『貴方はそういう人だから』③*
ユーフェミアの声が中庭に響き渡る。広く、明瞭に、その訴えは確かに人々へと届いていた。
一人、また一人と掲げた武器を下ろしていく。まだ表情に怒りの色を残す者もいたが、彼らの中にも迷いが生じているのが見て取れた。
中庭を見下ろす者がいる。王城の上、遥か高く。ヴィルプカとニギギは頂上に立ち内乱の様子を伺っていた。
「ど、どうする? 内乱止まっちゃったよ?」
ニギギは焦りを浮かべ隣を見る。ヴィルプカの表情を見て短く悲鳴を漏らし、視線を逸らした。
ヴィルプカは犬歯が覗く程口を噛みしめ怒りの形相で中庭を睨む。握りしめられた拳は震え、その激情を物語っていた。
計画は滞りなく進んでいた。ユーフェミアが現れるまで。
「内乱は城の外でも起こってる。この場で止まっても争いがなくなる事はないよ。でも」
低く、憎悪を帯びた声でヴィルプカは続ける。
「この演説で心変わりする奴は少なからずいる。こんな思惑みえみえの内乱に参加する馬鹿は、あのクソガキの演説で簡単に揺さぶられる。そうなると後の処理が面倒になる場面が出てくるはず」
ユーフェミアが何かを企んでいたのは知っていた。彼女がフォリシアに出向いた術師協会の面々とコンタクトを取った時点で気が付いている。
だが、たかが少女。王室での地位は最低、誰も彼女の声を聞き届けるはずがない。そう思っていた。
しかし、国民に直接訴えかけてしまえばそれは関係ない。危険を冒してまで、彼女は人々の前に立ったのだ。
何故そんなことが出来るのだろうか。ユーフェミアは命が惜しくないのか? そこまで考え、ヴィルプカは口元だけ動かし、いびつな笑みを浮かべた。
「そんなに死にたいなら殺しちゃお♪」
スカートのフリルを揺らしながらニギギを見た。
「ニギギよろしく☆」
ヴィルプカからの指示を受け、彼の顔も笑顔に変わる。
本来なら術者の前方から出る砲撃術式が、群衆の隙間に浮かび上がった。展開され、即座に射出。破裂音が響き、遅れて砲弾がユーフェミアの胸を貫いた。
ユーフェミアは左胸部の殆どを削り取られ、即死する。
「きゃははははっ! 最っ高!」
自らの臓器に埋もれ、血に沈むユーフェミアを見てヴィルプカは声を上げて笑った。
「このクソ女、散々ヴィルプカちゃんを邪魔しやがって。こいつの従者にコンタクトが取れてたらもっと簡単に事が進んでたのに」
良い気味、そう言ってヴィルプカは更なる哄笑を響かせた。同じく、隣で笑っていたニギギが何かに気が付く。
「で、でも、あの女が英雄視されちゃうんじゃない?」
「分かってるって♪」
弾むように答える。彼女が右手を掲げると、人差し指に嵌められた指輪が光を帯びた。指輪の輪郭が崩壊、光は拡散し粒子となる。縦に伸びながら増幅し杖の形が作られた。
花と茨の装飾が施され、先端には巨大な赤色の魔石が鎮座する。接合部に大きな黒色のリボンが結ばれたその魔具は、可愛らしくも禍々しい雰囲気を漂わせていた。
「ここからはヴィルプカちゃんの仕事☆」
嬉々として振られた杖の先端で複雑で奇怪な術式が組み上げられていく。
足元では再びざわめきが上がっていた。ユーフェミア王女を殺した術式は誰が使用したのか。互いに視線を交わす度疑念の色が濃くなっていく。微かに見えた団結の兆しは、ニギギの魔法により崩れ去っていた。
「この国をぶっ壊して無理矢理手中に収めちゃうもんね♪」
杖の先に紡がれていた術式が弾け散る。霧散した術式は粒子となり空に散っていく。
直後、中庭の真上に巨大な術式が浮かび上がった。七色の光を帯びた巨大な九重の円。輪の回転と共に、鈍い光沢を帯びた暗褐色の五指が地上へ降り立つ。地響きと共に地面を砕き、土が隆起した。鱗の頂点には鰐の横顔に角の群れ。剣のような牙が並ぶ長い口が開き、耳を劈くような咆哮が上がる。
フォリシアの地に、再び巨大な竜が顕現していた。




