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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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女神の御許④


「わざわざミルガートからご苦労だったね」


 豪華な装飾が施された椅子に腰掛けたアルトゥーロ大司教は執務用の机を挟み俺達へ向かう。茶色の短い頭髪に恰幅のいい初老の男性。柔和な笑みを浮かべる彼には穏やかな印象を抱いた。


「いえ、仕事ですので」


 答えながら横目で部屋を見る。どうもこの部屋は落ち着かない。棚には彼の趣味と思われる煌びやかな骨董品がいくつも並んでいた。限られた視界で確認できるだけでも複雑な模様の壷に杯、ケースに入れられた指輪などの装飾品、装飾だらけの実用性のない短剣などが確認できる。

 マルティナに足をつつかれる。手信号で「あれアーティファクト」と言っていた。俺も小さく頷く。低位のアーティファクトの所持は申請さえすれば認められている。しかし、職業上どうしても警戒してしまうのが悪い癖。

 俺は改めてアルトゥーロ大司教を見た。


「早速ですが、事件の概要を伺ってよろしいでしょうか」

「そうだね」


 アルトゥーロ大司教は笑みを崩さないまま一枚の紙を机へ置く。何かと覗き込んだエドガーが顔をしかめた。それは被害者の写真だった。顔を潰された遺体。中心が大きく窪み鼻は完全に埋没している。衝撃により眼窩から眼球が零れ、割れた頭から脳が一部露出していた。


「まず一件目の事件が起きたのは五日前。教会の礼拝堂でベルニーニ司教の惨殺死体が見つかった。時間は二十二時、発見したのは見回りをしていた助祭だ」


 俺達を見たままアルトゥーロ大司教は続ける。


「術痕を照合したところ、術師協会に登録されているものではなく、この時点で違法術師によるものとしている」


 続けて二枚目の写真を置いた。同じ様に顔を潰された遺体。一枚目と違いは墓石に腹部を貫かれている事。飛び出た腸が墓石に絡み最悪の絵図となっている。


「そして二件目。事件が起こったのは二日前の朝六時、教会の共同墓地にてガロファロ大司教の遺体が見つかった。一件目のものと術痕が一致し、同一犯を断定」


 被害者の説明を終えたアルトゥーロ大司教は長いため息を付く。眉間には深い皺が刻まれていた。


「それで、困った事にガロファロ大司教の遺体を見付けたのが教会外部の者でね。この事件が明るみに出てしまった。だから早期解決のため、エヴェリーナ様の要望を元に君達に依頼したのだよ」


 アルトゥーロ大司教は再び微笑む。


「本当は皆を不安にさせないために隠密に片付けたかったのだけどね」


 彼の言葉に僅かに違和感を覚える。不安にさせない、など体の良い言い訳だろう。だが俺が口を出す権利はないのでこの件に触れるつもりはない。


「この二人が誰かから恨まれていたという事は?」

「私が知る限りでは、二人とも皆からとても慕われていたよ。ここでは特に問題も聞かない」

「なら外部の者は。心当たりはあるのではないでしょうか」


 アルトゥーロ大司教の笑みは崩れない。


「どうしてそう思うのかな?」

「おそらく、聖誕祭が関係しているでしょう」


 俺の指摘に一瞬だが彼の眉が動いた。俺は理由を述べていく。


「確かにこの件はまだ明るみになっていませんが、何かと理由をつけて港に検問を置くことはできますよね。でも、自分達が見た限りでは特に特別なことはしていませんでした。あれなら犯人も自由に外へ出ることが出来るでしょう」


 反応を見ながら俺は続ける。


「何故あなた方が規制を行わないか。それは違法者がまだこの国に潜んでおり、そしてこの殺人がまだ続くことを知っているから。なぜなら、」

「君の予想通りだよ」


 俺の言葉を遮りアルトゥーロ大司教は重々しく口を開いた。そして机に二枚の新たな写真を追加する。現場に残された文字を撮影したものだった。「聖誕祭を中止しろ」、死体のすぐ傍に置かれたその紙にはそう書かれていた。


「異教徒。この時期になると毎年現れるんだ。ヴァナディース様を否定する宗教はいくつかあってね。まあそれは構わないのだが、中には聖誕祭中止を訴えてくる」


 反ヴァナディース派が事件を起こすことは珍しくない。宗教解釈の違いによりヴァナディース教会と対立した宗教が反対運動を行うのはよく見かける光景だった。今回のように総本山に殴り込み、事件を起こすというのは初めて聞いたが。

 言い終わるとアルトゥーロ大司教は立ち上がる。執務机の横を通り目の前まで歩いてくる。そして順番に俺達を見て行った。


「随分と若者が派遣され些か心配だったがね。信頼しても良さそうだ」


 アルトゥーロ大司教はこちらに右手を差し出した。俺は前に出てその手を取る。


「どうかこの違法術師を突き止め、捕まえて欲しい」

「こちらも全力を尽くします」


 手を離し一歩後ろへ戻った。二人が残虐に殺されている事件だ。できる事なら早めに解決したい。本当に異教徒によるものなら、更なる犠牲者や街に被害が及ぶ可能性が高いのだから。


「それで、捜査についてだが……」


 彼は呟き俺達の後ろへと目を向ける。それに続き俺達もそちらを向いた。視線がここまで案内してきた青年に集中する。話しに興味がないと、壁に背を預け明後日の方向を向いていた青年はそれに気が付くと慌てて姿勢を正した。


「ジョエル、君にこの件を任せよう」

「はぁ? なんで俺、じゃなくて、私が……」

「私もできるだけ協力したいが聖誕祭前で忙しいのだよ。こうして頼むのは君を信用しているからこそだ」


 真摯な眼差しにジョエルと呼ばれた青年はたじろぐ。何か言いたげに口が歪むも、そこから言葉が出ることはない。開かれた口から諦めのようなため息が零れ、話の決着を示した。

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