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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
断章

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黄藍の交錯⑤*

 コルネリアが自分の正体を告げ、数分が過ぎる。林道に響くのは風が枝葉を揺らす音と鳥の囀りのみ。


 彼女が言うその事実に声を上げることが出来なかった。


 元々コルネリアはあの場限りの協力者、だと思っていた。実際、ユーフェミアの指示の下、フリットを騙して傍にいただけなのだが。

 だからこそ彼女のことは一切信用していない。

 しかし、堂々とした立ち姿に凛然たる表情。彼女のその振舞いから嘘や虚勢など感じられない。


「そんなことがあり得るのか?」


 与えられた情報を整理しきらないままフリットはどうにか言葉を絞り出す。頭を支配する動揺で声は若干の震えを来していた。


「答えが目の前にあるでしょう?」


 コルネリアは胸に手を当て存在を主張しつつ言う。それに返すことが出来ず再び押し黙る。

 彼女の言っていることはにわかには信じられない。横からこの話を聞いたら、あり得ないと突き放すだろう。


 だが、自分は彼女を知っている。今までの行動や能力、人間離れしたその一つ一つが証明となり、その言葉は整合性のあるものとなっていた。


 横目で隣を確認しようとすると、ずっと見ていたのか目が合ってしまう。それに対してコルネリアは笑みを浮かべ、フリットは舌打ちをしながら目を逸らした。


「信じてくれたかしら」

「信じるが、認めたくないと言うのが本音だ」

「正直ね。そういう所が大好きよ」


 コルネリアが喉を鳴らすと、フリットの眉間に溝が刻まれる。何を言っても揶揄われるのだろう。諦めと共にため息をつき、新たな言葉を吐き出す。


「お前がそうだというのなら、他はどうなる?」

「あら?」


 彼が抱く疑問を聞きコルネリアは好奇の目を向けた。


「組織の形態的に枢機卿は複数人いるはずだ。まさかそれがお前だけじゃないだろ」

「あらあら」


 フリットは続ける。


「それに教皇は勿論お前の正体を知っているはずだ。むしろ、教皇も……」


 あえてそこで言葉を止めた。コルネリアの反応を伺うため顔を向けると、彼女は上機嫌な笑みを浮かべる。まるで自分を、自分達を認知されるのが喜ばしいと、そう言わんばかりに。

 薄紅色の唇から柔らかな笑い声が零れた。


「そうね、あのクソ女のことは別に口止めされている訳じゃないし。あたしの協力者に伝えるくらい、」


 コルネリアの言葉を遮るように、一陣の風が吹き抜けた。

 唸り声を上げる突風に木々の枝は大きく揺れ、乾いた葉が宙に舞う。息が詰まり目を開ける事さえ難しい。すぐに風は収まるも、鋭い魔力の残滓がかすかに漂った。


 フリットの隣から鈍い音がする。まるで、何かが落下したような。同時に、頬にかかった液体に疑問を抱きつつゆっくりと目を開けた。そして、それの正体を知る。

 拭い、手を見た先。視界に入ったのは鮮血。即座に隣を見る。


 先程まで話していたコルネリアの首から上が消失していた。


「……は?」


 肉と骨の断面から溢れた血液と断裁された髪が舞う。突然の出来事に言葉を失い、統制を失った胴が倒れていくのをただ見ていることしかできなかった。


「コルネリア……?」


 理解が追い付かないまま彼女の名前を呼ぶ。

 一体何が起こったのか。彼女の首を断ったのは何らかの魔法であるのは分かる。しかし、それはどこから放たれたものか。近くに人や魔物がいる気配などない。


 その場に膝を付き、コルネリアを見る。胸郭は勿論動いていない。傷口は鋭利な刃で切り裂かれたかのように平坦。絶え間なく血が流れ続け、肢体から血色を奪っていく。

 最後に、脈は。無駄だと分かっているが確認せざるを得なかった。頭を失って生きている生物など──、


 手首に触れようとしたその時、彼女の指先が動いた。痙攣、かと思ったが違う。

 最初は右手、次は左手。そして腕の関節が曲がり、地に手を付けた。

異常な光景に立ち上がり後退りする。自分の意志ではなく本能的に判断し、勝手に足が動いていた。


 コルネリアは首がないまま起き上がり、そして何かを探るように地面を這う。

 ついに転がった頭を探し当てると両腕でそれを掴んだ。頭を元の位置に掲げたかと思えば、そこから白い術式の光が発生する。傷口から組織が伸び、首と頭を繋いでいく。


 完全に接合されると、自由になった両腕が動き髪を掻き分けた。手の動きと共に断ち切られた髪が伸び、以前の艶と長さを取り戻す。


 そこに居るのは以前と変わらぬコルネリア。まるで何事もなかったかのように毅然とした立ち姿を見せた。


「お前は不死身なのか?」


 彼女の首が切られてから元の状態に戻るまで、終止を見ていたフリットは距離を保ったまま問う。

 疑問を受け口角をゆっくりと持ち上げ挑発的な笑みを浮かべた。


「そこそこね」


 コルネリアの瞳が動きドレスを見て眉が傾く。自らの鮮血と倒れた際の砂で汚れ、純白の衣は見る影もない。


「あーあ。折角の服が台無しだわ」


 不満げに呟きながら軽く指を鳴らす。音もなく広がる不可視の衝撃に服の裾が揺れ動いたかと思えば、一瞬だけ光った後、布地は新品のような輝きを取り戻した。


「前から思っていたけど、そんな動きにくい服じゃなくていいだろ」


 その言葉にコルネリアはその場でくるりと回って見せる。


「これは印なの。貴方達が思い描く(あたし)でいたいから」


 巻き起こる風に髪と裾が浮き上がった。白地の布は細波の様に踊り、白金の髪は陽を受け淡く光る。瞳に湛えられた柔らかな光が慈愛の込められた表情を象徴する。彼女の現実離れした容姿も相俟って、創造されたこの幻想的な光景に一瞬だけ言葉を失った。


 コルネリアの唇から笑い声が零れると、自分が魅入っていたことに気が付く。誤魔化すように話題を変える。


「今のは何なんだ?」

「今の?」


 フリットが言うのは何の話なのか。考え、ああと呟く。首を触って見せた。


「あの女があたし達の会話を聞いてんのよ」

「なっ……!」


 なんだよそれ、と続けようとするも衝撃が思考を埋めていく。何から驚いたらいいのか。一度乱された感情はすぐ元には戻らない。

 そんなフリットの様子を気にも留めず言葉を続ける。


「あいつ、あたし達が自分の悪口を言おうもんならすぐこれだもの」


 コルネリアは手首を水平に振った。首を跳ねることを示す仕草にフリットがさらに距離を取ると「あたし達だけだから安心して」と彼女は笑う。


 コルネリアがあの女、と呼ぶ者の正体。その予測はついている。おそらく彼女と同じ組織に属する者。そして、彼女より上の地位に就く。そんな人物は一人しか該当しない。

 しかし、コルネリアの身に起こった事を目の当たりにした後。その先を口に出すのも、それ以上考えるもの憚られた。

 この数刻の間に連続して起こった出来事一つ一つが衝撃的で、溜まった疲労から深いため息をつく。


「そんなことを言っても、お前とこれ以上行動するつもりはない。もう付いてくるなよ」


 唯一伝えられるのは突き放すような言葉。彼女について関わりたくないと、拒絶の念だけが増していく。聞きたいことは聞いた。もう用はない。

 そのまま歩き出そうとするが、コルネリアはその場に留まり首を傾げた。


「あたしに協力してくれるって話は?」

「なんだ、それは」


 フリットも聞いた覚えのない話に疑問符を浮かべる。


「あー、そういえばあの子、あんたに直接言ってなかったわね」


 独白のように呟くその言葉に嫌な予感が頭を過った。薄く笑う彼女に対して、フリットは表情を歪める。


「あの子が賭けに勝ったら一方的にあたしの力を利用することになる。それはちょっとルール違反だから、もしフォリシアでの目的が達成されたらあんたを自由に使っていいって約束をしたの」

「は?」


 予感は的中。しかし、勝手に結ばれた約束に間の抜けた声が出る。


「俺が、君の……協力?」


 呆気に囚われ、やっとの思いで紡いだその言葉にコルネリアは微笑んだ。


「やっと君って言ってくれた」


 フリットは口を引き結ぶ。それは、敵意のない者にしか向けない呼び方なのだから。気が抜け、つい口走った単語。ましてやコルネリアに使ってしまうなんて。激しい後悔に苛まれつつ目を向けると、彼女は軽やかに歩きフリットの隣に並び続きを話す。


「あたしが何もしなかったらあんたは幼馴染君にやられて死んでたのよ? 誰の約束のお陰で望み通り竜に立ち向かうことが出来たのかしら?」


 何も言い返すことが出来ず、ただコルネリアを睨む。彼女から受けた恩は覚えている。だからこそ、蔑ろにすることはできない。

 そして、コルネリアと勝手に約束を結んだユーフェミアの意図も分かっていた。


 彼女は生きる意味を失って彷徨うフリットに新たな指標を与えたのだ。

 そんな彼女の願いは分かっている。分かってはいるが、この女に協力するのは癪に障る。というのが感情の大半を占めていた。


「俺に何をさせるつもりなんだ?」

「心配しないで」


 コルネリアはフリットの前に立ち手を差し伸べた。


「貴方を、世界を救う英雄にしてあげる」


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