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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
四章 魑魅踊る焦土
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静穏に潜むバガテル②

 翌朝。昨日は遅くまで飲んでいたが今日も勿論仕事。若干眠気がまだ残るが支度している内に覚めるだろう。もやに包まれたような思考の中、着替えを行っていく。

 静けさの中、あの喧噪がふとよみがえる。耳の奥には皆の笑い声が残っているようで思わず口元が綻んだ。


 昨晩は少し飲みすぎてしまった気もするが、あの場では仕方がなかったと思いたい。スヴェンが勝手に注いでいたものに加えて、皆がそれぞれやってきて「これも飲んでみる?」と注いでいったのだから。

 断るべきなんだろうが、良かれと思って勧めてくれたのにそれを拒否するのは何となく憚れた。幸いにも深酒の影響はない。胸の内にある暖かい残響を留めたまま支度の最後、魔具に手を伸ばした。


 多分異常はないだろうが一応鞘から抜き確認する。というか、これが日課なのでしないと落ち着かない。剣を目の前に掲げる。白銀の刀身には見慣れた俺の顔。

 最近、周りから以前より顔付が良くなったと評されるが、こうして見ても自分ではよく分からなかった。そのまま手首を返し側面を見た後、鍔に嵌められた魔石へ目を向ける。適当に術式を展開してみるが問題はない。


 調整が終わり今日が実働初日となる魔具。これを提供してくれた技術部の計らいか、武器の形状は以前のものと大差がない。ようやく新しい魔具に変えられると僅かながら喜んでいたのだが、あまり変わった気がしないため複雑な心境だ。


 けれども性能は格段に良い。術式構築後から発動まで遅延は殆どなく、多重展開の負荷も大幅に軽減されている。あの命懸けとも言える無茶に無茶を重ねたような過酷な調整は無駄ではなかったと思いたい。


 しかし、俺が行ったのはあくまでも魔具の調整のみ。使用許可が出るまで何度も魔法を使用しているため問題ないと思うが、初日という不安は拭えない。今日は仕事に行くまで時間があるし誰かに軽い打ち合いを頼んでも良いだろう。


 と、考えた所で空腹感に気が付く。その前に朝食か。

 剣を鞘へ戻し部屋の出口へと向かう。数歩進んだ所で視界の隅に散らかった机を捉えた。

 乱雑に積まれた本の横には開かれたままの筆記帳がある。空いた時間を利用して始めた医術師資格の勉強のためのものだ。魔具の調整が始まってからは疲労で御座なりになってしまっているが、どこかで整理しなければ。考えつつ扉を押し部屋を出る。



 食堂へと入ると既に半分程席が埋まっていた。厨房の前に並べられた料理を取った後、部屋へ向き直す。友人の姿が見えたためそちらに移動。

 何故か机に伏せるスヴェンの左に食事を置き着席する。反応がない。いつもなら真っ先に声をかけてくるのに。よく見ると、普段耳の高さで一つに括られた金の長髪が今日は右の肩に流すように緩くまとめられているだけだった。そして彼の前に食事はなく、置かれているのは水のみ。もう食べ終わったのだろうか。


「おはよう?」


 疑問に思いつつ声をかけると、彼の指先が僅かに動いた。


「ん」


 一音だけ発音し僅かに顔を上げる。長い前髪の奥、見えたのは死人のような顔色と淀んだ緑色の瞳だった。俺と一瞬目を合わせ再び首を垂れる。どこからどう見ても異常だ。


「二日酔いですって」


 斜め向かいの席からスヴェンと同じ四班のネルが声をかけてきた。仕事に対して途轍もなく真っ直ぐな彼女がこのスヴェンを見たら不快感を示しそうなのだが、不思議と表情にその色はない。むしろその瞳に宿るのは憐憫のような労わりの色に近かった。


 もう一度スヴェンを見る。なるほど。少しずつ昨晩の出来事を思い出し事情を察する。

 飲み会の終盤、酔ったリーナに無理矢理飲まされている姿を俺は隣で見ていた。もう飲めないと訴えているのにも関わらず前髪を捕まれ酒瓶を口に突っ込まれていたっけ。


 禁忌術式の使用申請書のこともあり自業自得と思う部分もあるが少し可哀想だった。

 それより俺はリーナをスヴェンから引き剥がそうとしたにも関わらず、彼女がびくともしないことに衝撃を受けたのを覚えている。そして、前衛系の術師として少し自信を消失したことも。


「なんか食べないと元気出ないですよ」

「ん」


 ネルが声をかけるも返ってくるのは先程と同じ言葉。ネルは俺を見て首を横に振る。どうやら駄目なようだ。まぁ、四班は今日休みと言っていたから大丈夫だろう。折角の休日が二日酔いで臥せって終わるのは哀れに思うが。


 目の前の席に食事が置かれ、そこにマルティナが座った。半分閉じかけた瞼に焦点の定まらない瞳が残る眠気を訴えている。


「おはようマルティナ」

「おはよー……」


 マルティナは短く返しそのままパンを齧った。その間、視線が一瞬だけスヴェンに向かうが、見なかったことにしたらしく何事もなかったかのように食事を続けている。彼女も結構な量を飲んでいたが残っている様子はない。ただ朝に弱いだけだ。

 そういえばマルティナに何か話があった気がする。何だったか。スヴェンを見ていたら忘れてしまった。


 俺も食事を始めるが、隣から断続的に短い呻き声が聞こえてくる。凄く嫌だ。今更席を変えるのもどうかと思うため、苦し紛れに視線だけ逃す。左斜め前に新聞が目に入った。おそらく誰かが読み放置したものだろう。観測上持ち主が取りに来ることはない。折角なので手に取りパンを食べながら紙を広げた。


 書かれているのはいつもの魔法関連の犯罪。登録されていない魔石が使用された殺人事件に地方の村の魔物被害。端の方に昨日一班が関わったと思われる犯罪グループ検挙の記事が載っていた。視線を移していくとある見出しが目に留まる。


「不正資金……?」


 魔法関連の犯罪が集中する中、不意に現れた単語に対し思わず呟いてしまった。マルティナは突然言葉を発した俺に怪訝な表情を向ける。


「何?」

「いや、ちょっと気になって」


 作った笑みで取り繕いながら、記事を読み進めていく。


「エレフで魔石鉱山主が摘発だって」

「ふーん?」


 普段この手の話題に関わってこないマルティナが興味の色を浮かべた。珍しいことだが特にその裏を推測するべき事項ではないため、このまま言葉を続ける。


「当然だけど、鉱山の権利は剥奪されるからこのまま入札にかけられるらしい」


 読み終わりマルティナの反応を伺う。伏せられた瞳は思慮に沈み、何か考えているようだった。それにしても嫌なニュースだ。魔石鉱山の取り扱いは特に慎重にならなければならない。それなのに鉱山主が不正資金だなんて。入札、と言うのも若干不安が募る。買い取る企業がまともな所なら良いのだが。マルティナが再び俺を見た。


「それって、エレフのどこの話?」


 問われるも答えられない。読み飛ばしてしまったのか、もう一度記事を見る。


「えっと……リベレフって書いてあるな」

「あー……」


 回答に対して彼女は悩まし気な声を上げた。呆れのような、諦めのような。やっぱり、と言いたそうなが正しい表現か。そういえばマルティナはエレフ共和国出身だった気がする。何か思い当たることがあるのだろうか。


「リベレフと言うか、エレフと言ったら三班ですよね。この件に関わっているんでしょうか?」


 話を聞いていたネルが疑問符を浮かべる。


「これは術師協会の管轄じゃないからな。多分無関係だよ」

「そうですか……」


 ネルの顔に影が落ちる。正義感の強い彼女は自分の手の届かない範疇にある犯罪に対して特に強い不満を持つのだろう。

 食事を再開してすぐ、食堂に軽快なヒールの音が響き渡った。足音のその先には左右二つに分けた亜麻色の髪が見えすぐにカティーナだと気が付く。

 誰かを探しているのか食堂の中央に立ち、辺りを見渡していた。俺達がいる方面を見た瞬間、笑顔が広がったのがここからでも分かる。小走りでこちらに向かってきた。


「マルティナさん、今お時間ありますか?」

「ん?」


 自分に用があると思っていなかったのか、マルティナは口に炒り卵を入れたまま横を向く。目が合った所でカティーナは紙を差し出した。


「そろそろ術師免許の更新ですのでその案内です」


 書かれたものを見てあからさまに嫌な顔をする。口の中の物を飲み込み、マルティナはため息を付いた。


「めんどくさー」


 受け取った書類に視線を落とすもそれだけ。瞳からはやる気の欠片すら感じられない。


「書いて提出するだけだろ」

「そうだけどさぁ」


 それでも彼女はまだ渋っている。本来なら免許の更新時に簡単な講習を受けるのだが、術師協会直属の組織に所属している俺達にそれは必要ない。

 だから、何が面倒なのだろうか。用を終えたカティーナが去って行くのを見てマルティナは再びため息を付いた。


「まぁ、期限までには出すよ」

「そんなこと言ってると長期任務が入るぞ」


 言うと、マルティナは短く呻き俺を見る目を細める。


「嫌な事言わないでよ」


 本当に入ったらどうすんの、と一蹴し彼女は食事を再開する。確かに軽はずみな発言だったかもしれない。長期任務が入った場合、苦労するのは俺も同じだ。反省しつつ俺も食事に戻る。一口食べた所でマルティナに頼みたかったことを思い出した。


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