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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
四章 魑魅踊る焦土
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三つ声のコンチェルト⑨

「この後の予定は?」


 歩きながらエドガーが問う。俺達はスラム街を離れ町の中心地に戻っていた。あそこは必要以上に留まらないのが正解だろう。

 とりあえず、エドガーの疑問に答える。


「今のところ何も言われてないな」


 リベレフと術師協会エレフ支部ではそこそこの距離がある。移動の時間も考慮しているのか、今日の仕事は先程のもの一件しか入っていなかった。一応、俺達の体力に配慮してくれているらしい。

 だがこれはエドガーも把握していること。なぜこのようなことを聞くのか。エドガーこれから言おうとしていることは話の流れ的に予想が付く。


「じゃあ、少し三班について調べねーか?」


 提案に頷く。


「そうだな、時間もあるし丁度良い」


 視線を遠くへと向ける。俺達は三班の事件以前にこの町のことを何も知らない。ただ町の中心地を歩き、スラム街で仕事をしただけ。この町の全容一握りも掴めていないのだろう。それ程この町は広大だった。


 特に、あの場所。瞳に映るのは石作の建物の奥に並ぶ背の高い建物群。そして魔石や鉱石の加工工場から漏れる白い煙。あれらはリベレフがエレフを支える都市と言われる所以、富の象徴だった。

 反して今俺達が歩く場所は年季の入った建物が並ぶ通り。無計画に建築を繰り返したためか、道まで建物が侵食している所もある。増築された建物は陽の光を遮り、廃れ、寂れた雰囲気を増長していた。

 それに先程のスラム街。少し区域を跨いだだけで何もかも違う。この町は正直、異様だった。


「なら今日は情報収集か」


 そう言うエドガーの瞳も工業区域へと向けられていた。事件とはあまり関係ないかもしれないが、あそこは未知の場所。気になるのだろう。いつまでも町について考えている訳にはいかない。意識を事件へと戻す。


「ああ。いつもの組で聞き取りを、」

「それだけどさ」


 言いかけた所、マルティナが言葉を遮った。彼女を見るといつもの飄々とした雰囲気はなく、どことなく張り詰めた空気を纏っていた。


「今回は効率とか無視して皆まとまって動いた方が良いかも」

「何でだ?」


 エドガーは首を傾げる。


「さっきのあれ、もう忘れた?」


 琥珀色の瞳だけが動く。指し示す方向は俺達が歩いてきた方向、スラム街。今日の出来事は嫌と言う程脳裏に刻み込まれている。彼女が言うのはスラム街に入ってすぐの事だろう。


「絡まれそうになったやつか」

「そう、それ」


 マルティナが俺の提案を却下した意味が分かってきた。表情に理解の色を浮かべると彼女の表情も僅かに緩む。


「工業区域ならそんなことはないけど、ここら辺は外部から来た人に敏感でさ。あまり私達を良しとしない」


 説明に対して周囲に目を向けた。道を歩いていた女性と目が合うがそのまま逸らされる。仕方がない、これも彼らがこの町で暮らしていくための行動なのだろう。治安が悪い場所だからこそ、身を寄せ合い、排他的に生きている。


「絡まれて対応できないこともないけど、情報収集なら穏便にやりたいな」

「そう言うこと。あたしなら少しは顔が利くし」


 マルティナは俺の言葉を肯定し笑って見せた。彼女が聞き取りの先頭に立ってくれるのなら助かる。俺は武器を持っていると言っても、この童顔のせいかどうしても舐められやすい。エドガーとヴィオラも高位術師ではあるがそれは見た目では分からないだろう。マルティナ以外が声をかければ多分、というかおそらく、余計なトラブルが付いてくる気がした。


「ほんとならさっきのボンガーニに聞くのが一番手っ取り早いんだけどな」


 マルティナは腕を組み首を捻る。


「この町が活動拠点のはずだし、あいつなら信頼できる情報屋の宛てもある」


 そこまで言って大きなため息をついた。


「あんな別れ方したばっかで連絡とるのはねぇ……」


 後悔の滲む声、あの場で銃を向けたのは分かり易すぎる牽制なので仕方がない。けれども、知り合いとなると多少の心残りはあるようだ。


「これは最優先で片付ける仕事じゃない。気にしなくて良いよ」


 声を掛けると俺を見た。


「うん。でもボンガーニが有力な情報源になることは確かだから。少し時間おいて連絡は取ってみるよ」

「ありがとう、助かる」


 あくまでも三班の事件の捜査は副次的なもの。これを主軸に動くわけではない。焦って進める必要はないのだ。今日も、リベレフの大まかな地理が把握できればいいだろう。


 しかし、ボンガーニについて俺から言えることはない。去り際のあの瞳は、時間がたった今でも鮮明に思い出すことができる。あれは、俺達に対して明確な敵意を向けていた。

 彼は彼なりの正義で行動し、そして俺達に声をかけた。だが、俺達も譲ることはできない。

 その時点で対立することは確定していた。これまで幾度も知人と敵対関係になったことを思い出し胸に重みが増す。それでも眼の前の事象に集中するために足を踏み出した。


 右足を地に付けてすぐ、耳の通信用魔具が鳴った。呼び出し音の構成はエレフの術師協会。皆に聞こえるように魔具の術式を拡張し起動させると耳元で声が響く。


「突然すいません。皆さん、まだリベレフにいらっしゃいますか?」


 エレフにて任務説明をする男性の声。言葉は丁寧だが声色は切迫していた。


「いるけど……何かあったのか?」

「はい。実は匿名で通報がありまして」


 その言葉に嫌な予感が過る。聞いていた三人も顔をそれぞれ顔をしかめていた。黙って言葉の続きを待つ。


「その内容が本日、リベレフにてスカドゥラが魔具の大規模取引を行うというものなんです」

「スカドゥラ?」


 どこかで聞いたような単語。マルティナを見ると「この町のギャングだよ」と短く答えた。


「その取引に関してこちらは何も把握しておりません。裏付けのない情報です」

「だからと言って放置はできないな」


 悪戯の可能性もあるが、事実である恐れもある。確定事項ではないと言って全て否定することはできない。


「その通りです。なので二班の皆さんには確認していただきたいと思いまして」

「分かった。場所を教えてくれ」


 了承すると職員が場所を述べていく。その説明を聞きながらマルティナが頷いていた。場所は彼女に任せて良いだろう。


「三班について調べるのはまた後になりそうだな」


 話を聞くエドガーが隣で小さく呟いた。


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