03-24.急げ!レミト村へ
ワックルトの門兵には既に通知がされていたらしく、竜車でエル達が近付いてくると大きな声でこちらに叫んで来る。
「停車しなくて良い!そのまま駆け抜けろ!!」
「ありがとうございます!!」
「レミト村を頼んだぞ!!!」
何人もの兵士が力強く拳を突き上げている。御者席に座るリックが片手で手綱を握り、その拳に応える。そのままレミト村まで続く街道に沿って走り続ける。リック達の雰囲気を察したのか、ノエルも少し速度を上げる。エルが荷台から御者席に移り、ノエルに話しかける。
「ノエル!無理はしちゃダメだよ!」
すると、ノエルは嬉しそうに返事をする。ノエルは本当にエル達の言葉を理解しているのかも知れない。いつもならのんびりと走るこの街道も今日はいつも以上にレミト村を遠く感じていた。今、この瞬間にも村が魔物に襲われているかもしれない。そんな不安に駆り立てられながら竜車は速度を落とす事無く進み続ける。
「こんな事になってって言い方は良くないけど、ヒマリさんには先にレミト村に戻って貰ってて良かったのかもな。大きな戦力になってるはずだ。」
御者席に座るリックとエルが会話をしているのを、他の皆は荷台から頭を出して聞いている。
「そうだね。相当ゴネてたみたいだけど、ノーラさんが説得してくれたからね。」
「俺達もヒマリさんが傍にいるとどうしても討伐の時に頼っちゃいそうでさ。危険な状態になってもヒマリさんいるしって思っちゃいそうだったから。」
「うん。あまりにもレオ達と一緒にいさせてもらい過ぎてたからね。ダン先生の言ってた冒険者としての自立した経験って言うのがこう言う事だって痛感させられてるよ。」
そんなリックとエルの会話にエドガーが加わる。
「前にも話して貰ったけど、銀ランクに昇格したら拠点をレミト村に移すって言ってたけどさぁ。俺達が済む家とかあるだろうか。」
「そこは大丈夫だな。今、レミト村は拡張されてて防壁内も結構まだ空き地はあるはずだから。俺達が小屋建てたあたりもまだ空き地ばかりだったし、俺達はギルドや商店からは少し離れた場所に建てたからもしかしたらまだ空いてる土地があるかも知れない。スタンピートを落ち着かせてシスターに相談してみようぜ。」
リックは自分の不安を振り払うように努めて明るく振る舞った。エドガー達はレミト村を訪れるのは初めての経験で、何ならワックルトから北へ向かう事も初めてだと言う。当然、幻霧の森を見た事も無い。
「幻霧の森ってどんな場所なんだ?リック達は中に入った事があるんだろ?」
「師匠や先生たちが付き添ってくれた状態でだけどな。最初は何か気持ち悪い感覚がするだけだったんだけど、ジュリア先生に魔力循環とかを習って練習するようになってから、それがすげぇ数の魔物に見張られてる気配って言うか、幻霧の森特有の雰囲気に中てられてるんだなって気付いたんだ。」
「中てられた魔物にもあったか?」
「俺は遭遇した事はないけど、エルはあるぞ。」
エドガーとティルダが驚いた顔でエルを見る。
「僕が遭遇したのはリザードマンだった。ダン先生達が倒してくれたけど、僕達だったら間違いなく殺されてたと思うよ。」
「やっぱりそうなんだな。幻霧の森に中てられた魔物はより凶暴になるって話は聞いた事あるんだが。」
「うん。それはダン先生も言ってた。どう判断するかは目を見るしか無いんだって。」
「目?」
「そう。僕達の目はこうやって黒い部分と白い部分が分かれてたりするじゃない?」
「あぁ。」
「それが全く分からなくなるくらい真っ赤に染まるんだ。そうなると魔素に中てられちゃってる証拠なんだって。」
「しかし、たくさんいる魔物の中でそれを判断するのは難しいな。」
「そうだね。ダン先生もそれは経験を積むしかないって言ってた。だから森に入って依頼を受けられるのが金ランク以上に設定されてるんだと思うよ。それに獣人族の人達の種族開放とも状態が似てるから間違いやすいんだって。」
「種族開放?」
種族開放。それは人狼族や牛人族のように種族としての能力を一次的に限界突破して開放する技能を持つ種族がその力を開放する事を言う。その時にも目が赤く染まるのだが、中てられた魔物と違うのは、中てられた魔物は眼球が完全に赤く染まるのに対して、種族開放では瞳孔部分だけが赤く染まるのだ。しかし、これも一瞬で判断出来るものではない。
「一番分かりやすいのはね。種族開放の場合は理性を失う訳じゃないから、普通に会話が出来るんだって。だから、まず怪しいと思ったら安全な距離から大声で話しかけるのが一番らしいよ。」
「なるほど。それなら俺達にも判断出来そうだな。」
「うん。それに危害を加えようとする人なら呼びかけに反応しない可能性もあるけど、私達の中で呼びかけに反応しなければ敵として認定するって決めごとをしてればパーティーとして迷わなくてすむもんね。」
エドガーとティルダが違いを理解し、パーティーとしての判断方法も提案してくれた。リックが全員に確認を取って、万が一そう言う状況に遭遇した場合は呼びかけに応じない場合は敵認定とすると決めた。
すると街道の向こうにレミト村の高い防壁が見え始める。初めて目にするエドガーとティルダは目を見開いて驚いている。
「ワックルトの防壁より凄いな。それに壁によじ登れるような凸凹も無いから人型の魔物が這い上がって来る恐れも少ないな....」
「この防壁の素材、エルがレシピ見つけたんだぜ。」
リックが何故か得意げに教えるとエドガー達は声を出して驚く。
「どうやって!?」
「まぁ、それは追々な。まずは村に入ったらエルとルチアはサーム様の元へメルカ様の手紙を届けてくれ。俺達は孤児院にノエルを預けてくる。その後、俺達も代官邸に向かうからそこで合流しよう。」
そう言いながら村に近付くと防壁の上に上がって見張りをしている村人が村の中へと大声で叫ぶ。
「おぉ~い!リック達が戻って来たぞぉ!リック、そのまま入れ!」
「分かった!ノイマン、ありがとう!!!」
門をそのままくぐり、村の中央で二組に分かれる。エルとルチアはそのまま代官邸に向かって走る。入口で警備する騎士に事情を伝えると中に案内してくれた。そこにはイサドラが立っていた。
「あぁ!エル様、ルチア様、ご無事でしたか。騎士から話は聞きました。ティラーさんがサーム様にお伝えしておりますので、エル様達はそのまま執務室へお進みください。ご案内させていただきます。」
事情が事情だけにイサドラは小走りで邸内を移動する。そして二階の大きな両開きのドアをノックすると中からティラーの声で入室を促される。イサドラがドアを開け、二人に入室を促す。礼をして入室すると正面の机の奥にサームが立っていた。
「おぉっ!!エル、ルチア、良く戻った!ワックルトへの知らせが届いたのじゃな。ギルドはどう申して居る?」
エルとルチアは机の正面で臣下の礼を取り、ティラーへとメルカの手紙を預ける。サームはエル達のその儀礼に寂しさを覚えつつもしっかりと分別を弁える成長を見せる弟子達に少し笑みを浮かべる。
手紙を確認し、ふぅっとため息をつく。
「そうか、ティラー。ワックルトからの冒険者の一行が支援として向かっておる。隊長はザックのようじゃ。すまぬが、そやつらが休める場所の確保を頼む。小屋が内容であれば布テントでも構わん。野外に雑魚寝にならぬように手配せよ。」
「畏まりました。では、さっそく。」
ティラーと共にエル達も退室しようとするが、サームに引き留められる。ティラーは急いで準備に向かい、エル達は再び臣下の礼を取る。
「構わん。礼を解く事を許す。」
そう聞いて二人は立ち上がって礼をした。
「ジュリア達の教育をしっかりと覚えておるようじゃな。どんな貴族の前に出しても恥ずかしくないわ。さて、エル、ジュリア。状況を説明する。良く聞け。」
「「はい。」」
「今、村におるのは12名の冒険者。そのうち3名が金ランク以上じゃ。その代表を務めておるのがジュリアになる。その12名を現在は3組に分け、交代制で幻霧の森側の監視を続けておる。エル達3人はその3組に分かれて欲しいのじゃが。」
「サーム様、私達のパーティーは現在、エドガーとティルダと言う冒険者を加えて5名になっております。実際は6名なのですが、一人は生産職なのでワックルトに待機するようメルカ様に指示されました。」
「なるほど。そうか。良き仲間か?」
「「はい。」」
「ならばよい。ではジュリアの元に向かい、各組の加勢に加わるようにしてくれ。指示は各隊長に従うように。だが、無理はならんぞ?」
「「畏まりました。」」
「まだ魔物はこの街にはチラホラとしか到達してはおらんが魔素溜まりを発見した冒険者達からは、魔素溜まりに近づけんほど魔物は発生しておると報告を受けておる。それがいつこちらへ到達するかは分からん。ワックルトからの支援部隊と王都に折るレオ達が到達すれば、魔素溜まりの除去も出来るはずじゃ。恐らくワックルトの部隊が到達するまでに三日の辛抱じゃ。何とか耐えてくれ。」
サームの言葉に二人は力強く頷く。
「こうなって見てエルの開発したコンタルのレシピが大いに役立っておる。本当に感謝しておるぞ、エル。」
「サーム様の御指導のおかげです。」
「今は誰もおらん。いつも通りで構わぬ。」
「....はい。お師匠様の御指導のおかげと思っています。これからもレミト村だけでなくミラ州の皆さん、王国の皆さんの役に立てる冒険者でありたいと思っています。」
部屋がノックされる。イサドラがリック達の来訪を知らせる。
「よし、リック達にも挨拶をしたいが、それは事態が収拾してからじゃ。ジュリアの元へ迎え。頼むぞ。」
「「はい!」」
エル達は代官邸のホールでリック達と合流し森側にある北門を目指した。北門の防壁の上にジュリアを見つける。声を掛けられたジュリアは厳しい表情を崩す事無く、傍にいた騎士と共に防壁から下りエル達の前に来た。
「冒険者の追加は銀ランク以上のはずでは?」
ジュリアの口から思いがけない言葉を聞かされた。




