表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/135

愚者と深緑の森②

「今回はノトス自治州か」


 廊下を歩きながら隣でエドガーが呟いた。俺も一時間程前に説明された内容を思い出し確認する。


「そこで違法業者の魔具の取引の現場を押さえ阻止する、だな」


 任務の概要にエドガーは鼻で笑う。


「いつもと同じ似たような仕事。どうせ違法者も変わりねーんだろうな」

「同じなら危険な事に変わりはないだろ」


 忠告すると「分かってるって」と軽い口調で流される。確かに彼の言う通りよくある仕事だ。しかし、これも放置すればいずれ深刻な事態を招きかねない。惰性で行えば重傷を負う可能性だってある。気を引き締めて取りかからなければ。

 少し前を歩くマルティナも仕事内容を思い返していたのか、何かに気が付き振り返った。


「あたし達がノトスに行くのって初めてじゃない?」

「そういえばそうだったな」


 この課が設立されて一年と少し。大体の国には行ったと思ったが、先日のルークスに続きノトスも初めてだった。それだけ世界は広いという事か。

 ノトス自治州、大森林地帯と呼ばれる巨大な森を指す。自治州と言うのも、あそこはミルガート連邦の中に存在する地域だが、元より樹海に住む少数民族に対して自治が認められている場所だからだ。


「あそこは大体四班が樹海の取締りで行ってるから俺達が行く必要もねーだろ」

「私達が今回行くのは樹海ではなくてその手前の町よ」


 エドガーの呟きに対して、俺達の後ろを歩くヴィオラが補足した。樹海と言っても拠点と呼ばれる町も当然ある。先住民族達はほぼ自給自足の生活を送っているが買い物や取引の場所は必要だ。


「でもさ、今日は転移通路でそこまで行くんでしょ? ノトスへの転移はマナ濃度の関係で出来なかったんじゃないの?」


 マルティナの疑問に対して、エドガーの眉間に皺が寄る。


「技術部で改良を重ねて出来るようになったらしい」

「らしいって……それ、大丈夫なのか?」


 俺が聞くと刻まれた皺がさらに深くなる。任務と共に説明された転移通路の新たな仕様を思い出しているようだ。


「一応テストも成功してるって言うから」


 そこまで言ってエドガーは言葉を止めた。短く息を吐き、目を細め俺を見た。


「あんまり疑うと不安になってくるだろ」

「それもそうか」


 エドガーの言う通りだ。考えれば考えるほど不安が募っていく。思考を振り払い優秀な技師達を信じるしかない。


「にしても、かのウィリアムも自分の開発した転移通路がここまで改良されるとは思ってなかっただろうな」


 エドガーは歩きながら腕を組み、感慨深げに声を出す。


「ノトスへの転移は不可能って本人も言ってたんだっけか」


 大昔に習った事を思い出しつつ話すと隣で頷いた。


「ノトス、ルークス、フォリシア、エテルノ」


 指を折りながら国の名前を述べ言葉を続ける。


「代表的なのはこれくらいか。特にマナが濃い地域は転移先の座標が上手く定まらなくなる」

「それでも転移が出来るってだけでとんでもない魔具だよ」


 天才技師ウィリアムが発明したその魔具は世の中の常識を覆す物だった。転移魔法は禁忌術式以上に難しく、世界でも使用できるものは一握りと言われる。それが魔具で可能になると言うのはかつてない技術革新だった。

 この発明により彼の名前は世界中に知れ渡り歴史に刻まれるようになる。転移通路の開発など序の口に過ぎず、他にも未知とされていた超上位のアーティファクトの解析方法など様々な成果を上げていた。


「そのウィリアムって人さ、確かなんかやらかして消えたんだっけ?」

「詳しくは報道されてねーけど、なんか違法な研究に関わったとか」


 天才技師のその後について話しながら歩いて行く。マルティナとエドガーの会話を聞きながらふと後ろを向くと、話を聞いていたヴィオラの口元がわずかに引き結ばれていた。あまり感情を表に出さない彼女の表情の変化は分かりやすい。


 しばらく進むと転移通路の置かれる区画に到達した。入口の技術者に声をかけると「こちらにどうぞ」と案内される。

 一番奥の部屋、三番の転移通路の前まで来ると後ろから覚えのある声がした。目を向けると四班の面々が一番の部屋に入って行くのが見えた。


「四班もこれから仕事なんだ」


 マルティナも彼らに気が付き言う。


「そうみたいだな」


 先程のネルの呼び出しはそう言う事だったのかと合点がいく。何かと樹海に行く事の多い四班こそ、ノトスに転移できるようになった恩恵を大きく受けるのだろう。


 俺達も扉を開け部屋に入る。部屋の中央には転移通路。通路と言うが見た目は長方形の枠だ。先が暗闇となったそれは、飲み込むように大口を開け通過者を待っている。

 枠の上側には人の頭くらいある巨大な魔石が鎮座し、その横には補助のために備え付けられた拳程度の魔石がいくつも並んでいる。すでに起動しており複雑で巨大な術式な主軸術式と数多の補助術式が展開し枠の周囲で回転していた。部屋の両側には転移を成立させるための巨大な魔具が並び、中央の転移通路へと繋がっていた。それぞれ術式を展開しており、様々な光と物々しい音を発している。


 普段と変わった様子はないが、何度転移を経験してもこの部屋の雰囲気だけはどうしても慣れなかった。

 踏み出そうとして足が止まる。やはり不可能と言われていた場所への転移と言うのは緊張する。


「行かねぇのか?」


 すぐ後ろでエドガーが聞く。彼の顔に落ちる影が不安を示していた。皆思う事は同じなのか、立ち止まる俺の先を進まずに後ろで待機していた。


「行くよ」


 深呼吸して一歩踏み出す。やっぱり怖いな。

 しかし今更立ち止まる訳には行かないのでさらに足を踏み出す。転移通路の前に到達。立ち止まるとまた不安で進めなくなりそうなので迷わず足を踏み入れた。


 視界が歪み暗くなる。一瞬の浮遊感。肌を刺す様な強いマナ。目に見えない魔素のはずだが重く体に圧し掛かる。さらに足を進め前へ。柔らかい足場の感覚が少し気持ち悪い。

 二歩程歩いた所で目前が白く染まり、足場も硬い地面となった。視界が開けてく。辿り着いたのは先程と同じような部屋。違うのは部屋の隅に掛けられた座標を示す数字と、その下の『術師協会ノトス支部』という文字だった。どうやら転移は無事に成功したようだ。

 安堵感と共に眩暈が襲う。若干の吐き気もした。


「なにこれ、頭いった」


 次に通路を抜けてきたマルティナが頭を押さえ開口一番に言う。


「成功してるっぽいけどこれマナ中毒でしょ」


 続けて「アイクは大丈夫?」と聞かれ首を横に振る。


「少し気持ち悪い」


 俺は軽度の眩暈に吐き気。マルティナは頭痛。どれも初期のマナ中毒の症状に当てはまる。


「まだまだ改良の余地はありそうだね」


 マルティナはそう言って通って来た転移通路を見た。その後部屋を見渡しすぐに俺を見て首を傾げる。


「そういえばエドガーは?」

「マルティナの後に入ったんじゃないのか?」


 嫌な予感を抱えながら言葉を返す。


「アイクの次に行ったけど」


 俺とマルティナ、ほぼ同時に転移通路を見た。転移通路には何の変化もない。いつもと同じように術式が展開されている。


「ヴィオラも遅いよな」


 呟き、即座に通信魔具を起動する。術式の先はエドガー。しかし聞こえてくるのは耳障りな雑音だけだった。マルティナもヴィオラへ通信を試すが、同じく聞こえるノイズに顔をしかめる。


「簡易な通信魔具では届かない距離、もしくは通信が阻害されるような濃いマナの地区にいると考えるべきか」


 現時点で考えられる事を述べるとマルティナも頷き同意を示した。


「不味いことになったね。引き返すのもやめた方が良いかも」

「ああ、技術部も事態に気が付いてると思うけど、とりあえずここの職員と話して……」


 話していると横で無機質な音が小さく鳴る。見ると廊下へと続く扉が僅かに空いていた。向こう側から細い手が伸び扉を押す。その間から水色の髪が見えた。続けて不安気に俺達を覗く茶色の瞳、小柄な体系が目に入る。その先にもう一人、少年の姿が見えた。

 扉を半分開けた状態のまま口を開く。


「もしかして、アイクさん達もですか……?」


 そこには先程俺達とほぼ同時に別の転移通路に入っていた四班の班員、ネルとシモンがいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ