アーケードの謎
商店街というと、時代の流れに取り残されてしまったシャッター街を連想する。家の近くにある商店街がそうだから。わたしが小さい頃は、けっこう賑やかだったんだけどな。
だけど学校の近くにある商店街は、人の集まるアーケード街なのだ。その道幅は車が3両並べるほどの広さがあり、それだけのキャパが必要なほどのにぎやかさがある。
そんなアーケードの奥にそびえるのは、荘厳な神社だ。あの神社に参拝客が集まって、参拝客を目当てに商人が集まって、商店街が形成されたそうだ。
「あの神社からは、力を感じるんだよ」アスカくんはそう述べる。
「神社だから、ですか?」
「それはまだわからないな。元々存在する力を感じとって、神社を築いた可能性もある」
「なるほど」
「そうだとするなら、建立した初代は大物か……」アスカくんは遠くの神社を見つめる。
はあ、わたしのお願いを誰か叶えてくれないかな。荒唐無稽な思いだけど、欲求不満を感じて時々そんなことを考える。
「さあ、ぼんやりしても始まらない。行くぞ」
わたしたちは歩き出す。
こういう明るくて賑やかな場所は、わたしには似合わないな……。
「桃花、こういう場所は苦手か?」
「いえ、たまには悪くありません」
一瞬、アスカくんの表情が動いた。あの顔が言いたいセリフは『苦手なのかよ! 先に言えよ!』だろう。ごめん、わたしは自分のことがあまりよくわかってないの。
とりあえず、わたしたちはアーケードを歩く。あくまで友達として。
カップルが多いね、幸せそう。恋人同士で楽しめる場所なのかな? わたしたちは無言で歩く。べつに部活仲間だから、これでもいいのだけど。
アーケード街にはたくさんの施設が揃っている上、学生も多く訪れるため、いろいろなところから様々な音や声が混ざり合って聞こえてくる。
「ねぇ、知ってる? 最近この街で変な事件が起きてるらしいよ」
学生の二人組が話しながら歩いている。わたしはその話に聞き耳を立てた。
「夜になると、怪しい光が通行人に目がけて飛んでくるとか」
なんだか、よくある怪談だ。
「ねえ、アスカくん」
「神社の鎮める力が弱まっているようだな」
彼は、正面を向いたままつぶやく。
「まったく、聖夜祭がすぐそこなのに」
そこで足をとめたアスカくん。
「まあいいさ。神社のことは聖夜祭にやればいい。今はこの街を楽しむぞ」
アスカくんの背後にはゲームセンターがあった。
「あれ……気になります」
たまには、挑戦的にいこう。
「うわー、ゲームセンターって初めてです」
騒がしい……賑やかな所だ。ハデに飾られた機械がずらりと並んでいる。とはいえ、さっぱりした感じでライト層を意識していると感じた。こういう感じは悪くない。わたしは陰のある場所が好きだけどね。
「あ、あれって……」よく見聞きしている人気のゲームだ。アスカくんも同じ方向を見つめた。
「あの人気作に興味があるのか?」
「そ、そうなんですけど」実は詳しいことは知らなかったりする。
「初心者から上級者まで楽しめる良作だ」
わたしたちは、二人協力プレイで遊んでみた。
「わりと、楽しいですね」
悪霊を退治するというゲームだ。遊びやすさもそうだけど、ストーリーの出来ばえもスゴイと思う。あくまでゲームの添え物に徹しつつも引き込む力がある。つい先の話を見たくてプレイを続けちゃいそうだね。
「このゲームを開発したのは【パーマ】というメーカーだ。開発チームのリーダーである高井孝男はこれで能力を評価されて昇進した……」
へー、アスカくんはゲーム業界にも詳しいんだね。
「黒魔術世界の話では、ひんぱんに彼の名前が出てくるんだよ」
「なるほど、だから詳しいんですね」もう、これくらいのことじゃ驚かないよ?
「彼の作品がこのアーケードにあるのは何だか……人気作だから当然なんだが」
「おや、アスカさんと桃花さん」
西園寺優也くん。変わり者の報道部員がここにいるなんて。
「ゲーセンであなたたちに出会うとは、意外でした」
「ああ、西園寺。ゲームセンターの取材か?」
「そうですよー、聖なる夜をゲーセンで過ごす予定を立てている人が多いようで」
……すごいカルチャーショックだ。なんでそんなことになっているんだろう。
その後もわたしたちはアーケード街を見て回った。薬局ではコーヒー豆が売っていた。
「精神を活性化させるのです」
そういえば、元々は薬として利用されていたという話を聞いた気が。
「この書店は、白魔術関連書籍が充実しているぞ」
「白魔術と黒魔術って何が違うんですか。ファンタジー作品ではよく聞くけど」
「おっ? 桃花も興味があるのか」
今、アスカくんキラッとした。
「い、いえ……レクチャーはまた今度聞くことにします」
「ま、簡単な話なんだけどな」アスカくんはそう言った。
きょろきょろするわたしの視界にメガネ少年が。
「あ、アスカくんに桃花さん」彼もわたしたちに気づいた。
栗山奏多くん。内向的だけど強さを秘めている。
「一緒なんだね、少し不思議」その反応は冷淡にも思えた。
図書委員の文学少年が本屋さんにいるのには、なんの不思議もない。
「聖夜に向けて動き出しているんだね」
奏多くんはそう言うとお店を出て行った。
パン屋さんからは良い香りが漂っている。お店の外観や内装は平凡なのに、目には見えない香りで大きな存在感を放っている。そのお店から出てきた人が。
「ん、アスカじゃないか」
結城レオさん、我らが生徒会長だ。パンを詰めた袋を持っている。
「それと……桃花さんか」
わたしを見るレオさんの瞳は優しかった。
「人の集まるこの場を楽しんでいるようだな」
「ええ、このアーケードはレオ会長と同じだ」
それを聞いて会長さんはふっと笑った。
「お世辞も、素直に喜んでおこう」
そのままわたしたちは歩いていく。このアーケード街は、アスカくんみたいに底知れないね。
アスカくん、足を止めた。横のお店を指さした。
「このカフェ、良い店だ。入ってみるか?」
「高品質コーヒーですか、気になるかも」
わたしは別にコーヒーマニアというわけではないけれど、高品質という点が気になる。【○○豆使用】とか、具体的でないあたりが。
「じゃあ、入るか」
そう言ったけど、アスカくんは動かない。
「奢られるのは嫌いか?」
「えと、部活仲間の遊びですから、自分で支払います」
アスカくんはうなづいた。
「一応、聞いてみた。気を悪くしないでくれ」
中に入り、店員さんに誘導されて席に着いた。向かい合うかたちだ。注文するのは、気になっていたコーヒーだ。
「おいしい、です」いや、そんなに味覚が肥えているわけじゃないんだけど。
「高い銘柄ではなく、良い豆を選別したコーヒーか。手作業でやったらしい」
「そうなんですか」
「メニューに書いてあった」
この人は、説明書を熟読するタイプなんだね。わたしが見つめるアスカくんは窓から外を眺める。少し憂いを秘めた顔にドキッとした。
「それにしても、すっかり聖夜祭ムードだな」
「この時季ですからね。プレゼントを贈り合う、大事な日です」
わたし、伝説の『プレゼントは、わたし』をやってみたいんだよね。いや、それだけじゃ不足だ。ムチとか縄を一緒にして……。
「聖夜祭は世界に満ちる魔力が活発化する、と説明されたら信じるか?」アスカくんは真剣な目で尋ねる。
「え、えと。聖夜というくらいですから、そうだとしても不思議じゃないと思います。不思議なことが起こりそうな日ですから」……あれ?
「ふふっ、乙女チックだな。いや、男のロマンでもあるか」アスカくんも不思議なことを言う。
「聖夜祭は、オレたちオカルト研究部のヤマ場なのさ」
「もし、ウチの部活に仲間入りするなら、聖夜祭は一緒に活動することになるぞ」
「それも楽しそうですね」
「もし、その気があるなら……聖夜祭の午後8時にこの店に集まるといい」
「ここに来たのって、下見なんですか?」
「そう思ったのなら謝罪する。オレ、こういうのは疎いから」
「いえ、それはいいんですが。どうして当日にココなんですか?」
「あー、今は詳しく言えないが。この商店街の神社を調べるから」
なるほど、聖夜祭だからね。神社は絶好のスポットだ。
――後日。
魔術師はキレイ好きである。ゴミや汚れが魔力の流れを乱すから。魔術を行使する部屋は常に清潔にしておくのだ。
オカルト研究部の校外拠点というべきアスカの家は、アスカと翼が掃除している。
部屋の掃除が完了した。ふたりともソファに座って一休み。
「ねー、アスカくん。この前桃花ちゃんとアーケードへ行ったんだってね」
「部活の関係者としてな」
翼は微笑んだ。
「それで~、どうなのさ? 桃花ちゃんとの関係は」
「彼女は、そんなにアタックしてこないぞ」
「いや、桃花ちゃんの好意に気づいているんだからさ、それなりの対応をしてあげたら?」
翼はさらに言葉を続ける。
「相手に好かれたから自分も好きになるのはカッコ悪い。なんて意地はらずにさ」
そこでアスカは難しい顔をする。
「……あいつがオレの恋人や結婚相手になっている様子は、想像できないんだよ。しっくりこない」
「アスカくん、なかなか辛辣だね!」
翼は驚き顔をする。
「明確に告白されてるわけじゃないから、お断りもできないか」
翼、珍しく険しい顔をする。
「桃花ちゃんの頑張りに期待するしかないか」
「あのなー『オレのことが好きなら、オレを惚れさせてみせろ』なんて思考は酷いだろう」
「あー、そうだね。そんなのが許されるのはツンデレ美少女ぐらいだもん」
ふと、アスカは思い出した。
「この前、魔法ドリンクを飲んで性格に変化をきたしたが、あれはなんだったんだろうな?」
ちなみに、この時はアスカと翼が治療薬を作って元に戻した。
「うー、あの時ね……」事情を察している翼はあさっての方向を向いた。
「きっと、苦悩する心が混乱をもたらしたんだよ」
「……そんなヤツは不安だ」アスカ、あえて深追いしない。
それを聞いた翼は、すぐに笑顔を見せる。
「ま、だいじょうぶでしょ。桃花ちゃんが好きになれる男の子は、アスカくんだけじゃないはず。きっと、もっと魅力的な男子が現れるって!」
翼、ビシッとグッドサインを決める。それはどういう意味があるのか……。少なくとも、翼とアスカと関係だからこそ成立する。
「ならいいけどな」アスカ、そんなことを口にする。この親友の前ではどんな無意識の秘密も照らし出されてしまいそうだ。
「ま、難しい話はこれまでにしよう。コーヒー豆をもらったからさ、一緒に飲もっ!」
翼はコーヒー豆のパックをテーブルに置く。
「お、これは……高いだろうに」アスカはそのパックを手にとり、銘柄を確認する。
翼はパックを開封する。コーヒー特有の香りがする。
「まー、淹れるのはコーヒーメーカーなんだけどね」ふたりともハンドドリップ、自分で淹れることもできるが、アスカも翼もそこまでこだわるわけではない。それに、ここにあるコーヒーメーカーは優秀だし。
豆をセットしてスイッチを押す。豆を挽くところから始めるから、ガーっというそれなりに大きな音がする。
しばらくしてコーヒーが仕上がり、サーバーがコーヒーで満たされる。その香りが部屋に満ちる。
サーバーに満たされたコーヒーを翼がふたりのカップに注ぐ。
ごくり。ふたりは無言で最初の一口を味わう。
「うん、おいしいね」
「そうだな」
「まー、ボクはコンビニのインスタントコーヒーでもおいしいんだけどね」と照れ顔の翼。
むろん、こんなセリフは家だから言える。翼はお喋りだが、場の状況が読めないわけではない。
「お前はそういうやつだよ」それは、ひときわぶっきらぼうに聞こえた。
「だ、だってさ! 工場の機械が大量生産したコーヒーだって、元々は農家の人たちが作り上げたコーヒー豆だよ。それに、機械を製造した人たちの気持ちがこもってるんだから!」
翼、少々早口になる。
「お前の気持ちはわかっているさ」
とはいえ、経済性を優先した製品に【愛】を感じる翼の感性は不思議だ。
(オレは、桃花からの愛を感じられないからな……)