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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
四章 魑魅踊る焦土
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静穏に潜むバガテル③

 目の前で刃同士が衝突。甲高い鉄音が訓練室に反響した。

 俺の剣を受け止める刃が僅かに傾き刀身が滑る。体勢が崩される前に身を引くと、懐に潜り込もうとする赤髪が見えた。

 片足を下げ後ろへ。前方にできた空間を刃が通過していく。流れるような動きで赤髪が大きく揺れ視界を埋めた。彼女は短剣を振った勢いのまま旋回、途中で足が上がり回し蹴りへ変化する。


 躱すか反撃に出るか一瞬迷いとりあえず受け止める。右腕に響く痺れのような衝撃。痛みはあるが耐えられないものではない。

 そのまま足を掴み投げに移行、と考えるが視界の隅に見慣れた魔具が映った。反撃は諦め即座に屈む。超至近距離で放たれる銃声が耳を劈き、ほぼ同時に頭上を銃弾が通り過ぎた。


「今の避けれるんだ」


 回転の終わり、距離を取りながらマルティナは笑った。銃口はこちらを向いたまま、構わず彼女へ直進する。


「来ると思ったから」


 言いながら剣を振る。金属音と共に衝撃。銃弾を弾く。銃口の向きと引き金にかかる指を見ていれば何となく狙う場所も反射のタイミングも分かる。今のは迷わず俺の頭を狙っていた。容赦はないが、訓練なのでそちらの方が助かる。

 二発目の銃弾を弾くと、そこはもう剣が届く距離。俺も躊躇いなく踏み込み剣を振るう。


「戦法がバレてんのも考えもんだね」


 マルティナは上へ向かって放たれた斬撃を短剣で軽く受け流す。手首を返し振り下ろし。それも横へ流される。攻撃を受け止めるのではなく逸らす。筋力が上回る相手に対する彼女の戦法、これもよく知っている。


「一年以上一緒に仕事してたら流石にな」

「もうすぐ一年半だっけ。早いねー」


 不敵な笑みに対して顔を傾けてみると顔の横を銃弾が掠めた。短剣はあくまでも補助。刃の間隙を狙おうと銃口は常に俺に向けられている。思わず口元に笑みが浮かんだ。


「しっかり急所狙ってくれるから助かるよ」

「訓練になんないからね」


 言葉を残しマルティナは後ろへ跳躍。何故距離を取るのか、考えられることは一つ。向けられた銃口とそこに浮かぶ術式を見て確信。来る!

 俺も術式を急速展開。発動する身体強化術式『強法(スティル)』の数は三。無茶な多重展開でも問題はない。マルティナの指が動くと同時に剣を振る!


 マルティナの術式により強化された銃弾が襲来。直後、銃弾を受けたとは思えない轟音が響き渡った。


「嘘!?」


 マルティナの驚愕の声が耳を打つ。しかし俺の胸には別の感情が渦巻いていた。叩き切るつもりだった銃弾は俺の斜め後ろに突き刺さっている。強化術式が不十分、打ち返すタイミングも合っていない。望むように攻撃が返せず不満が募る。

 振り切るべき腕は衝撃に負け、体勢も大きく崩れ踏み出していたはずの右足は左足の後ろまで下がっていた。剣を持つ手に走るのは痛みと痺れ。これはあれだ、砲弾術式を叩き切ろうとした時の感覚に似ている。あの時は押し負け腕が使い物にならなくなったが。


 俺と違いマルティナは余裕の表情。銃口は術式が消えないままこちらを向いていた。もう一発来る。

 大きく息を吸い、吐きながら術式の構築を開始。前回は極限状態での発動だったが今回は違う。強化術式を追加で二重展開、ついでに補助術式『鷹眼(レヘンデ)』を発動。


 乾いた破裂音。放たれた銃弾をしかと視界の中央に捉え刃を叩き込む!

 強化術式を重ねた身体でそれを切るのはあまりにも容易だった。粘土細工を切るような感覚、鉛玉は左右に分かれ俺の後ろへと抜けていく。術式の展開速度、負担、共に問題ない。


 満足する俺に対してマルティナの表情が変わる。驚き、と言うより明らかに引いた顔をしていた。構わず前に出る。今ので銃声は六発目。装填している様子はない。銃弾が来ないのなら強化術式を維持する必要もないため解除。流石に五つの多重展開と補助術式を持続させるのはきつい。僅かに頭痛が残る。

 振り下ろした刃をマルティナは銃と剣を交差し受けた。


「あれを切るのは常識外れだっ、て!」


 言葉の最後、彼女のつま先が俺の腹部を狙う。剣と共に身を引き半身で受けるついでに旋回。


「新しい魔具なら切れると思って」


 そのまま横凪。斬撃に対してマルティナは屈んで回避、次の動作で横へ跳躍し素早く距離を取っていく。その間に新しい弾を装填し即座に打ち出した。通常の弾丸なので弾くのは容易い。


「それやりたかったからあたしに声かけたんでしょ」

「はは……」


 言い当てられ、誤魔化すための苦笑いへ刃が向かってくる。顔を逸らした所でマルティナの顰め面が目に入った。悪かったって。

 斬撃と斬撃の間、銃を持つ手が動くのを見て先程の術式をもう一度展開。一発目、屈み躱す。二発目を横に跳躍、回避先に放たれた三発目を弾き、四発目は体を逸らす。最後の五発目、頭部への弾丸を切っ先で受け流した。視力補助魔法『鷹眼(レヘンデ)』。医術師の勉強ついでに新しく覚えた補助魔法だが便利だな、これ。


 銃弾を補充される前へ。距離を詰めようとしたところにナイフの投擲。左目に迫る刃物の柄を掴み、投げ返す。マルティナは装填を諦めナイフを弾く。同時に、彼女も足を踏み出した。

 懐に潜り込まれる前、それより速く剣を振る!


 首元を掠めるように風が通り抜ける。一瞬の囁きの後に残ったのは張り付くような冷気。お互いの首元には刃が突き付けられていた。

 瞬きも許さぬ数秒の間。少しでも動けば皮膚が刃に触れそうで呼吸さえ憚られた。


 静寂、最初にそれを打ち破ったのはマルティナだった。彼女はため息を付きながら短剣を降ろす。


「あ―あ。あたしの方が遅かったね」


 そのまま手首を返し納刀。俺も剣を下げた。


「僅差だったけどな」

「実践じゃ死んでるでしょ」


 眉間に皺を寄せたままもう片方の腕を上げる。その手に持つものは銃。瞼を半分閉じた瞳が不満を訴える。


「あれ、真っ二つにされるのはちょっと自信なくすな」

「ギリギリだったよ」


 マルティナが言っているのは先程の狙撃術式の件だろう。無茶な多重展開を重ねようやく無効化できたもの、回答に嘘はない。


「二回目は完璧に見切ってたくせに」


 銃に向けていた視線を俺に移した。思わず目線が泳ぐ。


「でも良い訓練になったよ。マルティナのその魔法、他に使う奴見たことないしさ」

「この術式?」


 言いながら彼女は術式を展開させて見せた。銃口に浮かび上がるのは『穿射法(ウィスタース)』の術式。銃弾の威力を底上げするという付与型の狙撃魔法、実際砲撃術式程度まで強化される。


「珍しい術式だよな」


 銃型の魔具を選択する者が少ないと言うのもあるが、彼女と同じ魔法の使い手を見たことがない。術式を読むに一つ一つの式は単純だが、狙撃系と電撃系が絡み複雑なものへと変貌していた。


「そう? これ、一番最初に教えてもらった魔法だけど」

「教えてもらった?」


 聞き返すとマルティナは術式を解除し銃をホルスターへ納める。腕を組み暫し思考。回答に悩んでいるのだろうか。


「んー。師匠って言えばいいのかな? 賞金稼ぎになるまでのノウハウを教えてくれた人?」


 曖昧な語尾が彼女の中でもその人物の立ち位置が定まっていないことを示す。しかし、教えられた術式を使い続けているということは、かなり信頼のおける関係なのだろう。グラウスに来る前、エレフでの活動は一人と言っていたが、マルティナにもそのような人物がいたと思うと何となく安心感を抱く。


「何、その顔」


 綻んだ表情を指摘され、咳払いをしつつ顔を逸らした。


「そろそろ仕事の時間じゃないか?」

「あ、誤魔化した」


 マルティナの言葉は聞かなかった事にして、一度息を吸い歪んだ口元を正す。再びマルティナを見た。


「ありがとう、仕事前に付き合ってもらって」

「良いよこれくらい。また誘って」


 笑みを浮かべ拳を掲げた。答えるように俺も手を握り込む。頷き、静かに重ねるようにその拳に甲を合わせた。



***



 仕事を終え報告書を提出しようとした所、すぐに異変に気が付いた。


「カティーナ?」


 受付は空席、そこにいるべき人物がいない。執行部と諜報部を繋ぐ窓口には業務時間内なら少なくとも誰かいるはず。だが現在、その椅子は空席となり代理の人物すら見られなかった。とりあえず声をかけてみるが返事はない。

 諜報部の奥へと続く扉は半開きのまま。人の声も聞こえる。受付のカウンター越しに中を覗くと茶色の髪が目に入った。カティーナだ。


 しかし誰かと通信中。使用している魔具から見て長距離間での通話を行っているようだ。視線に気が付いたのか俺達の方を向く。通信先の人物と話しながら会釈、そして片手を立て申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべる。どうやら、今は対応できないようだ。


「なんかあったのか?」


 エドガーが俺の後ろから覗き込み問う。


「さぁ? 受付にも出れないって言ったら緊急の案件とか」

「あり得そうだな」


 可能性に対してエドガーの眉間に皺が寄った。自分達に回ってくるのを危惧しているのか。かくいう俺も若干の不安を覚える。こういった経緯で向かう事件は大体危険かつ面倒な事が多いのだから。


「今日は解散?」


 マルティナの問いに「そうだな」とだけ相槌を打つ。この場で俺達が出来ることはないだろう。違法者は現地の警察に引き渡している。押収品も技術部に提出済。優先すべきことは完了しているため報告書は急がなくても良い。マルティナは腕を天井へ向けて伸ばし胸を逸らす。しばし姿勢を保った後息を吐きながら脱力した。


「じゃ、お先」


 マルティナは歩き出し、その後にヴィオラが続く。去り際に片手を上げていくので、俺も同じように応えその姿を見送った。俺とエドガー、二人残され必然的に目が合う。


「エドガーは?」

「俺は技術部行ってくる」


 言いながら瞳は自身の魔具へ向かった。整備か。


「じゃあ反対か」

「だな」


 短く同意しそれが分かれの言葉となる。エドガーは踵を返し来た道を戻っていった。俺もいつまでもここにいる必要はないな。

 早く仕事が終わり今日は時間に余裕がある。俺も魔具の整備をするか。今日から使用を始めた魔具は朝のマルティナの協力もあり特に問題はない。しかし細かい調整は適時行うべきだ。それか医術師資格の勉強を進めても良いだろう。上位の資格取得に期限を設けている訳ではないが、長い時間をかけるのは途中で気が抜けてしまいそうだ。


 整備か勉強か。脳内で二つを並べなら歩く。数歩進んだところで朝の机の状態を思い出した。

 片付けが先か、考えていると正面にオリヴィアの姿が見えた。急いでいるのか、速足でこちらに向かってくる。


「あ、アイク! お疲れ!」

「お疲れ、どうしたんだ?」


 彼女から声をかけるも止まらず、すれ違いに言葉を交わす。


「出張! エレフまで!」


 俺を通り過ぎさらに足を速めていく。


「アイクも仕事気を付けなよ!」


 最後は駆け足に。振り返り、そう告げると去って行った。今日は皆忙しそうだな。

 胸に奥に澱む不安を押し込みつつ足を運ぶ。靴音がやけに大きく廊下に響いていた。


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