三つ声のコンチェルト④
「で、あれが今回の目標っと」
マルティナが呟く。古びた倉庫、中を照らすのは天井から吊り下げられた裸電球のみ。彼女の視線の先には十人程の男達がいた。彼らの腰には銃や短剣が下がり、その中には魔具と思われる物も見られる。
俺達はマルティナの隠蔽魔法にて溜まり場に侵入し、資材の奥に隠れこうして様子を伺っていた。
彼らが術師協会に目を付けられた理由は魔法を用いた強盗行為。エレフ支部の職員がここら辺ではよくある犯罪だと、任務説明時に軽く話していた。決めつけは良くないが、彼らが使用する魔具など余罪はあるだろう。おそらくここも不法占拠。資材の入った袋の上には埃が溜まり、辺りにはカビの臭いが充満していた。
「話して……なんとかなると思うか?」
エドガーが問う。対話を第一に挙げているが、手に持つ魔具は既に開かれている。
「一応な、一応」
俺の言葉に対して返ってくるのは皆からの冷ややかな視線。呆れのような、結果は分かっていると言わんばかりの表情を浮かべていた。聞かれたから答えただけなのに。
模範となる回答を嘲るように男達の低い哄笑が反響する。彼らは盗品と思われる品々を見せ合い笑みを浮かべていた。その中には血液が付着している物もある。彼らがどんな手段を用いてそれを奪ったのか容易に想像が付いた。
マルティナとヴィオラも魔具を構え、この場で悠長に立っているのは俺だけ。ため息を付き、体を違法者達に向ける。
「じゃあ行ってくるよ」
「なんかあったら、まぁ任せて」
楽しそうに手を振るマルティナに見送られ歩き出した。
資材の間を抜けたところでマルティナが俺に使用していた隠蔽魔法を解除する。わざと足音を立てると男たちの会話が止んだ。彼らの視線が一斉に俺に集まった後、数人が立ち上がる。息を吸い口を開く。
「俺達は」
「なんだテメェ!」
言葉は怒鳴り声によって遮られた。対話なんてできるのか? それでもめげずに歩みを進める。
「術師きょ」
「どっから入ってきやがった!?」
名乗りは男達の耳に届くことなく掻き消された。聞いているくせに聞く気がないのはどういうことだ。無理だよ、これ。
諦めて剣の柄に手をかけようとした所、一人の男が近付いてきた。
「よく見りゃ良いもん持ってんじゃねーか」
彼は俺の魔具を見ていた。口元に浮かぶ下卑た笑みに不快感を覚える。今までもそうやって奪ってきたのだろう。後ろに控える男達がこちらに指を向けた。
「ガキが賞金稼ぎの真似事か~?」
「痛い目見ないうちに帰った方が良いぜ」
俺への揶揄にさらに笑い声が上がる。ガキ、と言われたがもう二十三になるのだが。だが容姿で舐められるのはいつものこと。一々気にしてはいられない。
「とりあえずそれは置いてけよ」
目の前の男が俺の魔具へと手を伸ばした。その手首を掴み引き寄せる。腕が伸びきった所を膝で蹴り上げた。相手の腕からは気味良い打撲音。続いて男の口から絶叫が噴き出した。手を離すと崩れ落ち、床をのたうち回る。
男の叫びを背に再び歩き出す。一連の動作で俺への笑い声は止んでいた。
「何しやがる!」
代わりに上がるのは怒号。男達が一斉に立ち上がり武器を構えた。浅黒い肌の男がナイフを抜き先陣を切る。腕を振り上げ助走と共に切りつけようとした所、その右肩と左下腿に銃弾が着弾。俺に届く前に崩れ落ちていった。
男達は俺を援護する存在に気が付いても怯まない。むしろさらに怒りの形相を浮かべ立ち向かう。それでいい。抵抗するのなら叩きのめすまで!
迫りくる短剣を屈んで躱しそのまま駆け抜ける。反転しようとした男の腕に槍が突き刺さった。『槍弩』の術式。後ろから三人の狙撃の援護が入る。しかしそれは相手も同じ。
剣を抜くと共に腕を振ると甲高い金属音が上がる。俺へと射出された槍が軌道を変え、地面を滑っていく。魔法を使う犯罪者、厄介とは思うが俺達とは決定的な違いがある。
視界の中央に槍を捉え手首を返す。彼らが俺達と違うのは二つ。剣の動きと共に一発、二発、目前で火花が散る。一つは俺が彼らの魔法を打ち返せること。唖然とする彼らに次々とこちらの狙撃術式が着弾していく。
そして、もう一つは術式の精度。彼らの魔法は展開も射出速度も遅い。一般人には通用するだろうが、俺達の敵ではなかった。
ついでに言ってしまえば狙う部位も直線的。避けるのは容易いが、後ろの三人の妨げになりかねないので残らず弾く。
次々と倒れていく男達の中、一人だけ違う魔法を展開するものが見えた。術式を読み魔法を予測。おそらく『雷牙』、低位魔法なら坑マナ術式を使用するまでもない。腕を振り向かい来る雷撃を散らす。
「なんだよそれ!」
魔法を反されると思っていなかったのか。戦慄く口は言葉を発した状態で固まっていた。しかし状況に気が付き新たな術式を展開。この位置なら止められる!
距離を詰め腰を落とす。狙うは手、魔具を手放させること。下げた剣を斜め上へと振り抜く!
男は咄嗟に刃の軌道上に魔具を掲げた。それは短剣型の魔具。いや、確かに武器だが。まずいと思うも今更止まらない。魔具と魔石の接合部に刃が衝突。微かな破砕音が上がった瞬間、中央の石が砕け散った。
血の気が引く感覚と共に脳裏を記憶が過る。押収物を壊した時の。そして、俺が折れた魔具を持ち込んだ時の。技術者たちのあの怒号が。最悪の記憶に踏み止まりそうになるも、よくよく考えればここはエレフだと思い出す。押収品があちらに運ばれることはないだろうしダンテも居ない。なら良いか。
剣を下げ右手で男の胸倉を掴む。そのまま引き寄せ頭を相手の額に叩き込んだ。鈍音の後、男の体は脱力。横で別の男が棍棒を振り上げるのが見えたため、体を捻りそこに投げつける。勢いのまま旋回、反対方向から目前に迫っていた短剣を受け、弾き、顎を蹴り上げた。
後ろに気配を感じ剣を立てながら振り返る。その直後、振りかかる衝撃。剣と両手槌が交差し、体が後方へと傾く。圧し負けると判断、足が床から完全に離れる前に踵で地を蹴り後退する。槌を振り回すのは俺より一回程体格差のある大男だった。巨大な槌を軽々と回し俺を追う。
槌が勢いのまま持ち上げられ、瀑布となって振り下ろされた。横に跳躍。着地した瞬間、床に槌が叩きつけられ僅かに地面が揺れる。凄まじい怪力だ。
だが動きは遅い。回り込めば問題ないと足を踏み出した時、耳が風音を捉える。動きを止めると目の前を槍が通過していく。間一髪で回避するが、相手に隙を与えてしまったのも同然。大男が振り返りながら横に槌を振る。やるしかない。高速で『強法』を展開、発動!
轟音。腕に響く衝撃と痛み。踏みしめた足が僅かに横に流れる。だが、今まで相手にしてきた者達に比べれば!
腕を振り切り槌を弾く。強引に持ち上げられた腕の間から、目を見開き驚愕の表情を張り付けた顔が見えた。
対して俺は、彼の後ろに赤い影が落ちるのを確認し笑みを浮かべる。男が気が付いた時にはもう遅い。振り返ろうとしたその頭にブーツのつま先が襲来。こめかみを直撃し、男は衝撃の方向へと倒れていく。
「はい、制圧完了」
マルティナが大男の背中を踏みつけ笑う。彼女が前に出てきていることの意味を理解し辺りを見渡した。皆拘束済。後ろの方でエドガーとヴィオラは魔具を持ったまま待機している。見たところ怪我はなさそうだ。
あとはこの男だけか。戦闘能力はこのグループの中では特に秀でていた印象。おそらくリーダーだろう。男の首が動き頭を持ち上げる。
「その赤髪に銃……」
マルティナを見て呟く。
「お前、もしかしてマルティナか?」
彼女を見るその瞳は恐怖に染まっていた。視線を受け、琥珀色の瞳が細くなる。
「あたしのこと知ってるんだ」
銃口を向けると男が小さく悲鳴を零した。エドガーが「脅かすなよ」と諫めるとマルティナは喉を鳴らす。
「急に消えたからやっと死んでくれたかって……」
「何? そんなことになってんの?」
言葉を受けマルティナの眉が動く。表情は不快感を示していた。確かに勝手に死んだことにされたら嫌な気分になるのも分からなくはないが。
「知り合いか?」
俺の問いに首を振る。
「全然知らない奴」
なら、賞金稼ぎとしてのマルティナを知っているんだろう。名を馳せていた、と以前カティーナも言っていた気がする。
「まぁ、いきなり行っちゃったからそう思われても仕方ないか」
マルティナが呟き目を伏せる。視線を外したその一瞬、隙を見計らっていた男の手が動く。
銃声。
横たわる男の目の先、そこに銃弾が突き刺さった。
「でも帰ってきたよ~。あんた達みたいなのを捕まえるためにさぁ」
銃口から上がる硝煙の奥で、マルティナが不敵な笑みを浮かべる。腰の拳銃に向かおうとしていた手が下げられ、何も掴むことなく握りしめられた。
この場はもう納めて良いだろう。後ろに控えていたヴィオラに目を向ける。彼女は頷くと控えていた術式を展開。『ザイル』を発動し男を縛り上げる。彼らを制圧するのにかかった時間はおおよその時間通り。そのうち術師協会と警察が引き取りに来るだろう。
「にしても、質の悪い魔具使ってんね」
マルティナは銃を収め、足元に転がっていた魔具を軽く蹴った。地面を滑り俺の足元で止まる。
拾い上げ見ると、それは先程俺が砕いた短剣型の魔具だった。魔具の作りは荒く、魔石との接合部は取って付けたようなもの。肝心な魔石の加工もいびつで作成したのが正規の業者ではないことは明らかだった。
壊した瞬間、技術部の面々が浮かび息が止まりそうになったが、滅多なことがない限り粗悪な魔具を精査されることはないだろう。頼むから杞憂であってくれ。
この粗悪品に興味を持ったのか、エドガーが後ろから覗いでいた。
「これでよく暴発しねーな」
彼は魔具を見て顔を顰める。確かに、この出来では術者の安全を守るための制御術式も組み込まれているとは思えない。エドガーの疑問にマルティナが笑う。
「よくあるよ。結構見てきたし」
言葉を受け、エドガーは静かに俺から距離を取っていた。俺はまだ持っているんだぞ。ため息を付きながら、静かに魔具を床に置く。これでも一応押収品だ。これ以上壊すのは本当に心臓に悪い。
「なんとなくエレフの事情が分かってきたよ」
「なら良かった」