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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束
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『貴方はそういう人だから』②

「あれは……」


 遠く高く、戦場となった中庭を見下ろす位置に立つ少女。その人物を俺達は良く知っていた。腕の中のフリットも俺達の視線の先を見て、そして起き上がる。


「ユーフェミア様……!」


 動いたことにより出血は激しさを増し、口からもさらに多量の血液を零す。動けないはずなのに。間違いなく、致命傷を負っているはずなのに。それでもフリットはユーフェミア王女が立つ方角へと体を向けた。

 溢れ続ける血液は容赦なく平衡感覚を奪っていく。立ち上がろうとするも、眩み、自身の血に沈む。しかし、その中で手を伸ばし少しでも近付こうとしていた。これ以上動いたらフリットは死ぬ。忠誠心から来る行動だろうが、彼の想いの強さに驚愕し、止めることが出来なかった。


 コルネリアがフリットの真横で屈み手をかざす。手の先から白い七重の術式が出現すると共に、柔らかな光がフリットの傷口を包む。


「馬鹿な男」


 呆れを含んだ口調。だが、その視線は暖かく、どこか慈しむような色をしていた。

 ヴィオラもこの場での戦いが終わったと判断し、重傷者から回復魔法を使用していく。俺も自分で使用しながら群衆の前に立つユーフェミア王女へ目を向けた。


 彼女は、まるで俺達がいると知っているかの様にこちらを向き、そして微笑んだ気がした。

 コルネリアの吐息が聞こえたかと思えば、彼女はまた別の術式を展開する。それは別の場所に作用し、ユーフェミア王女の前に同じ術式が発生した。術式を読みこれから王女がやろうとしている事を理解する。コルネリアが使った魔法は、声を拡声して届けるものだった。


 吹き荒れる粉塵、爆発術式が飛び交い爆音を轟かせる中。誰もユーフェミア王女の存在に気が付いていないのにも関わらず、彼女は深々と頭を下げた。顔を上げ、視線を真っ直ぐに中庭へと向ける。


「皆さん、私はユーフェミア。フォリシア王国第四王女です」


 澄んだ声は術式を通し大声音となり戦場を引き裂いた。突然響き渡った少女の声に、人々は困惑し、混乱し、手を止め声の発生源を探す。一人の男性が王城を指差した。次々と、皆その方向へ体を向ける。


 そして、一つ疑問が解消すると、次はユーフェミア王女の名乗りを思い出し一斉に叫び出した。


「王族が何の用だ!」「今更なんだよ!」「誰のせいでこんな事になってると思ってんだ!」「死ね!」「殺す!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


 怨嗟の声に包まれる。誰もが予測出来たことだ。この争いは王政への不満から成るもの。そこに王族が現れようものなら、憎悪の矛先は当然彼女に向かう。そこに性別も年齢も、生まれも関係ない。


 耳を劈く怒号の中、バルコニーから少し離れた所に術式が浮かび上がり、破裂。誰かが放った爆発術式は、狙いが逸れるもユーフェミア王女の近くで発動し、そして外壁を破壊する。

 飛び散った石の欠片が彼女の頭に直撃。衝撃でよろめくが、足を踏みしめ立位を保つ。頭から流血し、頬を伝い鮮血が落ちてくが、彼女はそれでも前を向いたままだった。

 ユーフェミア王女へ向けられた罵声、そして魔法を見ていたフリットが立ち上がろうとする。


「静かに見ていなさい」


 コルネリアが呟くと、フリットの口から呻き声が漏れ、動きが止まる。回復術式を操作し激痛を与えていた。


「あの子が、あんたの為に準備してきた事を」

「どういう意味だ」


 フリットの問いにコルネリアは答えない。彼女はただ、ユーフェミア王女を見つめていた。フリットも、俺達もバルコニーを見る。


「まず、皆様にお詫び申し上げます」


 王族への怒声が飛び交う中、彼女は静かに言葉を紡ぎ出した。


「この国を治める者達が皆様を守り、導く事が出来なかったばかりか、理不尽な苦しみを与えてしまいました。多くの者が飢え、魔物被害による不条理に耐え、この国の未来に絶望しようとしています。数々の施策が皆様の生活と自由を苦しめ、傷を与えた事を痛感しています。皆様に安寧をもたらすはずの国政が、皆様を痛めつけてきた事は決してあってはならない事であり、どのような言葉もこの痛みを償うには足りません」


 ゆっくりと、丁重に、彼女は謝罪を述べていく。


「私達は、皆様の声を聞き届けられませんでした。日々の生活を支え、子供達が安心して暮らせる未来を守るべく立場にありながら、その責務を果たす事が出来ず、反対に皆様の尊厳と幸福を脅かしてしまったのです。この争いは、私達の過ちの証でしょう」


 気が付けば、群衆の声は勢いを失っていた。声は明瞭に響き、怒りに染まった空気を引き裂いていく。堂々としたその姿は人々の意識を徐々に引き寄せていった。


「ですが今、その武器を向けている相手は本当に敵でしょうか?」


 ユーフェミア王女がこの場にいる者、全員に問いかける。


「皆様の勇気と信念はこの国にとってかけがえのないものです。しかし、この怒りと悲しみが、彼らの道具にされようとしているのです。今私達が戦う事で、背後に潜む思惑が着々と結びつつあります。きっと皆様も気が付いているでしょう」


 彼女は敢えて国の名前は出さないが、直接的な指摘をした。

 ざわついた声があちらこちらで聞こえる。知る者も知らない者も、王族の言葉によって同じ困惑の渦の中に引き込まれていった。


「この内乱の先にあるのは自由ではなく支配です! 手にしたはずの勝利はやがて野心への礎にされ、この国は飲み込まれてしまうでしょう! 私達の土地、歴史、絆、小さな喜びまでもがどれ程変わってしまうか思い描いてみてください!」


 戦場は静寂に包まれる。何を言えば良いのか。彼女の発言は彼らの胸に動揺を生み、互いに顔を見合わせていた。


「でも国は何もしてくれなかったじゃないか!」


 群衆の中、一人が叫び声を上げる。


「俺達が飢え、苦しみ、また一人と死んでいっても何もしてくれなかったじゃないか!」


 その言葉を皮切りに、群衆は次々と叫び出す。


「そうだ! それなら乗っ取られた方がマシだ!」


 再び憎悪に包まれていく。燃え上がる怒りは波のように広がり、この場を飲み込んだ。投げかけられる数々の言葉は耳を聾するような音となり彼女に叩きつけられる。


「皆様のお気持ちは痛い程理解しています。王が皆様の苦しみに寄り添う事が出来なかったのは、私達王家として取り返しのつかない失敗です。そして、それが皆様の生活に暗い影を落としたかも思い知っています」


 憤怒の感情の中心地にユーフェミア王女の悲痛な声が響いていく。

 演説が始まってから一度も顔を逸らさなかった彼女の顔が初めて下を向いた。胸郭が大きく動くのが見える。息を吐き出し、そして再び前を見た。


「この国は好きですか?」


 穏やかで清涼な声が戦場の僅かな隙間を埋めていく。


「どうか、考えていただきたいのです。内乱の先にある豊かさが本当に私達のものになるのでしょうか? きっといずれ、土地だけではなく、文化、人々の誇りも全て塗り替えられてしまうでしょう。私達の生活が、私達の思い描く未来が今ここで失われてしまうのです」


 ユーフェミア王女は向けられる憎悪に怯むことなく、真っ直ぐに彼らを見ていた。遠目でもあの瞳の輝きが見えた気がした。このフォリシア滞在中に何度も見た、強い決意を秘めた煌めく青色を。


「私はこの国が大好きです。愛しています」


 それはあの丘で、彼女が俺に言った言葉だった。


「この美しい大地に立つ私達は長き歴史と共に生き、豊かな自然に育まれてきました。代々受け継がれた土地と文化、この地が私達に与えてくれたものに、今一度思いを馳せていただきたいのです」


 フォリシアが誇る自然、大災害以前から続く長き歴史、人々の営み。彼女が愛するものを人々に訴えかけていく。


「木々の葉音、川のせせらぎ、草花の香りに包まれる大地。季節ごとに色を変える木々、風に揺れる麦畑、静かにたたずむ街並み。そして、そこで育まれる家族との暖かな時間、友と交わす笑い声、語り継がれる伝統の数々。この国に息づく命達を」


 ユーフェミア王女の言葉により、脳裏に思い出が蘇る。友人達と、フリットと過ごした日々。悪戯を叱責し、それでも見守ってくれた大人達。俺を愛し、育んでくれた両親。騎士学校、初任務、近衛兵団へ移動となったフリットと殴り合いの喧嘩をしたあの日の記憶。そして、部隊長への昇進を言い渡された日。

 当時抱いた感情は俺の中に残っている。今は失われた想いだが、それは確かに存在していた。俺は、この国が好きだった。


「この国はただの地図上の一点ではありません。皆様が代々の思い出と共に大切にしてきた場所であり、皆様の血と汗で守られてきた家でもあります。皆様が町を作り、笑顔を交わし合い、共に過ごしてきた時間がこの土地に深く根を下ろしています。愛と誇りがあったからこそ、この国は存在していたのです」


 群衆の一部が表情に苦渋を浮かべ俯いた。

 この国は一度、竜害により甚大な被害を受け滅びかけている。多くの国民が家を失い、親しい者を亡くした。


 しかし、そこから今の姿まで復興を果たしたのだ。瓦礫に埋もれた灰色の地から、緑溢れる町へ。失意の中、人々は手を取り合い再び立ち上がったのだ。


「思い出してください。幼い頃に眺めた山々の景色を。家族や友と共に過ごした暖かな日々を。私達が育ち、愛し、過ごしたその一つ一つを!」


 ユーフェミア王女は声を張り上げる。穏やかな声から一転した強い感情の籠ったその声は、遠く高く、空へと突き抜けていく。


「どうか、心に刻んでください! この土地が続く限り、皆様の思いもまた未来へと受け継がれていく事を!」


 静寂。誰かが息を飲む音まで聞こえてしまいそうな静けさ。彼女の言葉は人々を惹きつけ、戦意を奪っていた。


「私達の愛する国を未来に渡すために、戦いではなく共に歩む道を選んでいただければと願っています。この美しい国の為に、憎しみの炎ではなく、平和への道を選び取ってください」


 皆、この地に忘れられないものがあり、この国で生きていきたいからこそ争いを起こしていた。だからこそフォリシアに深い愛情を抱くユーフェミア王女の演説は彼らの心に強く響き、共感を生んでいた。

 一度下ろした武器。人々は再びそれを掲げるか迷っていた。ユーフェミア王女は再び大きく息を吸う。


「だから、この争いを──」


 中庭に、鋭い破裂音が轟いた。

 風を切る音と共にユーフェミア王女の胸に砲弾が着弾。容易に貫通し後ろへと抜けていく。


 彼女の左胸は砲弾術式によって削ぎ取られ、辛うじて胸が繋がっている状態で倒れていく。誰がどう見ても即死だった。


「あ……」


 誰もが言葉を失う中、フリットから声が漏れる。

 回復魔法により血色を取り戻した顔から再度、血の気が失われていく。

 彼女の死を理解し、怒りと絶望から喉の奥から押し出されるような叫び声を上げた。


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