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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
四章 魑魅踊る焦土

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三つ声のコンチェルト⑩

「言われたのはここだけど」


 マルティナが呟く。物陰から対象を見る目は薄く閉じられ、声は不満を湛える。俺達は離れた場所から指定された場所を注視していた。


 リベレフ中心地の路地の一角。薄暗く入り組んだ道、その奥に倉庫はあった。

 建物の規模は近くの住居と変わりない。作りも一般的なものでただ入口が厳重なだけ。しかし鉄製の扉の前に見張りは一人。特に警戒している様子はなく呑気に欠伸をしていた。大規模取引どころか何らかの売買をしている雰囲気すらない。


「通報はやっぱり悪戯か?」


 エドガーも嫌気の滲む声で呟いた。手元の魔具では『(クアレ)』を展開し中の様子を探っている。術式を覗き込む。見張りの男は除いて、中に映し出される人影は二人と極少人数だった。疑うのも無理はない。しかし、


「まだ判断できない。もしかしたらまだ準備段階、これから人が動員されるかもしれない」

「じゃあ張り込みかよ」


 面倒だと、エドガーが言葉にせずともその感情が声色を通して伝わってくる。彼は短く息を吐きながらマルティナを見た。


「こいつらギャングって言ってたよな。違法売買なんかもやるのかよ」

「やるんじゃない? スカドゥラはリベレフでも二番目に大きいとこだし」


 声を抑えつつ答える。視線は倉庫を向いたまま、警戒を続けていた。

 このまま彼らを監視するなら時間がかかると想定していいだろう。その間に疑問を潰しておく。


「さっきも名前が出てたな。スカドゥラと……ベシサールだったか」

「よく覚えてるね。小さいのも入れたら沢山あるけど、とりあえず大きいのはこの二つかな」


 確かその二つは昨日抗争があったと話していたことも思い出す。被害の規模から考えて彼らはリベレフにて相当な力を持っているのだろう。

 スカドゥラと名乗るギャングもここが本拠地ではないのが明らか。だが、眼の前の倉庫は資材を置くとしたら十分な広さを持っていた。魔具や魔石など詰め込んでいると考えると、窺える戦力も相当なもの。大規模な組織となると戦闘訓練を行っている者もいるだろう。


「ギャング同士の小競り合いはいつものことだけどね。巻き込まれるのは勘弁してほしいよ、本当に」


 それは諍いに巻き込まれる人々の理不尽を訴えていた。彼らはただ生活をしているだけ。それなのに、環境がそれを阻んでいる。


 脇の道から一人の男が歩いてきた。見張りに近付くと彼らは会話を交わす。何を話しているのかはここからでは分からない。しかし見張りの男が頷くと彼は扉を開けた。もう一人の男が歩いてた方向に向き直り手を掲げる。仲間を呼び込んでいるようだ。


 そこから現れたのは三人の男。刺青を見せつけるような厳つい風貌と武器の携帯、一般人ではないことは明らか。けれどもその内の一人、男が抱えるものに目を見張る。

心臓が一瞬、冷たくなるような感覚が走った。あれは、少女?

 抵抗している様子はない。体が完全に脱力しているのは気絶しているためか。

 少女を抱えた男が室内に入ると、男一人を残して扉が閉められる。見張りが二人に増え、先程より厳重に警戒を重ねていた。


「あれ、不味くねぇか?」


 エドガーの声に頷く。先程の少女服装はここらを歩く住民と明らかに毛色が違う。見るからに富裕層のもの。少女の意識がないこと、警備を増やしたことから誘拐してきたと推測してもいいだろう。

 あんな少女まで事件に巻き込まれてしまうのか。腹の底から煮え立つような怒りと激しい不快感が湧き上がる。拳は無意識の内に固く握り込まれていた。


「どうする?」


 そう聞くマルティナは既に銃を構えていた。

 俺達は別の目的でここに来ている。情報の通り、ここで大規模な取引が行われるかもしれない。取り逃がせば売り手と買い手、二つを見逃すことになるだろう。

 それでも、今やるべきことは一つしかない。


「勿論突入する」


 剣の柄に手をかけ、迷いなく答える。マルティナもエドガーもヴィオラも、皆が頷いた。異論を唱える者はここに居ない。俺達は監視対象の不穏な動きに対して制圧と保護を行う。これは少女を救いたいがためのただの名目かもしれない。しかし、それでいい。この町に来てから何度も目撃した不条理に少しでも抗えるのなら。


「エドガー、もう一度中の様子を頼む」


 言うと即座に『(クアレ)』を発動する。盤に映し出されるのは立っている人物が四人、横たわっているのが一人。少女は床に放置されているようだった。これなら対応は十分可能だ。


「まず、少女の保護が最優先」


 全員に向け目的を確認していく。


「見張りを沈黙させるのと同時に突入して閃光術式。その間に俺が少女の保護。マルティナとエドガーで制圧を行い、ヴィオラは入口付近に待機して周囲の警戒をして欲しい」


 役割を伝えると各々が頷いた。あとは行動に移すのみ。剣を引き抜こうとした時、マルティナが「あと一つ良い?」と声をかけた。動きを止め言葉の続きを待つ。


「保護したらすぐ撤退したほうが良いかも」


 彼女の瞳は周囲に向けられる。


「ここら辺はスカドゥラのシマ。異常があればすぐ集まってくるから余計面倒になる」

「分かった。退避場所はマルティナに任せるよ」


 了解、とマルティナは口の片側を上げた。剣を抜き構えると、それぞれが術式の展開を開始する。


「じゃあ」


 呟くとマルティナが銃を構える。最初の己の役割を理解していた。


「三」


 覚悟と共に突入までの猶予を口にする。一応自分の魔具を確認、問題はない。


「二」


 数字を進めていく。皆も前を見据え、目標を視界に納めていた。


「一」


 言葉と共に足を踏み出す!

 身体強化術式を展開しながら倉庫に向かい疾駆。そのすぐ横を銃弾が通り過ぎていく。マルティナによるもの、消音術式により発砲音は完璧に遮断されていた。見張りが駆け寄る俺に気が付いた時にはもう遅い。二発の銃弾が彼らの左肩、右胸部に着弾。地に伏す彼らを前に『強法(スティル)』を発動。剣を振り被り、降ろす!


 刃は鉄製の扉を難なく両断。勢いのまま破壊した扉を蹴破り入口を作る。中の男達が物音に一斉に振り返ったその瞬間、室内に激しい光が迸った。予定していた通りヴィオラの閃光術式が炸裂する。


「なんだ!?」

「誰が入ってきやがったぞ!」

「ベシサールの野郎か!?」


 白い視界の中、男達の怒号が轟く。訳も分からないまま目を潰され困惑している様子だった。俺は予め目を閉じていたので問題ない。しばらくヴィオラの術式は持続しているはずだ。

 突入した時に大まかな位置は把握しているため、視界を閉ざしたまま進んでいく。背後では銃声と狙撃魔法の音。それに伴い男の呻き声や叫びも聞こえた。探知術式を使用しながらマルティナとエドガーが制圧を開始、彼らなら安心して任せることができる。


 閃光術式の光も収束し始め、目を開ける。五メートル程先、石の床に少女が横たわっているのが見えた。足を進めようとした直後、頭上に影が落ちる。

 咄嗟に横へ跳躍。叩きつけられる鈍器が床を砕き破片を散らす。着地後、即座に前へ。目の前には戦棍型の魔具を持つ大男。踏み込み剣を薙ぐと、男は柄で受け止めた。交差する武器の間、殺意と共に鋭い視線が向けられる。


「テメェこの町のもんじゃねぇな」


 男が持ち手に力を入れると僅かに腕が押し返される。体勢が崩される前に自ら引き、再び横へ踏み込んだ。男も柄を持ち替えながら旋回。金属同士が衝突し甲高い音を奏でた。向こうは打撃に優れた武器、攻撃を受ければ流石に手に痺れが走る。


「どっからここを嗅ぎつけやがった!? 誰に雇われた!?」

「さあな」


 俺の回答に男の顔に青筋が浮かぶ。口元を噛みしめ腕にさらに力を込めた。俺の剣を弾き返しその場で回転。遠心力を乗せた武器の頭部を振るう。これなら。屈み回避、打撃が髪を掠めるが問題ない。男が振り下ろしに移行しようとするのを見て前進を開始。がら空きの胴へ刃を叩き込む!

 浅く斬っただけだがそれで充分。とりあえず行動不能にすれば良い。すれ違いに舞う鮮血と崩れ落ちる男を背に少女の元へ向かう。


 倒れる少女を抱きかかえ声をかけるが反応はない。顔は青白いが呼吸はある。不安は残るがここから退避するのが先だ。


「引くぞ!」


 小脇に少女を抱え、皆に目的を達成したことを伝える。既に室内は制圧済。迅速に出入り口まで戻り最初に俺が。ヴィオラと合流し次にエドガー、最後にマルティナが残っている者が居ないか警戒しながら出ていった。そして走りながらエドガーが術式を展開。その直後、軽い振動と爆発音が背後に響く。念には念をと出入口を破壊したのだろう。


 先頭をマルティナに入れ替え路地を進む。既に日は傾きかけ、町は冷たさを増し沈み始めていた。


 少女は救出した、それなのに胸に残る焦燥感は暗澹とした道のせいなのか。退避しているはずなのに、不安が思考を埋めつくしていた。


二節 三つ声のコンチェルト 了

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