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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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『貴方はそういう人だから』⑦

 マルティナの提案にエドガーは顔を顰める。


「あれは移動中の暇つぶしに術式の構造を練っただけだろ。それに許可だって……」

「術式の構築ならあたしが何とかする!」


 声を荒げ言葉を遮った。


「許可だって特例で何とでもなるでしょ」

「でも……」


 エドガーはマルティナの示す手を決めかねていた。マルティナが言っているのはおそらく実際に発動した事のない術式。話を聞く限り高位の、いや、それ以上。おそらく禁忌魔法だろう。不完全な術式は発動できても暴発する可能性が高い。いくら竜に有用かもしれないと言ってもエドガーが渋る理由も分かる。失敗すれば、死ぬ可能性が高いのだから。


 横で竜の咆哮が轟いた。竜が足を除けると赤色の肉塊が見える。残った騎士、最後の一人も無残に踏み潰されていた。

 俺達が話せる時間は極僅か。しびれを切らしたマルティナはエドガーの胸倉を掴み引き寄せる。


「じゃあ、ほかに有用な術式なんてあるの?」


 そう言って睨むマルティナの琥珀色の瞳も揺れ、一抹の不安が浮かんでいた。危険など承知している。だが、それ以上の覚悟が、彼女を奮い立たせていた。

 エドガーは一瞬目を逸らし、歯を噛みしめる。


「分かったよ」


 自分を掴む手を無理矢理除け、顔を上げた。再びマルティナを見た時、瞳に宿るのは強い決意。


「やってやるよ」


 エドガーの出した答えにマルティナは笑みを浮かべた。そのままエドガーを抱え上げ、今度は俺を見る。


「あたしとエドガーで何としてもあれに致命傷を与える」


 先程まで抱えていた不安は消え去り、彼女の表情に残るのは絶対の自信。エドガーも決心し、本型の魔具を開いた。


「じゃ、そう言う事だから」


 最後に笑顔を残し、二人は下がっていく。その間際、見えたのは巨大な術式の鱗片。マルティナが術式を構築し、エドガーがその綻びを修繕、魔力不足を補っていた。


 柄を握り締め、前を見据えた。竜の首が動く。その眼が俺達を捉える前に走り出す。マルティナが俺達に託したのは術式発動までの時間稼ぎ。彼女が示した勝算を、無駄にするわけにはいかない!

 竜へ駆ける俺の横にフリットが並んだ。彼もユーフェミア王女との約束の下、諦める訳にはいかない。表情に刻まれた不屈の意志が竜へ向けられる。


 直進中、足元に違和感。俺達は左右に分かれ跳躍。その直後、前方から後方にかけて鋭利な岩が隆起していく。『岩突(ラピス)』よりさらに上位、『冗槍嶺岩突(トレデギムハスタ)』の術式だった。岩を挟みフリットと視線が交差する。合図、返答などいらない。着地し、そのまま前へ。竜の左側から胴へと一気に距離を縮めた。

 竜の首が下がり俺へと急速に近付いてくる。口は大きく開かれ、深淵となった喉奥まで見えた。構わず前へ。


 剣のような歯の群れが目前に迫る中、破裂音が二回響き渡った。横から飛来したヴィオラとマリーによる砲弾が竜の横顔に着弾。衝撃で跳ね上がり、俺を噛み砕こうとしていた口が斜め上で閉じられた。

 そのまま足を踏み出し腕を振るう。刃は鱗を裂き皮膚へ侵入、首と胴の境目を切り上げる!


 血飛沫が上がり竜は苦悶の声を上げながら身を引いた。しかし傷は浅く、刃は動脈へ掠りもしない。竜が足を開き、前足を屈める。巨体を捩ろうとした所で下半身が沈み、バランスが崩れた。後方に回っていたフリットが後ろ脚を斬り付け凍結、そして健を切断していた。

 後ろ側に放たれた『冗槍嶺岩突(トレデギムハスタ)』も難なく範囲外へと逃げ、前方へと抜けていく。その間に俺は強化術式を展開。上体の捻りと共に竜の右腕を切断した。


 即座に放たれる左腕の薙ぎ払い。飛び退いて躱そうとするも、爪の先が俺の右肩を捉えた。筋肉の束から成る攻撃は、軽く撫でられただけでも大きく抉られ激痛をもたらす。


 退避が僅かに遅れた瞬間、頭上から赤い燐光が降る。火炎術式、そう判断するも足が追いつかない。竜の口腔内から炎が迸った瞬間、襟首を掴まれ引っ張られる。フリットが俺を退避させていた。炎の熱を感じながら体勢を整える。前方から熱風が吹き荒れたと思えば、火炎の奥から再生した竜の腕が振り払われる。


 二人で受け止めようとする、が受けられない。威力を減衰するも容易に吹き飛ばされ、全身が引き千切れるような感覚と共に瓦礫へと叩き付けられた。




 頭から液体が滴る。目の前は霞がかかったようにぼやけ、焦点が合わない。指先を動かそうとした所で激痛が全身を巡る。息を吐くと、一緒に血液が流れ出た。吸えば気道が塞がり呼吸が詰まる。吐き出そうとする力も出ない。


 失われつつある体の感覚の中、視界だけが開けていく。竜が俺を見ていた。別の場所に飛ばされたフリットも動いている様子はない。滞る思考でも、この状況はまずいとはっきり分かる。


 最悪だ。マルティナはエドガーと共に巨大術式を展開中。俺とフリットは動けず前に出られる者は居ない。機動力のないヴィオラやマリーが今攻撃する事は不可能。

 俺に回復魔法の光が灯る。ヴィオラが全力で展開していた。しかし、竜の次の攻撃を躱せるまで体を修復できるとは思えない。

 絶対的な死が、そこにあった。


 遠くで誰かの声が聞こえる。怒声?

 それより、動かないと、動かなければ。思考は明瞭となっていくが体は動かないまま。ここで俺が倒れたら、術式を展開中の二人に危険が及ぶ。そうなれば勝ち目はない。動け、動け! 動け!

 願おうが意思に対して体は言うことを聞かない。竜は俺に向かい前進を開始する。



 突如、破裂音が響き渡った。


 『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』による砲弾術式。しかし練度は低く、鱗に弾かれ霧散する。二人がこんな状況で使用するなんて考えられない。魔法が放たれた方向へ瞳だけ動かすと、橙色の短い頭髪が目に入った。魔具を掲げ竜に立ち向かおうとする青年が見える。

 さらに放たれた砲弾。威力は低いが竜の注意を引くには十分な魔法だった。竜の眼が動き、続いて頭部が仇成す者へと向けられる。


 そこに居たのはよく知る人物。何故、ノエがこんな所に。


「すいません。待機中だったんですけど、あなたの姿が見えて来ちゃいました」


 そう言いながら彼は術式を紡いでいく。死の象徴たる生物を前に臆することなく立ち向かっていた。その横顔に宿る強い意志に、嫌な予感が頭を巡る。


「ずっと後悔していました。貴方が居なくなってしまったのは僕のせいだって」


 ノエが呟いた。その言葉に、彼の意図に気が付いてしまった。

 駄目だ。そんな事許されない。ようやく動くようになった手を彼へと伸ばす。止めなければ。その行為だけはしてはならない。


 ノエはもう一発『鋼鉄穿呀砲(グロブス)』を放ち俺を見る。彼は高位魔法一回だけでも限界のはずなのに。しかし俺に向けられたのは清々しい笑顔だった。マナの逆流で中毒症状を起こしながら、青い顔で微笑みかける。


「僕はあの時、貴方に未来を繋いでもらった。だから、今度は僕が繋ぐ番です」


 これで恩が返せます、ノエはそう言う。


 ノエは竜発生の報告を受けここに招集され待機していただけ。だが、俺の姿を目撃し命令を無視してここまで来たんだ。

 竜の口が開き、前方に巨大な赤色の術式が浮かび上がる。絶対的な死を前にしても尚、ノエの瞳は希望を宿したままった。駄目だ駄目だ駄目だ、逃げてくれ。潰れた喉で音にすらならない声を必死に上げる。竜の注意は逸れない。頼むから、こっちを向いてくれ。


「隊長、あなたは絶対に生き残るべきです」


 竜の口から死の息吹が吐き出された。圧倒的な炎が濁流となって彼に押し寄せる。彼の体が、笑った顔が、赤色に飲まれていく。


 治癒した俺の喉がただ、絶望を叫んでいた。


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