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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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女神の御許⑧

「で、この脇道を使うと街まで一本道だから一番早い。教会内の案内は……これくらいか」

「ありがとう、分かりやすかった」


 大聖堂前の庭園から裏の寄宿舎、神学校、さらに裏道までとジョエルの案内は驚くほど丁重だった。なんとなく建物の場所が掴めればいいと思っていたが思わぬ収穫だ。


「街の案内は?」

「必要だと思う所、かな」


 ジョエルは口元に手を当て考える。


「ならフルールとシャンティは覚えといた方がいいぜ。どっちも通りにある飯屋だけど美味い。ココットは通りから外れてるけど安くて量がある」

「全部料理店か」

「教会のは味が薄くて不味いだろ」


 提供してもらっている料理にとやかく言いたくないが、味が薄いのはその通りなので何も言えない。ジョエルは続ける。


「あとその近くの店は酒も置いてる。ついでにもっと奥行くと賭場もあるぜ」

「仕事で来てるのに酒なんて飲むわけないだろ」

「真面目だな」


 否定も肯定もせずいるとジョエルが鼻で笑う。そもそもそんな提案をするなんて俺達をなんだと思っているのだろうか。

 二人の修道士が寄宿舎の裏から談笑しながら歩いてきた。俺達を見ると怪訝な顔となり足を止める。こちらを見ている様だった。


「あそこに居るの、術師協会から来た奴らだろ」

「ジョエルもいる。あいつ次は術師協会に媚び売ってんのか?」


 わざとだろうか、俺達に聞こえる声で修道士達は話す。彼らの口元には歪んだ笑み。見ていて気持ちの良いものではない。当然ジョエルにも聞こえているが、彼は気にしていない様子だった。


「でもあれ本当に術師協会か? ガキもいるじゃん」

「聞こえるって」


 突然投げかけられた言葉。まさか協会に来てまでこんなことを言われるとは思っておらず理解が一瞬遅れる。修道士達の嘲笑はいつの間にか俺達にも向けられていた。

 こう言われてしまうのはいつもの事だが、不快なのに変わりはない。教会の人間は善性が高いだろうと思っていたがそれはただの思い込みだったようだ。よく考えたらジョエルみたいな奴もいるし。


 視線を戻すと隣からエドガー居なくなっている。まさかと思い修道士に目を向けると、彼はそこに向かって歩き出していた。

 二人の前で立ち止まり顔を上げる。


「お前らの階級は?」


 感情を押さえこんだ静かな声だった。まさかエドガーが話しかけてくると思わなかったのか、想定外の出来事に修道士はたじろいでいる。


「なんだよ急に」

「聞いてんだよ、階級は?」


 彼らは答えない。エドガーは彼らの回答を待たずに腰に固定されている本型の魔具を取り出す。開くと薄らと光り術式が浮かんだ。修道士達は驚き一歩下がるもエドガーは構わず続ける。術式から粒子が溢れ、紋章と文字となる。


「俺は術師協会所属の三級術師」


 魔具から出る光は術師協会の一員である証と、彼が高位術師だと示す数字になっていた。エドガーが使用したのは身分証明を行う魔具の基本機能。単純なものだが相手に自分の立場を伝えるにはこれが一番早い。黙り込む修道士達をエドガーは睨みつける。


「お前らは人のこと馬鹿にできるほど偉いのか?」


 エドガーと彼らでは歴然の差だった。常人では考えられない程の努力と、生死の境目を彷徨うような戦いを幾度も生き延びてきたエドガーに一介の修道士がかなうはずがない。

 修道士はばつの悪そうな顔となり目を背ける。


「行こうぜ。術師協会だからって偉そうにしやがって」


 吐き捨て、大聖堂の方へと消えていく。エドガーは魔具を閉じ、腰のベルトに括ると俺の元に戻ってきた。


「くっだらねえ。見た目で判断しやがって」


 じわじわと湧き上がってくる怒りに言葉を吐き捨てる。


「言ったろ? 俺といると碌なことにならないって」


 エドガーとは反対にジョエルは笑っていた。


「ああやって言われるのは慣れてる。でも、俺は実力で見返すからいい」


 翠緑の瞳は力強い意志を示していた。周りからなんと言われようがエドガーは自分の実力を疑わない。それが彼の長所であり、俺は羨ましく思っていた。


「ジョエルはあんな風に言われてなんとも思わないのかよ」


 エドガーはそう言って彼を見る。


「思わねーよ。もう諦めてる」


 顔には笑みが張り付いたままだった。ジョエルの態度にエドガーは嫌悪感を示す。


「なんでだよ。言わせたままでいいのか?」

「お前は、恵まれた立場にいるからそんな事言えるんだよ」


 微かなため息と共にジョエルの声色が変わる。


「何をしても正当に評価されない立場になった事は? 少し上の奴と喋っただけで媚びと捉えられる事は? お前はねーだろ?」

「それは……」


 刺す様な言葉が続いていく。エドガーは自分の失言に気が付くが、もう遅い。

 ジョエルの薄ら笑いが消え琥珀色の双眸が急激に冷えていく。彫刻のような顔に不快感の皺が浮かんだ。


「お前、見た感じ結構良い家の生まれだろ。じゃあ覚えておけよ。どうしようもないやつもいるってさ」


 息をするもの躊躇われるような静寂が辺りを包んだ。

 氷のような視線に俺もエドガーも思わず押し黙る。口調こそ静かだが、そこには強い怒気が含まれていた。


 ジョエルの言葉に周囲と距離を置き、本性を隠し続けながら生きる彼の人生を垣間見た気がした。

 正当な評価を貰えない気持ちは痛い程分かる。俺が故郷でそうだったから。しかし、それは彼のものとは違う。孤児という生まれが、人目を惹く美貌が、彼が持ち合わせる全てが人生の妨げとなっていた。その苦悩を理解できても、寄り添う事は誰にもできない。


 正午を告げる鐘の音が無音を裂き、止まった時間が動き出したかのように様々な音が耳に入り込んでくる。再びこちらを見た時、ジョエルの口元にはいつもの半月上の笑みが戻っていた。


「じゃ、案内も済んだし俺は昼寝に戻るから」


 片手を上げ、身を翻す。ジョエルは何事もなかったように去って行った。

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