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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
二章 祈りの残滓
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平常と日常②

 グラウスは軍とは違うがほぼ同じ体裁をとり、俺達は生活を共にする。


 ここにいるのは俺達執行部だけではない。

 俺達の活動を支援する諜報部に経理部。押収物の管理や研究、さらには魔具のメンテナンスを行う技術部。そして医療部と様々な職種の協力の元成り立っている。


 そのため、夕食時の食堂は人で溢れていた。

 開けた大広間には長方形のテーブルがいくつも並びそれぞれ好きな席に座り食事を摂る。奥のカウンターには各料理が山盛りで並べられ、好きな量を取っていけるようになっていた。さらにその奥には厨房が見える。湯気のなかで鍋を振り、不足した料理を補充するため奮闘する料理人達の姿が見えた。


 トレイと皿を受け取り料理を乗せていく。フォリシアでも体を作るために食べる量は制限されていなかった。しかし向こうは貧乏騎士団。対してこちらはあの術協会直属の組織。潤沢な予算で作られる食事はとても美味しい。


 空いている席に着き、術師協会の資金に感謝しつつ手を合わせる。

 匙でスープをすくい一口飲む。うん、相変わらず美味しい。フォークに持ち替え山盛りとなったパスタに手を付けた。フォークに麺を絡ませ口へ運ぶ単純作業を繰り返す。その際、つい故郷とここを比べたことに対して罪悪感を覚えていた。


 フォリシア王国、それが俺の故郷。国土はほぼ森の小さな国である。緑に囲まれたと言えば聞こえはいいが実際はただの田舎だ。

 俺は故郷を捨て、逃げるようにここに来た。


「何暗い顔して食ってんだ」


 後ろから声を掛けられる。俺が振り返る前にその人物は隣の席に夕食の乗ったトレイを置き椅子を引く。座ったのは一人の男性だった。

 長い金髪は後ろでひとまとめにされ、耳には左右それぞれ三つと五つのピアス。垂れ目気味の目はイスベルク人に多い緑色だった。スヴェン・エルクンドは「久しぶり」と片手をあげる。


「そういえば最近合わなかったな」

「ちょっと面倒な所行ってたんだよ」


 そう言うスヴェンの顔にはやや疲労が残る。俺達の言う面倒な所とはだいたい、任務を達成するまで数日を要するような大きな仕事の事を指す。


「そっちは?」

「変わらないよ」

「変わらない事が良い事なのか悪い事なのか」


 スヴェンは呟くとサラダの入った皿を取り食べ始める。

 大きな事件がないといえば良い事なのだが、普段と変わらないということは小さな事件がいつも通りあるという事だ。平和とは程遠い。


「長期任務後ってことは明日休みか?」

「そうだけど、」


 言葉と共にスヴェンの手が止まる。


「絶対に嫌だからな」

「まだ何も言ってないだろ」

「いいや、分かるね。お前が言いたい事はこの後手合わせしよう、だろ」


 その通りなので何も言い返せない。スヴェンはフォークで飴色に焼かれた豚肉を刺す。


「こっちは長期任務後で疲れてるって分かってるだろ」

「でも町にはナンパしに行くんだろ」

「行く」


 即答だった。スヴェンと言ったらナンパ、そして女好き。グラウスでの常識だ。

 しかしこんな奴でも執行部四班班長。術式制御に関して執行部では右に出る者はいない実力者である。不真面目な態度が目立つも、良い言い方をすれば非常に柔軟な思考を持つ。だからこそ曲者揃いのあの班をまとめられるのだろう。こんな奴だが。


「そもそもそれとこれじゃ比べ物になんねーよ。お前との手合わせは死ぬ可能性がある」

「経験にはなるだろ」

「なっても、その度に腕折られるこっちの身にもなれよ。お前を相手にするなら違法術師の方がマシ」


 違法術師の方がマシ。その言葉が脳内に反響する。


「あーもうこんな事で落ち込むなよ」

「別に落ち込んでない」

「表情に出てるんだって」


 そう言いながらスヴェンは食事を再開する俺の頬を執拗につつく。いい加減鬱陶しくなってきた。こんな奴でも四班班長、しかも俺より上の一級術師資格持ちなのか。


 堪忍袋の緒が切れそうになった時、視界の端でこちらに近付いてくる女性が見えた。


「あ! スヴェンいた!」


 医術師オリヴィア・レヴィは目的の人物を見つけると小走りとなる。

 白いシャツに膝までのタイトスカート、長い茶色の髪は高い位置で一つに縛り清楚な印象を与える。夕食のためかいつもの白衣は身に着けていない。

 スープとサラダと少量の炒り豚、そして一切れのパンとやや控えめな食事の乗ったトレイをスヴェンの隣に置いた。


「スヴェン、どこに仕事に行ってたの?」


 席に着くなりオリヴィアは問う。スヴェンが露骨に嫌な顔をするも、彼女は隣で「ねえねえ」と回答を急かした。


「……エテルノ大氷山」


 短い沈黙の後、スヴェンは渋々と答える。その単語を聞き、オリヴィアの顔にゆっくりと笑顔が広がった。


「やったー! 当たった!」


 両手を上げ喜ぶ彼女の横でスヴェンは大きなため息を吐く。


「いい加減俺達の仕事先で賭けるなよ」

「だって賭けやすいし」


 そう言い、オリヴィアは同意を求めるように俺を見た。期待に応え口を開く。


「最後に四班が市街地で仕事したのがどれくらい前か覚えてるか?」

「お前までそういう事言う」


 まさか、とスヴェンは食事を止め何かを察した顔で俺を見た。


「お前も賭けてないよな?」

「賭けてないよ」


 持ち掛けられた話は黙っておこう。


「もう決まりつつあるよね、仕事先。一班と二班は市街地、三班はエレフ周辺」


 空いた手で指を折りながらオリヴィアは数えていく。四班の順番になると俺とオリヴィアはスヴェンを見た。彼の眉間に皺が寄る。


「俺達四班が樹海や氷山、砂漠地帯とかの違法採掘の取り締まりと」


 自棄になったスヴェンの声。彼は続ける。


「いいよな二班は、仕事先で遊び放題で」

「遊んでる訳ないだろ」


 そういう事言ってるから、と言う俺の声を無視してスヴェンは水の入ったコップを手に取った。


「で、オリヴィアはいくら儲けたんだ?」

「えっと、」


 オリヴィアは虚空を仰ぎ計算を始める。五本の指が折り返しを迎え、その辺りで計算が終了したのか彼に近付き耳打ちをする。水を飲んでいたスヴェンがむせた。


「それ実際に体張った俺にも取り分ない?」

「欲しかったら次からスヴェンも参加しなよ」

「するわけねえだろ。自分達の仕事先で賭ける馬鹿がいるかよ」


 スヴェンは呆れ声を出す。彼と同じ班であるリーナとシモンも賭けに参加している事は知らないらしい。黙っておこう、オリヴィアも黙っている。


「というか聖職者が賭け事なんてしていいのか?」

「元、だから」


 今度はオリヴィアが不貞腐れた。

 現在彼女はここに医術師として勤めている。しかし一年前、彼女はヴァナディース教会に名を連ねる聖職者だった。

 しかしなんの気の迷いかギャンブルに熱中し彼女は教会から追放された。

 だがそれに特に懲りた様子はなく、今でも給料が出る度に賭場へ足を運んでいる。むしろ聖職者という肩書が取れ、より彼女を自由にしてしまったのではないか。


「ひどいよね。ちょっと賭け事に夢中になっただけで破門なんて」

「当たり前だろ」

「スヴェンだってその女癖の悪さ直さないと神罰が下るんだからね」


 もう任地の件で下っているのでは。その言葉を夕食の最後の一口と共に飲み込んだ。


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