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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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剣と血の祝祭⑨

 大聖堂内、各司教の私室へと繋がる廊下は閑散としていた。左右等間隔に設置された照明魔具により暗さを感じることはないが、誰もいない教会内の廊下というのは物寂しい雰囲気を漂わせる。アルトゥーロ大司教が私室で殺害されたためか皆出歩くのを避けているようだ。


 俺とエドガーは廊下の曲がり角でジュリオ司教を待つ。エドガーは精緻な模様が描かれた壁に背を預け、腕を組んでいた。つま先は赤紫の絨毯を叩く。表情は硬く、口を硬く結んでいた。そう言う俺も少し緊張している。無理もない、これから会うジュリオ司教が無関係となれば俺達は手詰まりとなるのだから。


 前方から靴音が聞こえる。硬い床に無機質な音が響き、静寂を破り廊下の奥まで反響していた。エドガーと顔を見合わせ、同時に頷くと行動に移す。

 前からは資料の通りの初老の男性が歩いてくる。進行方向へ立つ俺達に気が付くと足を止めた。俺達から彼に近付き頭を下げ挨拶をする。


「ジュリオ司教、今お時間大丈夫ですか?」

「なんだね君たちは」


 ジュリオ司教は俺達を見て怪訝な顔となる。俺とエドガーの魔具を一瞥し視線を俺に戻した。


「傭兵なら自分の持ち場に尽きなさい。報酬の相談なら私の管轄じゃない」

「いえ、自分たちは術師協会所属グラウスの執行部です」


 俺達の正体を明かすとジュリオ司教はまた違った疑問の色を瞳に浮かべた。


「なんで術師協会が私に……」

「今起っている殺人事件に関してお話を伺いたいのですが」


 俺の言葉にジュリオ司教の眉が一瞬上がる。目を細め俺達を見た。


「私は知らない。他を当たるんだな」


 そう吐き捨て彼は踵を返す。俺達から逃げるよう来た道を戻ろうとした。


 しかしそこには別の足音と共に二つの影が立ち塞がる。後ろで待機していたマルティナとヴィオラが退路を塞いでいた。

 仕方なく俺へと体を戻すが、青の双眸は俺を憎らしそうに俺を睨み付けている。


「申し訳ありません。捜査にご協力お願いします」


 俺は感情を押し殺し深々と頭を下げる。しかし頭の上から聞こえたのは深いため息だった。


「通してくれないか? 私は忙しいんだ」


 頭を上げ彼を見るが、司教は不機嫌な表情を変えない。


「なら、クレセントール支部について思い当たることはありませんか?」

「……特にないな」


 態度を変えないジュリオ司教へ無遠慮に踏み込んで見ると、途端に表情が強ばった。口では無関係を装うが、彼は俺から目を背ける。決して俺と視線を合わせようとしなかった。俺は言葉を続ける。


「あなたは被害者である二人と同じ時期にクレセントール支部に勤めていていましたね?」

「しつこいな! 忙しいと言ってるだろ!」


 ジュリオ司教はついに声を荒らげる。その態度は肯定しているも同然だ。

 忙しい、と彼は言うが現在彼の予定が空いているのは確認済。予め会いたい趣旨を伝え伺っても良かったが、断られることが分かっていたからこうして待ち伏せていたのだ。彼を見るに俺達の選択は正解だった。


 しかしこのままでは埒があかない。無理やり俺の横を通ろうとするジュリオ司教を止めつつ、どうしようか考えているとマルティナが近付いてきた。彼女はジュリオ司教の肩を掴み手に力を加えると、強引に方向を変えた。


「なんっ……」


 彼がなにか言う前にマルティナは三枚の紙を司教の目前に突き出す。ジュリオ司教はずれた眼鏡を直しその紙を見た。何が書かれているか分からず赤い色彩の強いその紙を凝視する。そして、その色の意味が分かると彼は小さく悲鳴をもらした。


「あなたもこうなりたいの?」


 氷のような声でマルティナは告げる。それは被害者三人の遺体の写真。同僚達の末路を見たジュリオ司教の奥歯がカタカタと鳴る音が微かに聞こえた。


「あなたがクレセントール支部に勤めていた時に起った不正献金事件、覚えがあるんですね?」


 彼が逃げる気を失くしたことを確認し、後ろから声をかける。体が跳ね、みるみるうちに顔から血の気が引いていく。額には脂汗が滲んでいた。


「違う……私とベルニーニはガロファロ大司教に従っただけなんだ……」


 ジュリオ司教が口元を押さえ、低く震える声を絞り出した。


「まさか、あの一家が死ぬなんて……」


 彼が語るのは俺達が知らない事件の内容だった。犯人へと繋がる重要な情報になりえるが、これは後で聞こう。


「もしかして、不審な手紙など受け取っていませんか?」

「あのエストリアの切手だけ貼られた手紙のことか? やはりベルニーニやガロファロ大司教も……」


 彼の言葉から察するに、今回の殺人の原因も分かっていたようだ。それを伝えなかったのは保身のためか。彼が証言すれば二人目の時点で犯人を特定し、俺達が襲われることも、アルトゥーロ大司教が惨殺されることもなかった。我が身の可愛さのため黙秘し、こうして捜査を遅らせていたことに苛立ちを感じる。

 だがもう過ぎたこと。怒りを抑え込みジュリオ司教に問う。


「手紙にはなんと?」

「日時と場所と……クレセントール支部の事件をばらされたくなければ来いって内容だよ」


 彼は肩を落とし首を垂れる。


「君たちにばれているのだからどちらにしろ終わりだよ……」


 そう力なく呟き、長く深いため息をついた。虚ろな瞳は床の一点を見る。彼の口はなぜか笑っていた。憑き物が落ちたような、そんな表情だった。今まで隠してきたことを告白し気が晴れたのか。それについて訊ねる気はないし聞く気もない。


 ただ、彼の持つ手紙と、自白によってこれから捜査は大きく動いて行くだろう。


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