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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
四章 魑魅踊る焦土
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二節 三つ声のコンチェルト*

「欲しいものは買えた?」

「うん!」


 男性の問いかけに対して少女の朗らかな声が響く。少女は手の中にある物を掲げ男性に見せつけた。桃色の包装紙の中には、幾重にも広がる赤い花弁。美しく力強い一輪の花があった。

 乾燥した空気、照り付ける日差しの下、少女と男性が町を歩いている。少女の片手は男性と繋がれ、もう片手は花を持ち、彼女の両手は幸福で溢れていた。その表情には零れんばかりの笑顔。男性もそれを見て微笑みを返した。


「ママ、よろこんでくれるかな」


 少女が呟く。不安の一片を聞いた男性の喉から柔らかな笑い声が零れ落ちた。


「ティナから貰ったものなら何でも喜ぶよ」


 男性の言葉に「だよね」と返し前を向く。行きかう人々とぶつからないようさらに男性の方へと詰め歩いた。

 自分に身を寄せ歩く娘を見て、彼は彼女からこの話の相談をされた時のことを思い出す。母親のためにプレゼントを用意したいがどうすればいいのだろう、と。


「そのためにお手伝いだって頑張ってきたんだろう?」

「お金もらうって大変なんだね」


 少女はそう言うと短く息を吐き出した。父親は彼女の率直な感想に笑う。しかし彼は今日、こうして花を買うためにしてきた努力を知っている。今まですることのなかった手伝いを行い、少しずつ彼から小遣いを貰い貯めていたのだ。自由奔放な彼女がいつの間にか他人のために何かしようと、そのように成長していたことが嬉しくてたまらなかった。


「ティナは大きくなったら何になりたい?」

「魔法使い!」


 男性の問いかけに対して、少女は間髪入れずに答える。


「そんでね、悪いやつをやっつけるの!」


 弾むような声と共に少女は男性から手を離すと拳を突き出した。彼女のその言葉と夢に父親は笑みを浮かべた。


「ティナは活発だからな」

「えへへ」


 しかし父親の胸中は複雑だった。娘の夢を応援したい。だが、愛する彼女に危険なことはして欲しくないという思いが勝る。それは親として当然の願いだった。それは、この町で暮らしているからこそさらに強く抱く想い。


 男性は歩きながら道の脇に目を向ける。

 散乱する瓶の横には壁にもたれ掛かる青年の姿。空を仰ぐその瞳は虚ろで焦点は定まらない。おそらく薬物中毒者だろう。その奥には子供の姿。娘より下の年齢だと思われる子供がゴミを漁っていた。

 この町の現状は最悪。少女もそれを知っているからこそ先のような夢を抱くのだろう。


 だが、それを理解していても環境を変えることはできなかった。

 引っ越す宛は勿論、なによりこの町から出ていく資金がない。親子三人で飢えずに暮らしていくだけで精一杯、貯蓄の余裕はなかった。まだ仕事があるだけましな方なのだろう。通りの隅に横渡る物乞いの姿を見てそう考える。


 それでも娘に満足な教育を与えられるかは分からない。彼女の夢である術師になることは、通常よりさらに上の学校へ行くことが必要となる。高位術師から直接学び、受験資格を得る手もあるがそれには莫大な授業料を必要とする場合が多い。

 危険なことはさせたくないが、術師免許だけは取らせたかった。戦うだけが術師ではない。免許を持っているというだけで就労の選択は大幅に広がるのだから。


 男性は遠くに目を向ける。石造りの民家が続く景色、その先の建物群へ。

 そこが自分達では手の届かない場所だと十分に理解している。けれども、憧れを抱くことは止められなかった。あの場所で娘が過ごすことができたら、どれほど幸せだっただろうか。男性は空いた両手を握りしめることしかできない。


「パパ」


 少女から声をかけられ、男性は視線を落とす。


「ついてきてくれてありがとね」


 快活で曇りのない笑みが男性に向けられた。それは生まれや育ち、生活苦を抱こうが、決して金だけでは得られないもの。確かな幸福の証が、ここに在った。

 少女の無邪気な笑顔に男性は目元に柔らかな皺を刻む。胸の内、喜びは重なるように広がっていた。自分たちの境遇を嘆いていても仕方がない。この子がこうして笑っていける未来を作らなければ。


 男性は覚悟を刻み前を向く。空は茜色。遠くに見えるのは工業区域から出る白い煙。空で混じり合い、美しい模様を描いていた。



 ふと、煙が多いことに気が付いた。いつもはこんなに近くにあっただろうか。


 疑問に思うのと同時に人々の声が耳に入る。怒号のような悲鳴のような叫びのような、それぞれで掻き消され判別はできない。一体この先で何が起こっているのか。分からない、しかし、漠然とした不安から歩みを止めた。一歩先を行く少女の肩を掴み制止させる。


「パパ?」


 少女が振り返った瞬間、前方から人々が走ってくるのが見えた。それぞれ表情に張り付けるのは恐怖の色。頭から出血した男が、腕を赤に染めながら走る女が、片足を引きずった少年が一心不乱に逃げてくる。直後、起こる爆発音。

 耳を聾するような轟音に何が起こったのか理解するのと同時に、悲鳴を上げる少女の腕を取り男性は皆と同じ方向に走り出した。


 硝煙の臭いが鼻を掠め、建物が砕けた粉塵により視界が曖昧になる。続く破砕音と悲鳴。町は混沌へと落ちていく。

 二人はとにかく走って逃げる。だが、少女の足は大人程早くない。後ろから走ってくる男性の体が少女の肩に衝突した。衝撃で少女の手から花が零れ落ちる。


「あっ」


 少女が足を止め振り返る。足元には母親のために買った贈り物。屈み、腕を伸ばす。

 その腕の先、黒い球体が転がってきた。少女はそれが何か分からない。首を傾げた瞬間、球体が簡易術式を展開。そして、爆発と同時に男性が少女に覆いかぶさった。


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