必殺剣
似ている。間違いなくこの魔王は、俺の親父にそっくりだ。
目を閉じれば、フウガは自然とあの光景を思い出すことができる。いや思い出してしまう。
深夜にツインテールのロリ美少女VTuberに扮して、自室でポーズを決めながら踊っているイカれきったあの姿を。絶対に父であることを誰にも知られてはいけない、そう心に決めたあの時を。
だからこそ、彼は魔王にげんなりする程度であった。王の圧など感じることすらない。
話は横道に逸れたが、彼が戦いに集中している間に、フウチャンネルは大変なことになっていた。登録数は百七十五万人に到達しており、本ライブの同接数はゆうに三十八万人を突破。恐ろしいほどの勢いで伸び続けている。
しかも、日本だけではなく世界中から視聴者が集う事態となっていた。
世界的に有名となったゲームの大ボスが、現実の世界に出現している。それだけでファンはパニックとなり、SNSのトレンドでも一位を記録した。次の日、世界中でニュースとなり、制作元のゲーム会社を含めた多くの人々が右往左往することになる。
それだけの騒ぎを招いた張本人は、至って真面目な顔になると、ただの死体と化した黒飛竜に優しく手を添えた。
「ねえあなた、想像してみたことはある? 自分が成長して大人になって、そのうち中年になって、いつかは老人になる。そして必ず死を迎えるということ。まだないかしら」
フウガは話の内容よりも、魔王の動きを気にかけている。それともう一つ、ゾンビと化した大勢の魔物達が、自分を襲わないことに疑問を抱いている。
「人間や魔族だけよ。死について考え、自分なりの結論を見出すなんてことができるのは。そういう覚悟を決められる時間があるの。でも、残念ながらあなたにはないみたい。それとも今から考える?」
AIは彼の内心を察したのか。答えとなるようなメッセージを届けてきた。
『ゾンビ達のエネルギーの移動を確認。一箇所に少しずつ集約されていきます。ネクロ・フレアの発動準備段階に移行』
「ネクロ・フレア? その一箇所っていうのは、あれか」
労わるように触れていた飛竜の口に、まるで操られているようにゾンビと化した魔物達が集まっていく。
『ネクロ・フレアとは、負のエネルギーを凝縮させて放つ爆裂魔法の一種です。一定時間の間は光線となり進出し、時間経過後に大爆発を起こすことで被害を増大させます』
ありとあらゆる形をした存在が、竜に触れた瞬間に液状に溶けた。それらは竜の口元へと吸い込まれ糧へと変わる。
「あたしはねえ、昔アンタと同じ技を持つ男に倒されたのよ。その最後の瞬間、自分が死ぬことなんて考えていなかったことに気づいたわ。後悔で魂が焼かれる思いだった。でも、信じがたいことが起こったのよ。まさか生き返るなんて! これは奇跡であり、もしかしたら運命かもね。だから、このチャンスを絶対に逃しはしないわ」
次第に魔物が吸収される速度が上がり、竜は顔だけが異常に膨張してきた。デヴォンは自らの魔力を口だけと化した怪物へと注いでいる。
『ネクロ・フレアの発動待機時間に移行。残り四十三秒で発動します』
「下手に触れても危なそうだけど、ちなみに発射されたらどうなる?」
『エネルギー量での予想では、ダンジョンは地下一階まで大破。地上まで到達します』
「え、そんなに?」
:じゃあヒナリー死んじゃうじゃん!
:他の探索者もまとめてあの世行きってことでおけ?
:爆破テロじゃねえか!
:うわあああああ!
:AIちゃん冷静すぎぃー!
:高尾山までやられちゃう
:これは大事件になるぞ……
:警察呼ぼう
:こいつ外に出てきたら誰か倒せるの?
:やばい! フウ君、なんとかして!
:怖い怖い怖い怖い怖い怖い
フウガはこの状況を打破する手段をいくつか考えていた。しかし、そんな緊急のタイミングで、ゴーグルからよく知る男の声が聞こえてきた。
『その魔剣。神の意に従いて、息吹きと共に進まん。尊きには恵みを、悪しきには罰を。同じ光と息吹きの中で選別し、進み出て剣を振るう……と書いてあったな』
『は……はぁ。考えてみます』
先日武器屋で話した内容が再生されている。アイラに対して苦笑するしかない彼だった。
「なんだ。あの時も電源入ってたのか。でも、それしかないな」
フウガは理解していた。あの時、店長が教えてくれた言葉の意味が、いやにしっくりときたのだ。
推測や理解というよりも、予感だったのかもしれない。あるいは、何かを思い出したような。
「あ、えーと。まだ決めてないんですが、この技の名前……募集しようと思います」
唐突な一言に、視聴者達のチャットが数秒止まった。フウガは腰を落として魔剣を逆手に持ち、あの時をイメージする。
春日武器屋店で魔剣を像から引き抜いた時の自分。
そのありとあらゆる細部を自分なりに思い出して、そして一つの技へと変える。
どうもおかしいと思っていた。魔剣を引き抜くという行為にしては、奇妙な位置関係になっていたあの像。本来あれは魔剣が刺さっていたわけではない。きっと違う。
恐らくは、あの竜は味方なのだ。神意により触れたものに恩恵と消滅のいずれかを与える息吹。その息吹を浴びながら、魔剣の持ち主は決戦を戦い抜いた。そんな話なのではないだろうか、と。
だからこそ、使うとしたらこうなる。当たっていれば魔剣が全てを引き出してくれるだろう。
フウガは信じた。今までもそうだったように、魔剣は正解をイメージすれば力を貸してくれる、と。
『ネクロ・フレア発動まで残り十五秒。カウントダウン開始します』
「カウントはいらない。大丈夫、間に合うよ」
視聴者にとって、フウガが誰よりも頼もしく映ったのはこの時からだった。そしてこの印象を、多くの人々は彼に持ち続けることになる。
「ああ、そうだった。アイラ、背面カメラお願い」
『承知しました』
今まで使う必要がなかったが、今回だけは見ておきたいものがある。ゴーグルの大画面の中に、一部の別カメラの映像が入る。視聴者達は謎の行動に戸惑いつつ、期待を膨らませていた。
ヒナタ達も遠巻きに彼を見てハラハラしていたのだが、いつの間にか気持ちが落ち着いてくる。多くの人間を安心させる力強さが、今のフウガにはあった。
「はあー。なんていうか、白けちゃうわね。もうちょっとマシな」
言いかけて、破壊の使者となった魔王は目を見開いた。この力、この感覚には確かな覚えがあった。
「あ、あ、あ……あん……た……」
フウガの体全身から光が発せられている。しかしそれ以上に驚きを隠せなかったのは、背後に現れた存在だ。光が徐々に形を作り、幻想の竜が姿を現す。
:すげええええええ!
:後ろにいるのはなんだよ!?
:デカイ! 神様!?
:どっかの神竜とか!? すげえ眩しい!
:煌めきまくってる!!
:何が始まるんだよオオオオ
:え、ええ
:凄すぎ
:ああああああ
:やばいのが始まるぞおおお!
視聴者達は配信映像に釘付けになっていた。ワナワナと口元を震わせていたデヴォンが、狂気じみた殺意を少年に向ける。
「やっぱり! やっぱりあんた! あの男の子孫かなんかでしょう。絶対に許せないわぁ……ブッ殺す!!」
先手を取ったのは魔王だった。ありったけの魔力を右手から竜の死体へと注ぎ、とうとう全てのエネルギーを解放する。
「耳を塞いで、伏せて!」
リヒトが二人に向けて叫んだ。言われるがまま従った彼女達は想像を遥かに超えた衝撃を全身に浴びた。
腐りきった紫色の、強烈かつ救いようのない負の力。その全てを纏う極太の光線は、このフロアだけでは止まるはずがない殺意の集合体だった。
触れれば即死。触れずとも死。その暴力に抗う術は、この世界には存在しないように思われた。
しかし、一人の少年が正面から潰しにかかる。見当違いの殺意。そんなものに屈することなどさらさらない、徹底的な逆襲の一手。彼はまさに最良のタイミングで、最大のカードを切った。
ゴーグルが暖かい何かに包まれ、いつもより視界が広がっていく。彼は魔剣ではなく、今は竜に話しかけられたような気がした。
滅ぼすもの、守るべきものを選べ。
彼は聞かれるまでもなく決めていた。何を守り……何を滅するか。
あえて先手を譲ったのは完全に消し去るためである。守るべきを守り、消すべきを消す。
光の幻想竜が存在しない体を大きくのけ反らせ、巨大な口から無数の煌めきを放つ息を放出した。




