03-22.それぞれの越えるべき壁
そこからリック達とエドガー達は何度も一緒に依頼を受けるようになった。今まで組んだ事の無いパーティーと依頼を共にした事で、自分達の足りない部分が見えて来た。六人全員で受ける事もあれば、生産職のヴィオラとその技術を学びたいエルが抜ける事もある。そうやって様々なパターンで依頼を受けていた。
そんな生活を続けていく中で、エドガー達は自分達が他のパーティーに比べて、この先のパーティーとしての方向性を何も決めずに活動している事に気付き始める。エル達の様に未到達エリアに行きたいとか、騎士や導師として身分と収入を手にしたいとか、はっきりとした目標が見えていなかった。ただ漠然とランクを上げたいと言うだけで依頼を受け続けていたのだ。
エドガー達はリック達と共にギルドのクレリノの元へ訪れた。クレリノはリック達の担当職員ではあるが、リック達同席の状態であればエドガー達の相談を受ける事も規則的には可能である。エドガー達は普段リック達がどのようにクレリノと依頼などの打ち合わせをしているかを見せてもらう事にした。
そこでも大きな衝撃を受ける事になる。依頼を受けるペースや体調などもクレリノに報告し、状況によってはクレリノが依頼を出さない判断もある事を知る。他にも依頼達成で得た報酬の管理や今後の商会設立の為の資金の貯蓄まで非常に細かく自分達の活動を管理していた。
エドガー達は得られた報酬を三等分するくらいしかしておらず、パーティー単位での貯蓄はゼロだった。そう言った事もクレリノは一からエドガー達に説明してくれる。エドガーにとっては自分に必要な物は自分の収入で買う。それが当たり前だと思っていた。しかし、考えてみれば、いや、考えるまでも無く、パーティー共有で使う物はどうやって買うのか。例えば馬車・馬・共同で済む家。買おうとなった時にメンバーが全くお金を貯めていなかったら。自分だけが資金が足りなかったら。思ってみれば当たり前に気付かなければいけない所にエドガー達は気付けていなかった。
「これに関しては初心者冒険者の講習会でも説明はしているんですが、皆さん口座を作る事に意識が行き過ぎて個人分だけ作ってパーティー用の口座を作るのを忘れている事が多いんです。出来るだけ職員の方でもパーティーを組んだ時点でお伝えするようにはしているんですが、まだまだ注意喚起が足りてないのが現状ですね。これはギルドにも責任はあります。」
「ダン先生も言ってたけど、簡単なのはパーティーを組んだ時点でギルドがパーティー用口座を作る事を義務化するってのが手っ取り早いとは言ってたけど、それをしちゃうとメンバーの脱退時に揉めたりする場合があるから、やっぱり自己責任になるんだってさ。」
クレリノの説明にリックがダンから習った事も補足してくれる。エドガー達は真剣な表情で話を聞く。当然、この後すぐにパーティー用の口座を作る事は決めている。
ここでクレリノが全員の様子を窺いながらある提案をする。
「あの、リックさん達は今、クラン設立を目指してメンバーが必要で、エドガーさん達は自分達の方向性を探しながらも様々なパーティーとしての経験が必要。なら、六人パーティーとして登録してみては?そうすればお互いに気を遣わずに話が出来るようになりますし、エドガーさん達の事情もリックさん達はご理解していますから、もしパーティーを抜けたいとなっても揉めないのでは?」
六人は顔を見合わせる。クレリノがさらに続ける。
「なによりエドガーさん達の狩るボアの量に対してヴィオラさん一人で製品化するのはいつか破綻します。であるならば、商会を作った後にヴィオラさんに製品化する部門の責任者をしていただくとか、商会名義でヴィオラさんが皮製品のお店を開く事も可能です。間違いなく今、2パーティーで活動しているよりは活動の幅は広がると思いますが。」
その話にヴィオラの顔に華が咲く。店舗を持つチャンスが近付くと聞けば、それは嬉しいだろう。クレリノは注意点もしっかり伝える。
「そうなった時でもやはり揉めるのはお金の部分です。話し合って決めていただいてルール作りをする事ももちろんですが、もし不安があるなら最初はエドガーさん達だけでパーティー口座を管理して、将来的に口座を統一すると言う事も出来ますから。」
六人はもう一度顔を見合わせる。確かに今の二組の状況ならば組む事にデメリットはほぼ無い。お互いに足りない物を補い合える。その中でエドガーとティルダが討伐メインのクランを目指して脱退したとしてもヴィオラは商会に籍を残す事も出来る。それに自分達のパーティーやクランに商会があると言う事はかなり大きなアドバンテージにはなるのだ。
装備の購入や遠征・活動に必要な細々としたモノ。これをいちいち買いに走らなくても商会で常に在庫量を決めてストックする事が出来る。それを管理する者がいれば自分達は活動や依頼に集中できる。商会で利益を得る事も出来るし、討伐や依頼で稼ぐ事も出来る。クレリノが説明してくれた通り活動の幅は大きく広がる。
「まぁ、そう急いで結論を出す事も無いと思いますので、一度六人で話し合ってみてください。私としてもギルドとしても、銅ランクパーティーの中でトップの依頼達成数の二組が同じパーティーになる事は大きな利点です。ですが、皆さんの意志が一番大切ですので。」
その後、依頼ボードの中で特に今必要とされている素材を教えて貰い、明日はそれを採集する事にした。しばらく討伐依頼ばかり受けていたので、素材採集の依頼もこなそうとなった。
リック達は宿に戻る前にエルボアの元を訪ね、明日受ける予定の素材の採集の仕方やしておいた方が良い下処理などを教えて貰った。当然、エドガー達も同行している。
エルボアはリック達に「仲間を増やしたのかい?」と尋ねられたが、一時的な事と説明しエルボアもそれ以上は深く追求しなかった。その素材は痛み止めや麻酔としても使用される薬草で、取扱い方法をしっかりと教えて貰い、明日に備えた。
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翌日からの素材採集でやはりエドガー達は苦労する事となる。今までもエドガーとティルダが腕っぷしが強い事もありギルドで受ける依頼は討伐依頼がほとんどだった。採集依頼を受けたとしても討伐と一緒に受けて素材を集めるのはヴィオラの役目だった。
今日、採集場所までやってきた六人は組み分けをして採集する事にした。幸いこの辺りには危険な魔物は生息しておらず、ギルドでも鉄ランクで外依頼が出来るようになった初心者にもお勧めな場所になっている。
六人は三組に分かれた。リックがヴィオラと、ルチアがティルダと、そしてエルがエドガーと組む事になった。エドガーは元より不器用だが、気持ちが強く、失敗しながらも根気よく採集を続けられる性格だった。一つ失敗するごとにエルに「すまん。」と謝るが、エルは失敗しなければ成功が分からないと気にする事も無く丁寧にエドガーに教えていった。
「やはりエル達はすごいな。こうして一緒に活動させてもらって、自分達がどれだけ無計画に活動していたか分かる....」
「僕らの場合はクレリノがいてくれたから。それはレオ達もそうだし、何よりお師匠様がいてくれたからなんだ。だから、適当な事は出来ないねって話し合ったんだ。」
「そうか....」
落ち込んでいるエドガーにエルは優しく語り掛ける。
「エドガー達だってこれからじゃないか。まだ冒険者活動は始まったばかりなんだから。レオが言ってたよ。白金になったから冒険者が終わりって訳じゃないからなって。他の薬師や鍛冶師と同じように一生背負う仕事だぞって。」
「一生....」
「うん。だからさ、自分達が強くなりたい、もっと冒険者として上を目指したいって思うなら、僕らはパーティーを組んだ方が良いと思うんだ。僕らもエドガー達と組む事でホントに色々経験させてもらってる。色んなタイプの冒険者と連携を組めるってなかなか望めない事だってザックさんやダン先生も言ってたから。だから、前向きに考えてみて。」
エドガーは何かが吹っ切れたような笑顔でエルの言葉に頷いた。
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依頼が終わり、エドガー達は自分達の拠点でもあるヴィオラの実家倉庫に集まった。お互いに今日組み分けして依頼を受けてみた感覚を共有する為だ。こう言った事も以前の三人には無かった事だ。
「ティルダとヴィオラはどうだった。この2週間あいつらと組んでみて。」
「あたしは凄く勉強になる。特にエルさんの戦い方は私に似てるし、エルさんがダンさんから教わった事を教えて貰えるのもすごく助かってる。」
「私は二人の役に立ちたいって言うのはあるんだけど....」
ヴィオラが下を向いたまま言葉に詰まる。エドガーは「思う所があったのか」と問う。少し考えてヴィオラはゆっくりと二人に決意を伝える。
「私が出来る事はまだ全然あるって分かってる。でも、それと同じくらい私が金や白銀で討伐依頼に参加出来るようなスキルも体力も望めないって分かったの。これは、諦めとかそう言うのではなくて、ルチアにも創竜の翼の皆さんからの教えを聞かせて貰ったんだけど、高位ランクと言われる冒険者になるにはいつか努力だけでは越えられない壁がやってくるんだって。そこで無理をして命を落とす冒険者は少なくないって。忘れちゃいけないのは、高位ランクに上がる事では無くて、生き続けて街の人々の役に立ち続ける冒険者が一番偉いんだって。だから、私は討伐依頼での努力を続けながらエル達の作る商会で生産職として活きる道を見つけてみたいと思ったの。」
この三人の中でヴィオラが一番自分を冷静に見つめれているとエドガーは思った。誰しもが自分が伝説の冒険者になる、創竜の翼のような最高ランクで貴族爵を賜れるような存在になりたいと憧れる。しかし、どこかでそれは叶わない夢だと知る者がほとんどだ。その夢を追い続け、眩しい光に身を焦がし命を落とす者、光から目を逸らし新たな光を求める者。きっと全ての冒険者が迷い続け抗い続けているんだろう。
ヴィオラが判断した生産職として生きる道も決して間違ってはいない。それがヴィオラにとっては冒険者としての成功なのだから。白金ランクに慣れなくても王都やこのミラ州で誰にも負けない革細工を作れる職人になれば、それは所謂マスタリーやスミスと呼ばれる職人の最高峰を目指す果て無い道となるだろう。それもまた、厳しく険しい。
「俺はやっぱりいつか高位ランクを目指してみたい。でも、それが今の自分達にはまだ遠いって事が本当に思い知らされた。焦る事じゃないってのは分かってる!でも....あいつらは同じ時期に冒険者になったのにずっと先を走ってる。『まだ銅ランクにいる』ってだけだ。実力で言えば銀やその上なのかも知れない。そりゃ、言う奴はいるだろうさ。創竜の翼に飼われてるんだ、強くなって当たり前だとか。貴族の世話になってれば生活にも困らないんだろうとか。俺だって、思いそうになった事はあった....」
エドガーのその言葉に二人も胸が痛くなる。あまりに恵まれた状況に嫉妬をするなと言う方が難しい。しかし、リック達はそうでは無かった。
「あいつらは甘えてない。稽古だって見せて貰ったろ?命を取られるんじゃないかってくらいレオさんと打ち合ってた。ザックさん達だってエル達が参加するとなったら、いつもよりも何倍も厳しい稽古になった。ザックさんに聞いたんだ。レオさんがエル達に稽古を付ける時は同じランクの冒険者に指導するつもりでやってくれって。創竜の翼の皆さんはそうやって三人を指導してるんだって。羨ましいけど。あの稽古を毎日だ。三年も。そして魔法の稽古だって魔力が枯渇して気を失うくらいやるんだって言ってた。俺達はそこまでの努力をしたのか....あいつらに嫉妬できるくらいの努力をしたって言えるのか。俺はたった2週間だけど、すごく恥ずかしくなったんだ。自分の覚悟が。」
エドガーは意を決し、二人の目を見る。
「俺もエル達のパーティーに参加したいと思ってる。でも、今までの覚悟じゃダメだ。あいつらの努力に見合う努力を、それ以上の努力をしないと、俺はあいつらの横に立てない。ティルダ、ヴィオラ。良いか?エル達のパーティーに入っても。」
ティルダもヴィオラも真剣な眼差しでエドガーの決意に応える。
「あたしも兄ちゃんと同じ気持ちだから。いつか三人と一緒にいても恥ずかしくない冒険者になりたい。それは白金ランクを目指す事じゃないかも知れないけど。」
「私もよ。きっとまだ私達は強くなれる。それは剣や魔法だけじゃない。人として。冒険者として。だから、私達に手を差し伸べてくれたエル達の気持ちに応えたい。」
エドガーは二人の言葉を聞いて、しっかりと頷いた。
「分かった。明日、リック達にパーティー加入を頼もう。俺達はここから変わるんだ。」




