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愚者と深緑の森④

 深夜の町は静まり返り、月明かりが石畳の道を冷たく照らしていた。家や店の明かりはほぼ消え、町を歩く人間もごく僅か。物寂しい雰囲気を感じるのは、目立たないよう大通りを避け移動しているのも関係しているだろう。

 冷たい風が俺達の間を通り抜け、街灯が揺らめく。樹海に隣接している事もあり、木々の葉が擦れる音の奥で時折野生動物の鳴き声が聞こえてきた。


 目的の場所へ向かって俺達は歩いて行く。トラブルはあったが何とか間に合いそうだ。

 ふと後ろを見るとネルが僅かに遅れている。辺りを見渡し、気を取られているようだった。曲がり角ではぐれないように声をかける。


「ネル、こっちだ」


 俺の声に気が付き、街を見るのを止め小走りで近付き横に並ぶ。


「すいません、慣れなくて」


 彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。「気にしなくて良い」と伝え進んでいく。


「本当に大変な事になりましたよね」


 昼間の出来事を思い返しネルが呟いた。俺は顔を顰める。


「前代未聞だよ、こんな事」


 転移通路のトラブルで班が分断され、それぞれの班員を抱えたまま任務続行など聞いたことがない。肩を落とす俺とは反対にマルティナは肩を竦めた。


「でも、本部もこれで良いって言ってるしね」

「そうなんだよな……」


 それでもと思い本部に話を通した結果、スヴェンの判断通り仕事はこのまま続行となった。

 イレギュラーが多いこの仕事だが、こんな事が起こるなんて思いもしなかった。先程のマナ中毒とは違った軽い頭痛を覚える。柔軟なマルティナはすんなりとこの状況を受け入れているようだ。羨ましい。


「でも私、結構この状況楽しんでるかもしれません」

「ネルまでそんな事言うのか」


 隣を見ると彼女は俺を見て笑みを浮かべる。シモンも特に意義はないらしい。この場で心労を抱えているのは俺だけの様だ。俺の心境を汲み取って貰う事は諦め、別の気がかりに目を向ける。


「俺達は良いとして、問題は向こうだよ」

「見事に後衛四人に分断されたからね」


 マルティナも向こうの状態は心配に思っているようだ。違法者相手に引けを取るとは考えられないがやはり不安は残る。

 しかしネルは平然とした表情を変えず歩いて行く。


「スヴェンがいるから大丈夫じゃないですか? 一級ですし」

「そう言えばそうだったな」


 言われ思い出す。スヴェンはあれでも一級術師資格者。特例の特級を除き最上位の資格を持っている。ネルは言葉を続けた。


「それにいざとなったらリーナもいます。問題ないでしょう」

「リーナが?」

「ええ、リーナは……あっ」


 ネルはやってしまったと口を押さえる。それ以上言葉が続く事はなく、不自然に顔を背ける。俺は首を傾げる。四班のリーナと言えば医術師だ。ネルの言い方からして、いざとなったら彼女が前に出るのだろうか。リーナの動きにくそうな服装から前衛を務める姿は全く想像できない。


「そういえば私達、市街地の任務は久しぶりなんですよ」


 誤魔化すようにネルは別の話題を引き出した。俺も深掘りはしない。


「四班はほとんど違法採掘の取締りだもんな」

「そうですよ。樹海に砂漠、挙句の果てには雪山。毎回移動も命がけです」


 そう言ってネルは笑う。いつもスヴェンから話を聞く限り、笑い事ではないのだが。


「ですよね? シモン」


 振り返り後ろを歩くシモンを見る。話を振られるも、彼はネルを一瞥しすぐに視線を戻した。


「俺は別に戦えればどこでもいい」

「もーそんなこと言って。私達があんな所で仕事しなきゃいけないのはシモンのせいでもあるんですからね」

「仕事を振り分けてる奴らの判断だ。俺は知らない」


 そう言ってシモンは皆の気苦労を鼻で笑う。この言葉をスヴェンが聞いたらきっと怒り狂うのだろう。

 シモンと言ったらその小さな体躯からは想像出来ない豪快な戦い方で有名だ。そして、その際に周りも構わず破壊し尽くす事も。それは市街地でも例外ではない。大剣が届く所に建物があったのならそれごと叩き切る。彼が戦った後に残るのは瓦礫の山だ。

 当然市街地に派遣する訳にはいかず、必然的に人工物のない場所が四班の仕事場となっていた。


「良いですよね、シモンは。絶対にクビにならないって分かってるから好き勝手して」


 咎める様なネルの視線。破壊者は気にも留めずに口元を半分上げ皮肉に笑う。


「あいつ等が俺達の体質を解明したいだけだろ。俺は強者と戦えるこの現状に満足している」


 シモンの言い分に反論できずネルが小さく呻く。

 彼の一族が受け継ぐ特異体質を術師協会が研究したいのは分かる。だからこそ良いデータが取れるように好き勝手させているのだろう。それに付き合わされる他の班員達はなんだか哀れだった。


「でも最近は違法採掘者にも骨のあるやつがいるな。なんと言ったか」

「もしかしてラステカの事ですか?」

「それだ」


 シモンの言葉にネルはため息をつき、彼に向ける目を細めた。


「一応私達、取締りのプロなんだから大きい組織の名前くらい覚えてくださいよ」

「難しい事はお前らが覚えてればいいだろ」


 シモンは平然と言う。どこまでも他人事だ。彼の興味は常に戦いへと向けられ、それ以外はどうでも良いらしい。


「にしても、ラステカか」


 ネルの上げた単語を復唱する。その組織の名前を聞いて嫌な顔をしないのはシモン以外いないだろう。魔石や魔具、アーティファクトの売買。その巨大犯罪組織は魔法に関する希少な資源を取り扱い裏社会で影響力を拡大し続けていた。


「シモンの言う通り接触する機会が増えています」


 茶色の大きな瞳を夜空へと向けた。思い馳せるのは過去の激戦か、彼女の顔は苦渋に歪む。


「何度か戦っていますが面倒ですよ。あの人たち、商品のアーティファクトを惜しみなく使いますし。根源から叩ければ良いんですけど」

「ラステカが相手じゃグラウスだって迂闊に手が出せないでしょ。そこらの業者とは格が違うし」


 マルティナの指摘にネルの表情が暗くなる。これ以上沈ませたくないが理由を補足した。


「ラステカの拠点がアウルムにあるのも原因の一つだな。アウルムと術師協会の仲は最悪だ」

「ですよね……。今のところ術師協会に従ってますけど、無理矢理介入すればアウルム帝国に戦争の口実を与えかねません」


 皆思い浮かべるのは二年前のアウルム、イスベルク間で起こった戦争だった。この中に関わった者はいないが、戦争の話題は気が重くなる。


「しかし、歯ごたえのない連中ばかりだと思ったが最近は幹部とやり合う事が増えている。喜ばしいことだ」


 空気を読まないシモンの発言を聞いたネルが頭を押さえた。


「それリーナの前で言っちゃ駄目ですからね。めちゃくちゃ怒られますよ」

「どうだかな」


 シモンは関係ないと喉を鳴らす。俺の横でネルが項垂れていた。



 そのまましばらく歩き、目的の場所へと到着した。

 物陰から様子を確認する。目の前には鉄製の巨大な倉庫。目立たないよう明かりを消しているのか、建物から漏れる光は極僅か。しかし入口には剣型の魔具で武装した者が二名立つ。さらにその周囲には銃型の魔具を持つ者が複数人で徘徊し侵入者を阻もうとしていた。


 マルティナが『(クアレ)』を使用し中の様子を確認する。詰めが甘いのか妨害魔法は使われていない。術式によって顕現した板には半透明の板には外の警備より遥かに多い人影が写る。どうやら取引はすでに始まっているようだ。

 よくよく考えればスヴェンの判断は正しかった。あの場で合流を待っていたら、間違いなくこの取引に間に合わず違法者達を逃していただろう。


「見取り図は頭に入ってるな?」


 皆に問いかける。マルティナは当然として、ネルとシモンも頷いた。このメンバーで行くと決まった時に仕事と現場の説明はしている。ならば、決める事はあと一つ。


「違法者の逃走経路となる場所にはマルティナが向かうとして、陽動と先行は……」


 先行は俺がする。ここまで話した所、ネルに陽動を任せるのが良いだろう。シモンは──、


「必要ない」


 その先を伝えようとする俺を無視してシモンが立ち上がる。手には既に大剣が握られていた。


「全員叩き潰せば良いんだろ」


 期待に吊り上がった口元から犬歯を覗かせシモンが走り出す。


「え?」


 予想外の行動に呆気に囚われる俺の横でネルも立ち上がった。やはり抜刀済み。


「シモンの言う通りです! 悪人を前に隠れて行動する必要はありません!」

「ちょっと、待……」


 宣言しネルも疾駆を開始。止めようとして伸ばした手はかすりもせず、虚しく空を切った。


「なんだお前ら!」

「侵入者だ!」

「術師協会の奴らか!?」


 聞こえるのは爆撃術式に狙撃術式。爆音に鉄音。怒号に悲鳴。俺は状況が飲み込めずにしゃがみ込んだままだった。


「どうする?」


 真上からマルティナの声。彼女も銃と短剣を構えていた。


「どうするって」


 立ち上がり剣を抜く。


「行くしかないだろ!」


 覚悟を決め俺達も走り出した。剣と銃弾の雨を抜け、先を行く彼らを追いかける。通信が切れる間際、スヴェンの言っていた意味と、彼のいつもの苦労が分かった気がした。


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