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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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平常と日常④

 防刃服に袖を通す。次に服の上から鞘を固定するためのベルトを装着。そして近くに置いてあった魔具を手に取った。

 使い慣れた剣型の魔具。簡単な装飾が施された鍔には赤色の魔石が鎮座する。故郷で部隊長に昇進した時に授かった物だが、ここで改造もとい改良を重ねもはや別物となっている。


 休みの前に技術部に預け整備してもらっていた。鞘から抜き全体を見る。刀身には見慣れた母親似の顔が映っていた。年齢より下に見られるのはこの丸顔が原因か、やや大きめの目が悪いのか。それとも前髪が幼く見せているのかと思い上げてみるも、下がった眉が目立つので止めた。ため息をつき、異常や変な改造痕がない事を確認して剣を収める。


 今日は次の長期任務の説明だと聞いている。まだ予定より早いが、早めに出てしまおう。部屋にいても特にやる事はない。


 寮の部屋を出て会議室へ向かうが、時間もあるため今日はあえて遠回りしていく事にした。

 医療部の前を通る。日夜関係なく働く医療部の職員はこんな時間からも忙しなく動き回っていた。


「おはよう。腕の調子はどう?」

「問題ないよ」


 通り過ぎる職員と簡単な挨拶を交わしていく。

 ヴィオラの様に戦闘に同行する医術師の治療はもちろん完璧だ。しかし大怪我をした後は念のためここで精密検査を受けている。怪我の多い前衛がかかることが多いが、後衛職もマナ中毒を起こしてないか検診を受けたりなど、皆なにかと世話になっている。


 研究部の前を通ると、今日は入口に武装した術師が二人立っていた。腕には術師協会本部の腕章を付けていた。佇まいから二級か一級の術師であると予測。

 今日はアーティファクトの輸送があるのか。

 本部までは転移通路で直通なのだが、念には念をと毎回厳重な警備の元行われている。珍しいことではないのでそのまま通り過ぎた。


 続いて訓練室。各扉は分厚く強固な作りとなっている。訓練室内側の壁は常時抗マナ術式が作動し外への魔法の流出を防いでいる。それもこれも俺達執行部が魔法の試し打ちで何度も壊した過去があるから。壁を破壊する度に技術部の職員達が直し、いつの間にかこんな作りになっていた。

 僅かだが中から音が漏れている。こんな時間から誰か自主訓練しているのだろうか。覗きたい、あわよくば混ざりたい。だがそんな事をしたら時間を忘れて打ち込んでしまいそうなので我慢。速足で通り過ぎた。


 そして食堂前。


「ダンテが落ちてる」


 思わず口に出してしまった。言葉の通り通路の真ん中にダンテが落ちていた。ぶつぶつと何か呟いている。

 どうしようか。

 とりあえず邪魔なので腕を掴み、引きずって食堂まで連れていく。そこで椅子に座らせた。


「あんな所に倒れてどうしたんだ?」

「…………」


 ダンテは答えない。黒い瞳はいつも以上に黒く見え、顔は明後日の方向を向いている。


「腹が減ってるとか……?」

「そんな訳ないだろ」


 喋った。ダンテは両手で机を殴る。


「アーティファクトだよ」


 恨みの籠った低い声でダンテは言う。


「本部の老害が……僕が解析した方が有意義に決まってるだろ……」


 呪詛を吐きながら、怒りで震える手の間に顔を埋めた。

 ダンテが落ちていた理由が分かった。解析しようとしていたアーティファクトを取られたダンテが本部の術師を攻撃しかねないと判断されたのだろう。それで他の技術部の職員にあそこまで連れてこられ放置された。研究部責任者のくせに。


「解析の算段も整えてたのに全部持っていきやがって……!」


 普段は飄々としているダンテだが研究のこととなると人格が変わる。アーティファクトという約千年前の大災害以前に作られた古代魔具は、それほど魅力的な研究材料だった。


 物にもよるが、使用すれば術師資格を持たない者でも一級術師も凌ぐことができるという強力な力を秘めている。そんな代物をダンテが自分の手で解析し、研究したいという気持ちは分からなくはない。

 しかし解析が完了し高揚したダンテが魔具に変な処置を施しかねないので本部が回収してくれた方がありがたかった。アーティファクトの研究によって、彼の目指す千年前の時代に近付こうが俺達の身の安全の方が大事だ。


 とにかく、アーティファクトは俺達にとっては迷惑なものでしかない。本当に。

 こうなったダンテは怖いのでもう放っておこう。


「そういえば」


 席を離れようとした瞬間、俺に言葉が向けられる。深淵から出てきたような暗い声に思わず体が跳ねた。


「君、明日から長期任務だろ?」


 ダンテを見ると、ぐるぐると渦巻く光のない目が俺を凝視している。


「アーティファクトを見つけたらくれぐれも、くれぐれも壊さないようにな」


 念押しされた。

 新たな研究材料を求めるその気迫に頷く事しかできなかった。


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