03-27.少年たちの死力
防壁に迫る魔物達の種類が変わってきた。ジュリアが話していた小物と言われるマッスルきのこやゴブリンなどの姿が見えなくなり、バインドウルフやノーブルボアなどの中型種と呼ばれる魔物が多くなってきた。数はそれほどでは無いのだが、ゴブリンたちに比べ耐久度が高く倒した後の処理も今までの様に放っておけばいいとはならない。積み上がれば高さが出来て、その死骸の丘からバインドウルフが飛び込もうとして来る。
ここでジュリアは街の者に指示して小さな陶器の瓶に油を詰めさせる。その油の壺を魔物の死骸の山に向けて投げ、弓部隊が火矢を撃ち込む。上手く火が回り死骸の魔石が割れてくれれば魔物の死骸は魔素として霧散する。そうでなくても火の壁が出来る事で少しでも魔物の侵攻を抑える事が出来る。
一体どれほどの時間戦い続けているだろうか。支援してくれている村人たちの中にも少しづつ疲労が見え始めている。魔物達の勢いは衰えない。森の奥でスタンピートが留まる事無く続いているなら、いつかこちらが耐え切れなくなる事は間違いない。
ワックルトからの援軍はまだなのか。そう思い始めた時だった。ジュリアは森の中で何かの異変が見えた。こちらに向かって来ていたはずの魔物のいくらかが森へ戻り始めたのだ。いや、恐らく森の中にいる『何か』を追い始めたように感じた。
その時だった。森の東側から数匹の何かが走りながら飛び出してきた。いや、熊人族だ。しかし、幻霧の森から現れたのだ。魔素に中てられている可能性が高い。そう思って全員が戦闘を継続しながらも、そちらの様子を伺っているとどうやら三人の熊人族は親子のようだった。夫婦の熊人族と明らかに小さい子供の熊人族。
父親らしき熊人族がハンドアックスを手に魔物達を薙ぎ払う。母親も長い槍を手にしている。その二人に挟まれるようにして子供の熊人族は自分の身の丈もありそうな大楯を背中に背負い身を守っていた。
「何とかしなければ....」
ジュリアがそう考えるよりも先か、エル達が動き出す。
「リック、ルチア。東側に移動しよう。ジュリア様、あの親子の支援をさせてください!あのままでは見殺しになります!」
ジュリアは悩んだが、エル達に親子の救助を指示した。弾けるように城壁の上を村の東側に向けて走り出した三人。エルは走りながら状況を整理し、二人と話し合う。
「ルチア、狙えるようになったらいつでも魔物を狙って。リック、下へ降りるタイミングはリックに任せる!一緒に下りて僕の魔法を当ててから一気に加勢しよう。」
「下りるのか!?」
「あの状況への加勢を城壁の上からじゃジリ貧になる!リック、覚悟を決めよう!子供がいるんだ!」
リックがエルの顔を見ると、エルの目がほんの少し蒼く染まっているように見えた。リックは立ち止まりエルの両肩をしっかりと掴んで確認する。
「エル、誓え。大丈夫なんだな?」
「大丈夫。絶対に我を失ったりしない。お願いだ。僕を信じて欲しい。」
その時、ルチアが矢を放つ。親子に飛び掛かろうとしていた狼の頭を射ち抜くと、狼は弾かれたように地面に叩きつけられた。それを感じた親子がこちらをチラリと見た。
「リック!」
「分かった!ルチア、援護を任せた。エル、絶対に生きて戻るぞ!」
更に城壁を東に進み親子たちを真正面に捉えた場所でリックは一気に城壁を飛び降りた。エルもそれに続く。ルチアは構わず城壁の上から魔物達を射り続ける。
エルが魔力を練り始める。そして両手を地に付けて一気に魔力を開放する。親子の周りにいた魔物達の体に地面から稲光が立ち昇ったかと思うと、魔物達は真後ろへ弾き飛ばされた。その瞬間にリックが男性の熊人族の隣に陣取る。
「後ろにあるレミト村の冒険者だ!このままジリジリ村の方向へ下がろう。村で受け入れる。」
「人族などの指示は受けんっっ!!」
男性の怒声が響くがリックは男性の腹を蹴りその場に叩き伏せる。そして男性に馬乗りになり顔がくっ付かんばかりに近付けて叫んだ。
「父親だろう!!!子供がいるんだぞ!!どう考えてもアンタ達は限界だ!!このスタンピートが終わったらどこへ行こうが干渉しない。まずは子供の安全を考えろ!!!」
リックは返事を待たずに立ち上がり、また魔物達を狩り始める。エルがもう一度、魔力を練り魔法を放つと数匹のノーブルボアが太い木の蔓に体を雁字搦めに動けなくなった。
すると、後ろから飛んできていた矢の数が増えた。振り向くとルチアの傍に冒険者が二人と一緒にエドガーとティルダの姿が見えた。エドガーと冒険者が一人、城壁を飛び降りこちらへ駆けてくる。
「エドガー、親子を門側へ護衛するぞ!」
「分かった、リック!エル、指示を頼む!」
エルは周りをぐるりと見渡す。そして全員に指示を出そうとしたその時だった。一瞬、頭の中が真っ白になったかと思うと、不思議な声が響いた。『成長の声』である。
『ロストスキル【指揮者】を獲得。戦闘時に指示を与えた者に能力バフを付与。尚、【指揮者】は<隠蔽>スキルにより秘匿。』
声が終わったかと思うと視界が戻る。すると頭の中に周りにいる仲間たちをどう動かすべきなのかが浮かんできた。不思議に思いながらもエルはそのアイデアを口にする。
「エドガーは門へ向けての進行方向の敵のみを排除。リックは後方で全体の援護。ルチア!ティルダ!森から出てくる魔物だけで良い!こちらに近寄ってきている魔物は僕と彼で倒す!」
そう言ってエルは熊人族の男性を指差す。城壁の上から了承の声が飛んで来る。エドガーとリックが親子とエルを挟むようにして隊列を組む。男性とエルが森側に陣取り、城壁側に母親と子供を配置した。
「城壁にあまり寄り過ぎない事!数で押し込まれた時に退路が無くなる。今の距離で良い。じっくり進行方向を確保しながら門へ向かおう!!」
仲間たちは感じていた。なぜか弓が当たりやすくなった。槍が軽く感じる。体の動きが軽い。それは熊人族の男性も同じだった。だんだんと重さを増して来ていたように思っていた斧が、今は枯葉のように軽い。
「門へ近付けば本隊が対応してる魔物の群れに合流する事になる。ルチア!門を開けるタイミングはルチアとジュリア様に委ねる。皆、それまでは死に物狂いで、何が何でも守り抜け!!抜かれれば死ぬのは僕らだけじゃない!!」
全員の目に火が宿る。平和に暮らす村人たちが自分達の背中の後ろにいる。それが冒険者としての、力を持つ者としての矜持を掻き立てる。守るのだ。己の命など惜しむ者はいない。ただひたすらに目の前にある悪意を払うのだ。
じわりじわりと門が近付いてくる。あと少し、必死の戦いの中でそう思い始めた時に、エル達は自分達が進んできた東側から何かが物凄い勢いで近付いてくるのが見えた。
あぁ、ここまで来て。更なるスタンピートの猛攻に耐えられるだけの体力は残されているのか。そう考え始めた時、自分達の後ろにいた魔物の群れが何かに吹き飛ばされていく。
身近な魔物だけではない。森の中で激しい魔法の爆炎が上がり続けている。
一体、何が起こっているのか。そう考えた時だった。
「エルゥゥゥゥ!!!!!!無事かぁ!!!!」
聞きなれた声。この世でサーム様の次に安心させてくれる声。その何かの先頭にいたのはレオだった。後ろには多数の冒険者達とワックルトの兵士たちが全力で駆けて来ていた。
やっと間に合った。ワックルトの増援部隊だ。エルは最後の力を振り絞る前にリックに声をかけた。
「リック、ごめん。後は任せる!」
驚くリックを他所目にエルは残りの魔力全てを振り絞って木属性魔法を森に向けて放つ。大人の太腿は有ろうかという太さの蔓が森との境を埋めるようにその蔦を伸ばしていく。蔦の壁に魔物達が阻まれていくが、エルは敢えてその壁に一カ所だけ隙間を作っていた。
その隙間に魔物達が集中し、村へ突進しようとする。しかし、それをしっかりとジュリアは見ていた。
「戦力は蔦の隙間に集中させなさい。ワックルト部隊が前線を保持。村の部隊はその左右を補うように抜けてこようとする魔物を排除するのです!!良いですか!?助けは来ました!!あと少しです!!スタンピートの発生源には創竜の翼のメンバーが向かっています。最後の力を振り絞りなさい!!」
冒険者や兵士達だけではない。村人の目にも力が宿る。エルは消え入りそうな意識の中でレオ達を見つめていた。部隊の中にダンとオーレルの姿が無い。恐らくスタンピートの原因と思われる魔素溜まりを見つけに言ってくれているはずだ。
体の力が抜けていく。倒れ掛かりそうな体をレオが支えてくれた。
「エル!大丈夫か!?」
心配そうにのぞき込むレオにエルは何とか笑顔で返す。
「大丈夫。辛い時こそ笑顔。忘れてないよ....でも、少し休むね....」
レオの目に涙が溢れる。出会ったばかりのあの森で話した『男としての生き方』をこの子はずっと守り続けてきた。そして、見事にその姿を示して見せた。
レオは体の底から声を張り上げる!!!
「門兵!!!開門っっ!!!!村の部隊を回収後、再び門を閉めよ!!!ワックルト部隊はこれより死地に入る!!!良いか!!あのような子供達が守った村をみすみす抜かれるな!!!総員、死の覚悟を!!!!」
兵士達が見事な隊列を組む。その後ろに遊撃部隊のように冒険者達が陣取る。門が締まる音がした。レオは高々と突き上げた剣を真っすぐ森へ向けた。
「突撃ィィィィィィ!!!!!!!」
最後の総力戦が始まった。




