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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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天上への祈り②

 正午を告げる鐘の音が街中に響き渡る。太陽が赫灼と照らす中、俺達は大聖堂に背を向け港を歩く。

 ルークス教国八日目。ようやくグラウスへと帰還する時が来た。

 本日ジョエルの葬儀が行われるそうだが俺達は出席しない。表向きには俺達の不手際で亡くなったことになっている。俺と顔を合わせても残された彼らの憎しみが増すだけだ。今は静かに時間が解決していくのを待つしかない。



 グラウス帰還後、俺達にはまだやらなければならない事が残っていた。押収したアーティファクトを技術部に届けるという最後の仕事が。

 ジョエルの使用したアーティファクトの行方は分からない。専用の魔具を用い捜索したが見つかる事はなかった。エドガーの魔法に灼かれ消滅したと考えて良いだろう。

 重い足取りで技術部へと足を運ぶ。話によるとオートマタと聞いたダンテが上機嫌で俺達の帰りを待っているらしい。

 技術部の扉の前に着いた俺達はノックもせずに静かに扉を押した。オートマタの残骸が入った箱を置き、音を立てないように静かに閉める。

 そのまま走って逃げた。

 遠くからダンテの悲鳴が聞こえた。


 それと、生死の境目を彷徨った俺達は医療部で精密検査を受けた。

 あれだけの重症を負ったが、ヴィオラの処置が完璧だったという事もあり特に何事もなく帰される。ただ、禁忌魔法を使ったエドガーは軽いマナ中毒が残り、しばらく頭痛が続くとの事だ。本人は問題ないと言うが注意が必要だろう。


 それからはいつもの日常が待っていた。

 違法術師を追い、戦い、捕まえる。

 ダンテによる魔具の改造に怯え、食堂ではスヴェンに雑に絡まれ、何故かオリヴィアからは金を貸してくれとせがまれる。

 笑い、落ち込み、時に怒り、変わらない日々を過ごしていく。



 夕食時、グラウスの食堂は相変わらず人で溢れていた。食事を選び、空いてる席を探す。

 席に座り今日の仕事を思い出し短く息を吐く。魔石の密輸業者を捕まえるという、いつもと変わらない仕事。抵抗されたが大した問題ではなかった。だが、この業者の顧客リストから違法術師が割れ、俺達の仕事がさらに増えていくだろう。先のことを考えやや気が沈む。

 食事に手を付けようとした時、隣の椅子が引かれた。一括りにされた金髪に耳に複数のピアスを付けた男性、スヴェンが俺の隣に座る。


「今日も元気か?」

「見ての通り」


 答えるとスヴェンは俺の顔を見て笑った。


「じゃ、いまいちだな」


 失礼な奴だ。しかし疲れているのは本当なので彼の言うことは間違ってはいない。肯定するはなんだか癪に障るので無視してフォークを手に取った。


「アイクもそんな顔ばっかしてないで、たまには俺に付き合えよ」


 肉を口に含んだ所でスヴェンが言葉を続ける。咀嚼しながら考える。スヴェンが付き合えと言うのはおそらく女性関連だろう。どうせ飲み会か何かか。飲み込み返答する。


「別に俺じゃなくても良いだろ」

「お前は無害そうな顔してるから良いんだよ」

「はぁ」


 色々言いたいことはあるが、口に出すのも面倒になってしまい思わず大きな溜め息が出た。

 そもそも、スヴェンなどグラウスの面々と飲みに行くのなら快諾するが、知らない人物が多い場に行くのは苦手だ。どうしてもと言うのなら条件がある。


「スヴェンが俺と訓練やってくれるなら考えるけど」

「それは……」


 彼は腕を組み深く考え込む。いや、でも、とたまに呟き自問自答しているようだ。そこまで俺との訓練が嫌なのか。結局結論が出ないまま「まあいいや」と思考を放棄していた。


「そういえばこの間アイクも長期任務行ってたんだろ、全然見なかったし。どこ行ってたんだ?」


 何気ない質問だった。どこへ行っていたかなんて俺達にとって日常会話の延長線上にあるものにすぎない。しかしその言葉に胸に痛みが走る。


「ルークス教国だよ」

「そりゃ珍しい所だな」

「カティーナも初めてだって言ってた」


 痛みを堪え会話を続けていく。


「ルークス教国って言ったらこの前聖誕祭あったろ?」

「スヴェンがそんなこと気にするんだな」

「俺をなんだと思ってるんだよ」


 呆れた声で返しスヴェンはグラスを取り水を飲んだ。

 脳裏では先日の出来事が浮かび、胸中を掻き乱す。目線を下げると、俺の情けない顔が澄んだ琥珀色をしたスープの水面に映った。


 彼の言う通り聖誕祭は問題なく執り行われた。

 ジョエルによる事件は一切取り上げられず、そのうち現地の人間からもアルトゥーロ大司教の事は忘れ去られていくのだろう。


「一回くらい行ってみたいだろ? 観光地でもあるんだし」

「俺は、いいかな」


 陽気に話すスヴェンとは逆に、俺は小さい声で呟く。無理矢理明るい声を作れる心境ではなかった。

 聖誕祭は痛みと後悔の標となっていた。

 これから生きている限り、祝祭の度にこの事件を思い出すだろう。不正を隠蔽し、ジョエルの事件をなかったことにした罪に苛まれ、苦しんでいく。それでいい、俺はそれを選んだのだから。残された者達が少しでも穏やかに過ごせる選択肢を。


 だが俺の中では僅かな引っ掛かりが残っていた。大司教殺害後、俺達から隠れて過ごし静かにあの三人を殺害すれば良いのに何故戦うに至ったか。

 ジョエルはアルトゥーロ大司教を殺すことでしか孤児院を守ることは出来なかった。しかし彼が殺したと分かれば、孤児院は解体の危機に陥るだろう。大司教である彼の暴行事件は隠されても、助祭のジョエルを守る義理はない。

 だからこそ俺に殺される道を選び、罪悪感を植え付け、最後にあの言葉を託しこの結末を選ばせるように仕向けたのではないか。

 あの時、人の寄り付かないあの礼拝堂を指定したのも、俺達が犯人を特定すると予測し、無関係の者を巻き込まないようにする彼の優しさだったのかもしれない。


 と、思った所で思考を中断した。所詮これは体のいい妄想にすぎない。本心は彼にしか分からず、俺の言葉が彼を唆し、絶望に叩き落としたという事実に変わりはない。そして俺が彼を殺し、真実を捻じ曲げて生きているという現実だけが残る。

 スヴェンがグラスを置き俺を見た。


「さっきの話だけど、俺と二人で飲み行くんなら良いだろ?」

「それなら良いよ」


 いつまでもこんな顔をしていられない。なんとか口角を上げ答える。


 この先も果てなく日常は続いていく。違法術式を捕まえ、時に命を奪い、その人生を背負い生きていく。

 救われようとなんて思っていない。俺は、俺が招いた結果から決して目をそらさない。


 だからジョエル、どうか俺を恨み続けてくれ。

 この痛みを抱えて生きていくことでしか、お前に償うことができないのだから。


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