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魔剣(?)と出会った日

 約一年前のことである。

 その店は、とある商業施設の向かい側にポツリと立っていた。


 繁盛とは縁遠そうな、寂しさ漂う店である。【春日武具店】と言う看板には、どこぞのアニメにいそうな美青年が、剣を持って不敵に笑う絵が描かれていた。


 この店は剣や槍、弓といった武器から盾、鎧やブーツ、配信機材といった一通りのダンジョン探索用品を取り揃えている。ダンジョンが世界中に出現して以降、人々は魔物を倒して多くの富を得ることに夢中になっている。


 しかしながら、ダンジョンの中では銃火器といった近代兵器はなぜか使用することができない。古くからある剣や槍、弓に斧に棍棒といった武器のみが効果を発揮する異空間であった。


 法律は大きく変えられ、今では武器屋なんてものは普通に世に存在する。しかし、多くの店は競争の激しさに苦しんでいる。この店の主人もまた、未来に不安を感じずにはいられなかった。


「あー……暇だなぁ」


 店内に設置された大型モニターを眺めながら、春日店長は小さく呟く。ずんぐりと太った体と、口周りに蓄えた髭が印象的な男で、さながらファンタジーに登場するドワーフのような外見をしていた。


 もうすぐ五十代が見えているが、今もって独身であり、趣味であるアニメ鑑賞やゲームを大画面で楽しみながら時間を潰している。


 こんなはずではなかったのになぁ、と彼は思う。


 ダンジョンが世界中に登場し、未曾有の探索ブームが到来する少し前、時代の流れを読んだ彼は脱サラして武具屋の店長になった。


 武器だけではなく、防具や配信機材にまで造詣を深め、ありあらゆる本物の装備を手に入れることができる。そんな店を作って大金持ちになる。


 野望に溢れた挑戦のはずだったのに、なぜこうなってしまったのか。


 向かい側の商業施設に突如として誕生した大型武器チェーン店【HIZONE】が主な原因であることは明白だった。奴らさえ現れなければ、今頃は支店の一つや二つ作れたに違いない。


 そんなことを思いながら、今日もぼうっと貯めていたアニメを消化するはずだった。


「ああ……いよいよこのアニメも最終回かぁ……ん?」


 何の前触れもなく、ガラス戸が静かに引かれ、一人の少年が店内に足を踏み入れた。中学三年生になったばかりの三剣フウガだった。


 最初の印象は、なんだか線が細くて今時の少年って感じがするなぁ、という程度。だが近づくにつれ、彼は奇妙な感覚に囚われた。


「い、いらっしゃい」


 かろうじて声が出たが、明らかに狼狽していることが伝わってしまう情けない挨拶だった。少年の放つ雰囲気は、まるで只者ではない。


 権力や腕力の差が生み出すようなものではない。もっと精神的で、人とは思えない崇高な善良さのような、かと思えば底なしの邪悪さのような。


 この男と関わったらロクなことにならないのではないか。彼は恐ろしい奴が現れたものだと警戒した。しかし、向こうはなんとも思っている様子はない。


 不審に思っていると、ふと彼がある物に歩み寄っていることに気づいた。


 春日武具店には、他の店には絶対に置かれていない名物がある。それは金メッキが施された竜の像と、竜の開いた口に突き刺さっている一本の剣だった。名札にはただ一言、【魔剣】と表記してある。


 春日が初めて仕入れることに成功した思い出深い品だった。しかしながら、本物ではなく模造剣。更にデザインは【HIZONE】製の安い剣を真似て作られたものだ。ただ頑丈なだけなので高値はつかない。


 だが、思い出の剣を安く売ることは、彼のこだわりが許さなかった。でもただ飾っているのも面白くない。そこで思いついたのが、剣を絶対に抜けないように細工し、抜いた者にはタダであげるというもの。


 聖剣はよく物語の中で垂直に地面に突き刺さっていて、勇者でなければ抜けないといったエピソードはファンタジーのお約束とも言える。ならば魔剣は、もう少し違う方法で抜くという設定にしてみた。


 つまり、竜の口に刺さっているところから引き抜くことができれば、魔剣の所有者である、という設定を考えたのだ。


 これは彼が心から愛してやまない、世界的に大ヒットしたアクションRPG【ディバインブレイド】のエピソードからヒントを得たものである。


 しかし、今まで引き抜けた人間は誰一人いない。人間の生み出せる力では到底不可能なほどに細工を施したのだから当たり前である。接着剤からなにから、めちゃくちゃなまでに補強してある。


「あ、すみません。これ……魔剣って本当ですか?」

「それは間違いなく、最強の魔剣だよ」


 ドヤ顔で言い切ってみた。暇潰しもここまでくると異常だと、春日は自覚していた。しかしこれはやめられない。


 必死になって挑んで、結局くたびれ儲けで悔しさを滲ませて出ていく客。あれを見るのがせめてもの楽しみだった。


「これ。抜いたら無料なんですか?」

「ああ。しかし、今まで誰も成功したことがない。なにしろこの魔剣はね」


 その後、別に聞いてもいないのに彼は魔剣にまつわるエピソードを語り始めた。物語の中で彼は世界中を駆け回る冒険家に扮しており、遠き異郷の地で偶然手にしたというホラをかました。


 時として風の刃を操り、時として凶暴な黒き力を与え、時として雷の主となる。いつ何事が起ころうとも刃こぼれ一つ生じない奇跡の魔剣。あまりにも突飛なエピソードの嵐を機関銃のように語る。


 だが、そもそも好きなゲームの設定をうろ覚えで流用したものだから、よく聞いていればボロがいくつも出ている。


 しかし少年は先ほどまでとは違い、キラキラした瞳になって話に聞き入っている。一切疑っていないようだった。


「す、凄い……! 俺、挑戦してもいいですか」

「あ、ああ。頑張ってね」


 ここまで素直な感じだと、何だか気が引けてきた。罪悪感が頭をよぎりつつ、店長はフウガの挑戦を見守ることにした。


(さて、まずは最初のやり方をじっくり見るとしよう)


 フウガは深く突き刺さった剣の握り部分に、そっと手で触れた。この時、彼は指先から奇妙な何かを感じた。


「何だろう。握りかたが、ちょっと違うような」


 その小さな呟きは、春日の耳には届かなかった。少しして、静かにグリップを握りしめたのだが、ここで春日は目を見張る。


 剣はフウガの肩辺りの高さにある。彼は確かに右手でグリップを握ってはいたが、すぐに逆手に持ちかえた。


 店長から見れば剣を持って振りかぶっているような姿勢だ。竜の像からは背を向ける形になっているが、これで引っ張っても僅かしか力が入らないだろう。


(これは今まで挑んだ中で、最もダメダメな結果になるかもしれん)


 春日は失望していた。少しは楽しませてくれるんじゃないか、そんな淡い期待は霧散しようとしている。


 でも子供なんてそんなものか。もうアニメの続きでも観ていようかと、そうテレビモニターに向き直ろうとした時、少年が動いた。


 正確にはフウガだけではない。まるで大地そのものが振動したような、大きな揺れが起こった。最初は地震かと思った春日は、魔剣を見て目の色を変えた。


「な、何だ!?」


 銀一色の剣が、気がつけば漆黒に染められている。少年は先ほどの姿勢で止まってはいたが、体全身から奇妙な何かが噴き出していた。


 まるで黒い炎のような、猛烈に蠢くオーラのようなものが、確かに少年を包んでいる。


 どうやら彼は瞳を閉じていたらしい。集中し切った後の開眼。溢れ出したおぞましいなにか。解放される力。ありとあらゆる超自然的な何かが、春日の心にかつてない恐怖を呼ぶ。


「ヒィいいー!?」


 思わず悲鳴を上げて腰を抜かした。さらには驚愕の最中、その姿に既視感を覚える。むしろ、どうして先ほど気づかなかったのかと恥じるほどだった。


「ディ、Dブレ(ディバインブレイド)の絵と……同じ……?」


 ディバインブレイドの表紙にあった有名なイラストと、今の彼の構えが一致している。信じられない偶然に、春日はうっすらと運命的な何かを感じずにはいられなかった。


 少年はただ静かに、前方に一歩だけ足を踏みだした。すると、ありとあらゆる接着効果で縛り付けられていたはずの剣が、抵抗すら感じる様子もなく静かに抜けていく。


 剣を抜ききった時、同時に彼は袈裟懸けのように斜めに剣を振り下ろしたようだった。まるで絵画のワンシーンを見ているような美しさが、恐怖に縛られた春日の心を鷲掴みにする。


「な……なんて……優雅な」


 どんな演舞よりも美しい一瞬。さらには黄金の竜が音を立てて粉々に崩れ去る光景も手伝い、まるで伝説の始まりを目撃したような感動を、少年は一人の大人に与えた。

 お読みいただきありがとうございました!

 一年前の話となりましたが、次回からは現在に戻ります。

 よろしければ、下にある★★★★★から評価をいただけると大変励みになります。

 是非是非、よろしくお願いいたしますー!

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