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悪い魔法使いを捕まえるお仕事  作者: 中谷誠
三章 去りし君との約束

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命に、報いるために⑩

 フリットの言葉に対して思わず笑みが零れた。挑発のためじゃない。心の底から可笑しいと思ったから。彼は俺の表情を見て顔を顰め、そして同じように笑う。同時に駆け出し、剣と視線が交差した。

 俺達は別の目的のために行動している。しかし、根底に残してきた物は同じだった。お互いに捨てきれなかった物に足を絡み取られ、阻害されていたのだから。自覚してしまえば、それはあまりにも滑稽なものだった。それを笑わずにいられるか。

 噛み合う剣戟の間、フリットが口を開く。


「まさかアイクとこんな事になるなんてあの頃は夢にも思わなかっただろうね」

「そうだな」


 それぞれの過去を思い出し、フリットは剣を振りながら目を細めた。


「初めて会った時、強引な奴だと思ったよ」

「俺こそ、弱虫だと思った」


 互いの眉間に皺が寄る。だがその通りだった。俺は怖いもの知らずで、無謀な子供。対してフリットは引っ込み思案で、自分の主張と言うものがなかったのを覚えている。


「それが騎士学校に入ったら急に真面目になっちゃってさ」

「フリットだって随分変わっただろ」


 騎士学校に入ってから、正確には違う。それより少し前。魔物に追われ、あの丘に行きついた雨の日。俺達はそこから少しずつ変わり始めたんだ。


「こうやっていつも斬り合ってたよな」

「こんな殺し合いじゃなかったけどね」


 首を狙った横の斬撃を身を引いて躱す。返す手首で放たれる切り上げは半身で。踏み出し、すれ違いに斬ろうとするも背中に回した剣で容易に止められる。フリットは剣を受け流しながら後退。間に『純凍壁(グラキエム)』を発生させ俺の追撃を防ぐ。


「模擬試合も俺が勝ち越したままだったよね」

「どうだか」


 フリットの言っている事は本当の事だが、悔しさを感じはぐらかす。

 彼の振り下ろしを躱した後、俺は剣を上へ投げた。左足の踏み込みと共に顔面に向かって放つ左直突き。フリットは首を傾けて拳を避けるも、直後に俺の右鉤突きが左脇を捉える。鈍い骨折の音と共にフリットが僅かに呻く。その勢いのまま体を捻り回し蹴り。咄嗟に左腕で防御するが腕ごと蹴り砕く。

 落ちてきた剣を掴み、蹴り飛ばしたフリットと距離を詰めるため跳躍。三連の『氷針(ステリア)』が放たれるも構わず直進。右肩に着弾するが引き抜き、即座に『癒法(ティオ)』で傷を塞いでいく。


「結局、あの言葉は本心だったの?」


 問いかけに対して言葉が詰まる。無言の間を埋めるように鉄音だけが鳴り響いていた。結局、思い出話の終着点はフォリシアを離れるきっかけとなった出来事だった。短い相槌で同意する。


「俺はフリットが羨ましかった。剣も魔法の才能も、何もかも持ってたフリットに嫉妬してた」


 真情の吐露に対してフリットの表情が硬直した。緊張が解かれたと思えば、顔には深い悲嘆が刻まれていく。


「それを言うなら俺だって。ずっと尊敬してた。直向きに努力するアイクの想いに追いつきたかった」


 今度は俺が言葉の衝撃に胸を抉られる。フリットが俺の事をそのように思っていたなんて考えもしなかった。いや、話さなかったのだから秘められた思いなど伝わるわけがない。


「なのに」


 呟き、フリットの瞳が再び憎悪を帯びる。


「全部、全部抱え込んで、結局お前は何も言わずに逃げ出した」


 縦振りの斬撃を受け止めると、衝撃が痺れとなり肩まで届く。


「それは、悪かったと思ってる」

「そんな言葉で済むと思うなよ」

「フリットだって腫れ物みたいに接してたくせに」

「気を使ってただけだ!」

「それが嫌だったんだよ!」


 剣戟と言葉の応酬。その中で俺達は笑っていた。笑い合いながら命を削り合っていた。

 俺達はもっと早く、もっと深く、あの時話すべきだった。そうすれば、今もこの事態に対し手を取り合い解決へ向けて同じ道を歩めたかもしれない。きっと、そうなっていたはずだ。


 目前に迫るフリットの刃に俺の顔が映る。最後に残った欠片程度の想いと共に叩き返した。もう遅い。もう戻らない。だから、俺は、この血塗られた道を征く。


 数多の斬撃の間からフリットが新たな術式を展開するのが見えた。淡い青色の光が彼の剣を包み停滞する。彼が使った魔法を理解し、強化術式を用い振り下ろされる刃を全力で弾き返した。反動の勢いのままフリットは旋回、足をさらに踏み出し剣を薙ぐ。屈んで回避、続けて振り下ろされる剣を飛び退き躱す。

 俺の回避動作は大袈裟、とも言えるがこれ程警戒しなければならない理由があった。フリットが今使用している術式は高位氷結魔法『氷怨凍蝕法(エルギドゥム)』。魔具に作用し素肌に触れる事によって効果を表すという一見単純な魔法だが、高位の術式だけあって厄介な特性を持っている。


 フリットは即座に距離を詰め、斬撃を重ねていく。受け止め、流し、弾き、時に躱し防御に徹していくが、剣が僅かに右腕を掠めていった。その直後、激しい冷痛と共に右腕が凍結を開始。氷の浸蝕は凄まじい速度で進み腕を飲み込んでいく。

 俺は迷いなく自ら右上腕を切断。噴き出す血の雨の下、完全凍結した腕が落下し砕け散る。構わない、どうせ凍った時点で壊死しているのだから。止血術式を使用しながら距離を取る。


 『氷怨凍蝕法(エルギドゥム)』は被弾者の生命活動が停止するまで浸蝕を止めない。今回は腕を切り離す事で対処出来たが、これが顔や胸を掠めていたら即死していただろう。


 しかし、いつまでもこの術式を恐れてはいられない。フリットの腕の動きから次の攻撃を予測。穿たれる刺突の風圧を頬に感じながら踏み込み、フリットの胸倉を掴んだ。手を離さないまま上体を前に振る。それに対してフリットも応戦。額が衝突し、鈍い音を放つ。

 互いに衝撃で後ろに下がり、踵を踏みしめ止まる。額から零れる鮮血と眩暈。霞む景色の奥に同じように剣を支えに立つフリットが見えた。軽い脳震盪でどちらも動けない。だが、術式を停止させる事は成功していた。


 吹き荒れる爆炎の横、よろめきながら一歩ずつ歩み寄る。先にフリットが回復。左右に揺れる視界の中、彼の剣が下げられるのが見えた。

 剣で受け止めるが、大して力の入っていない腕では当然弾かれる。跳ね上がる腕が意味するのは、大きな隙。


 フリットの剣が翻り切っ先が俺に向いた。左足の踏み込みと共に進む刃は無防備となった俺の腹部に刺さり、そして侵入していく。皮膚を筋繊維を臓器を貫通し刃は外に抜ける。声すら上げられない程の激痛。胃に内臓損傷の血液が溜まり、食道を逆流し口腔内を満たしていく。


 痛みと失血で暗転しそうな意識の中、フリットの顔が歪むのが見えた。崩れそうな表情を口を引き結び堪え、剣を引き抜こうとした彼の腕が僅かに詰まる。視線を下に落とした瞬間、目は驚愕に見開かれた。


 剣を巻き込んで発動した回復術式。そこから発生した肉芽が剣に絡みつき動きを止めていた。フリットの喉から引き攣った笑い声が漏れる。

 動きを止めるのは一瞬で十分だった。身体の捻りを交え思い切り顎を蹴り上げる。脳を揺らし、体制が大きく崩れた今。剣が刺さったままだろうが構わない。左下腹部から右肩へ、刃が斜めに奔っていく!


 切っ先が上空を向き、血液の軌跡が弧となって描かれる。一瞬の静寂。そして、傷口から血液が溢れ出した。端を上げるフリットの口からも鮮血が零れていく。


「それ、痛く、ないの?」


 荒い息を吐きながら俺の腹部に刺さったままの剣について指摘した。意識が遠退きそうになる程の熱く鋭い痛みに顔を顰めながら柄に手を掛ける。肉芽を無理矢理引き千切りながら躊躇いなく剣を抜いた。即座に『総癒活性法(ミエンブルム)』で傷を塞ぎ、剣を後方へ投げる。


「痛いに決まってるだろ」

「良かっ、た……」


 目を細め微笑みを浮かべた瞬間、フリットの膝が折れる。血溜まりに沈み、受け身も取らず前方へと倒れていった。

 思考する前に体が動いていた。地面に激突する前にフリットの体を受け止め抱き起す。腕の中の彼の呼吸は浅く、大量の出血により秒毎に血色が失われていく。その中で、フリットは俺を見てさらに笑った。


「なんて顔、してんだよ……」


 フリットの瞳には情けない程崩れた表情をした俺が映っていた。分かっていた、こうなる事くらい。俺達二人、どちらかが死ぬまでお互い止まらないと。分かっていたが、結局その覚悟は曖昧なままだった。


「アイク、君の、勝ちだ」

「違う……俺は……」


 フリットが俺を生かしたように、俺だって彼に死んで欲しくなかった。この間にも命は血液となって俺達の間から零れ落ちていく。どうする事も出来ない。俺は医術師ではないため他人に回復魔法を使用する事ができない。死にゆく彼に悲嘆を重ねることしか許されなかった。


「だから、何が違うん、だよ」


 もう喋らないでくれよ。これ以上、感情を抱えたくない。噛みしめた口から言葉が出ることはなく、胸に留まり続け、心臓を握り潰されるような痛みが持続していた。


「あらあら、大口叩いといて結局負けてるじゃない」


 後ろから冷たい足音が近付いてくる。コルネリアは俺達の横で止まり、そして見下ろした。

 風に煽られはためくドレスの下、彼女も戦っていたはずなのに傷は一切見られない。それどころか、衣服には汚れすらなかった。


 まさかと思い振り返る。通路には深い傷跡が残り、砕けた瓦礫が散乱している。剥き出しの石材が無残に露出し、焦げた匂いが空気を支配していた。

 その奥、四人の人影が見える。片腕のないマルティナが唯一立っているだけ。あとは皆地面に膝を付き、それぞれ体を血に染めながら何とか意識を保っている状態だった。


 コルネリアは、高位術師四人に対し容易に勝利していた。剣を持つ手に力を込めると、彼女は口元に僅かな笑みを浮かべる。


「そんな怖い顔しないでよ。賭けは、王女の勝ちだったんだから」

「どういう事だ?」


 彼女の言っている意味が分からない。何故、この場でユーフェミア王女の名が上がるのか。困惑していると、彼女は顔を逸らし別の方向を向いた。


「見れば分かるわよ」


 促されるまま視線の先を見る。そこは王城のバルコニー。白煙の奥、一人の少女が見えた。


四節 命に、報いるために 了

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