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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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女神の御許⑥

 ベッドから体を起こすと、体重のかかった部分の骨組みが軋み耳障りな音を立てる。目の前には見慣れない光景。寝起きで働かない頭、ぼんやりとしたまま何故ここにいるか考えていく。

 ようやく思い出した。今日はルークス王国に来て二日目の朝。

 昨日は事件の概要を聞くだけで終わってしまったため、本格的な捜査は今日から始まる。気を引き締めないと。


 よし、と小さく呟き立ち上がる。薄いカーテンを開けると、橙色の暖かい光が部屋に差し込んだ。そのまま窓の持ち手に触れ、立て付けの悪い窓をこじ開ける。冴え冴えとした空気が顔に当たった。

 振り返り部屋を見渡す。木製の机と小さな棚、そしてこの簡単な作りのパイプベッド。それ以外は何もない。


 時間は朝五時。朝食までまだ時間がある。それまでにいつもの基礎トレーニングを終わらせてしまおう。今日ジョエルに会ったら走れる場所を聞いても良いかもしれない。

 部屋の中央まで行くため踏み出すと、木張りの床が鈍い音を立て僅かに体が沈み慌てて足を戻す。床をよく見ると、所々補強された痕があった。質素さといい古さといい、故郷にいた頃の寮を思い出しつい口元が綻んだ。



 日課を終え、身なりを整えると食堂へ向かった。途中で皆と合流しそのまま一緒に歩く。ベッドが硬い、窓が開かないなど、それぞれ部屋の感想を話しながら廊下進んでいく。


 廊下の端の階段を下り、その目先にある両開きの扉を押す。

 扉を潜ると焼きたてのパンの香りが鼻を掠める。想像以上に食堂は賑わっており、あちらこちらで談笑する声が聞こえた。いくつもの長机が並び、それぞれ奥で食事を受け取ると空いた席に座っていく。


 俺達も列に並び順番に受け取っていく。拳ほどの大きさのパン二つに、レタスとトマトだけのサラダ、そして色の薄い玉葱のスープ、教会らしい質素な朝食だった。


「もしかして君達が噂の術師協会から来たって人?」


 後ろから話しかけられる。振り返ると若い修道士がいた。


「そうだけど……」


 肯定すると、若い修道士の顔にゆっくりと笑みが広がる。「やっぱりそうだ!」修道士の声に、食堂中の視線がこちらに集まる。嫌な予感がした。


「ねえ、術師協会ってどんな所なの? 怖い人が沢山いるんだって?」

「えっと、俺達が所属する組織は術師協会から派生したもので、規律はあるけどそこまで厳しい所じゃないかな」


 答えていると、周りに人が集まってくる。


「もう犯人の目処は立ってるの?」

「ここにはいつまでいるの?」

「今までどんな国に行ってきたの?」

「いつもこんな事件相手にしてるの?」


 気が付くと四方八方を取り囲まれていた。身を乗り出し、我先にと質問してくる。

 遠くで難を逃れた三人が食事をしているのが見えた。助けを求め視線を送る。それに気が付いたマルティナと目が合うが、よろしくと言わんばかりに微笑み手を振られた。嫌な予感は的中、俺は生贄にされた。


「よかったら教会を案内するよ」

「それならジョエルに頼んでいるから」


 申し出を断るためその名を出すと、俺を囲んでいた修道士達が一斉に静まり返る。中にはその場から離れて行く者もいた。呆気に囚われていると、最初に話しかけてきた修道士が眉をひそめながら疑念を口にする。


「ジョエルって、あのジョエル・クローゼル?」

「そうだけど、なにかあるのか?」


 彼の名前を出しただけで皆があからさまに態度を変えた。確かに、あの不真面目さと意地の悪い性格なら悪い意味で有名だろう。修道士の目が気まずそうに明後日の方向を見る。


「いや、あの人近寄りがたい感じだろ?」

「人を寄せ付けない雰囲気出てるし……」

「俺も話した事ないしな」


 一度冷えた場が、今度はジョエルの評価で再び温まる。話を聞いていると不思議な事に、俺が予想していたことについて言及は一つもない。


「それにあの人、孤児院出身のくせにアルトゥーロ大司教に気に入られてるんだよ」

「孤児……?」

「朝から盛り上がっているようですが」


 透き通るような声が囲いの後方から響く。目の前の修道士の肩が跳ねた。人だかりが後ろから綺麗に左右に分かれていく。修道士はゆっくりと振り返った。


「私の名前も聞こえた気がしたんですけど、何かありましたか?」


 人の波を割って表れたのは、天使のような余所行きの笑顔を張り付けたジョエルだった。


「いや、なんでもないよ」


 修道士は後ずさる。周りにいた者も一斉に散って行った。


「じゃあ、暇があったら外の話でも聞かせてくれよ」


 そう言い残し、最後の一人も去って行った。ジョエルは大きなため息を吐く。


「本当、油断も隙もねーな」


 食事を受け取ったジョエルが歩きだした。俺もその後を追う。


「もしかして、教会では猫被ってるのか」

「別にお前には関係ないだろ」


 ジョエルは横目で俺を睨む。確かに部外者の俺には関係ない事だが、それは、あまりにも辛いんじゃないか。ずっと演技をしながら生活するなんて。

 なぜそんな事をしているのか。考えられる理由として先ほどの修道士の言葉が脳裏で反復する。


「さっきの話って」

「別に珍しい話じゃないだろ」


 端まで歩き、三人の近くに座る。ジョエルも俺の隣に座った。

 マルティナへ先程の抗議のアイコンタクトを送る。彼女からは苦笑いが返ってきた。ジョエルは言葉を続ける。


「慈悲深い教会なら子供を捨てても悪い事にはならないだろってな」


 他人事のようにジョエルは言うとパンをちぎって口に放り込む。俺もパンを齧る。予想以上に固く、スープで無理やり飲み込んだ。すっかり冷えたスープはほとんど味を感じなかった。

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