時に青年は剣を抜いた。



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