03-18.本格的な出発
村人や冒険者の助けもあり、代官の館はとりあえずサーム達が執務と生活をするには事足りる物が出来上がった。これからは少しづつ建て増しをしてもう少し利便性を出していく。
新たな防壁も幻霧の森側を優先して作業し、だいたい6割ほどが完成した。ここからは竜の牙に所属する土魔法師がコンタルの作成を行い、オーレルはワックルトへと帰還する予定だ。それに帯同する形でエル達もワックルトの冒険者ギルドへ向かう。
オーレルがワックルトへ戻る前にリック達の家を作ると意気込んでいた。大工に手を借り、二日ほどかけてリックとルチア、エルのそれぞれの生活スペース、そして共同のスペースがある少し広めの家の骨組みを木材で作る。そして壁だけをコンタルで作り窓や扉の部分は魔法で調整し、たった四日間で土台・床・壁は仕上がった。後は大工にお願いして屋根や窓・扉を設置して貰えば立派に住める家になる。
三人は自分達の家に興奮し、何度も家を出入りし、その光景はオーレルだけでなく村人や大工たちの心を癒した。
とは言ってもこれからしばらくワックルトでの生活になるので、家だけ作って家具などは本格的にレミト村での生活を始めてから購入する事にした。そしてワックルトへ出発する前に行わなければならない、『一番大事な大仕事』がエルには待っていた。レオやダン達に護衛を頼み、森の中にある小屋へと生活道具を全て取りに行かなくてはならない。
小屋にはサームから貰った書物や道具類。それに今までに作って貯めておいた錬成や調薬の為の素材などがそのまま残っている。サームの家財道具もそうだ。
最初はレオ達だけで取りに行く話になったのだが、エルが「今までの生活のお礼を森にしていない」と話すと誰もダメだとは言えなくなった。そこでレオ・ダン・ジュリアが護衛でエル達三人で森の小屋に別れを伝えに行く事となった。
エル達はこれまでの訓練によって小屋までの距離であれば休憩なく駆け足で走り抜けるだけの体力が付いていた。隊列で前方と左右の索敵をダンが見て、後方はルチアが担当し全員が駆け足で小屋へと向かう。しかし、体力は付いたがそれと同じく周りに対する気配や雰囲気を察知する能力も育った三人は小屋までの道程がこれほど恐ろしいモノだった事に今更ながら思い知らされた。
エル達は今までは何となく気分が悪くなっていた原因が、この森が発する雰囲気とどこからか常に見張られているような気配によるものだったと知った。今の自分達では小屋に辿り着く事は不可能だと思い知らされた。だからこそ、レオ達の実力もまた思い知らされることになった。
早朝にレミト村を出発し夕方前には小屋に辿り着いた。少し疲れは感じるが、三人はレオ達から「成長したな」とお褒めの言葉をいただけた。ほんの数ケ月であるが久しぶりに小屋へ帰れた事にエルは喜んだ。そこからはジュリアが陣頭指揮を取り、必要な物をダンのマジックバックへと収納していく。エルも新しい家に置く物などをまとめてダンに預けた。
それからは全員で手分けして小屋の周りの素材を採集して回る。レオ達は何頭かの魔物も狩り、素材部位も確保していた。そしてその日は全員が小屋に泊まる。静かな森が何となく懐かしく、ここに戻れなくなる事に寂しさを感じながらエルはそっと目を閉じた。
翌日早朝、小屋を出発する準備が整うとレオはエルに松明を持たせる。エル達は首を傾げながら、なぜ松明が必要なのか聞いた。
「今から小屋を焼く。このままにしておくと最悪野盗や他の冒険者の根城にされるとも限らない。まぁ、これだけ幻霧の森の中だとそんな奴はいないだろうが、念には念を入れておきたい。サーム様からも許可は得てる。しかし、最初に火を点けるのはエルの役目だ。」
エルは戸惑った。レオが言う事は理解出来る。しかし、この小屋はエルが今までサーム達と共に多くの時間を過ごしてきた大切な場所だ。それを焼くなんて。
ジュリアがエルに優しく話す。
「エルの気持ちは分かります。しかし、ここを残す事は森の為にも良くありません。しっかりと焼いておく事で憂いを失くしておく事が大事です。」
「それに焼き切った後をリックの土魔法で土と混ぜてしまえば土の新たな養分にもなる。元々素材が豊富な場所だったからね。森にとっても草木が育ちやすい場所になるはずだよ。」
エルは頷く。レオが松明に火を点ける。サームの小屋の中に置いた枯草や持ってきた藁に松明を投げ入れた。あっという間に日は勢いを増す。リックがエルの小屋にルチアがレオ達が使っていた小屋に拾付ける。皆が並んでだんだんと燃えていく小屋を見つめた。しばらくすると大きな音と共に小屋は崩れ落ちた。バチバチと言う音と共にだんだんと小屋は形を失っていく。
しばらくするとリックにダンが声をかける。
「リック。それぞれの小屋の下に穴を作ってくれ。燃えてる木が周りに影響が出ないように。」
リックは土魔法で小屋の下に穴を掘り、それによって生まれた残土で穴を覆うような壁を作る。火の勢いがほとんどなくなった所でその残土の壁で穴を塞いだ。
その作業を見つめていたエルの肩にレオがそっと手を置く。
「エル、出発しよう。」
「はい。」
エル達は形を失ったその場所に深々と礼をして別れを告げた。
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ワックルトへ到着したエル達はそのまま森狸の寝床へと向かった。今回の遠征の間はここでお世話になると決めていた。さすがに最初から使った事の無い宿屋を利用するのはエル達にとってはまだハードルが高かった。ノーラとジョバルにも事情は説明し、ちゃんと宿代を支払う事にしてもらった。
そこまでを見届けたオーレルとはここでお別れになる。オーレルは寂しそうに三人の頭を撫でる。
「エル、リック、ルチア。ワシがお主達にしてやれる事はここまでじゃ。これからは貴族として施政者としての立場を守らねばならん。しかし、ワシは変わらずお主達を見守っておるからな。どうしても自分達の手に負えぬ事が起こった時にはワシを頼れ。良いな?」
三人はしっかりと頷き、オーレルのその逞しい体に抱き着く。オーレルは嬉しそうに笑う。
「お爺ちゃん。ありがとう。僕、頑張るからね。」
「エル、お前は今でも十分頑張っておる。もう少し人生と言うものを楽しんで歩め。」
「爺ちゃん、爺ちゃんに負けない土魔法を身に付けるからね。」
「リック、そなたはしっかり毎日精進すればワシなんぞあっという間に追い抜ける。励め。」
「お爺ちゃん。今までありがとうございます。お爺ちゃんの作ってくれたスープ、上手く作れるようになったらまた食べてね。」
「ほほほ!ルチア、あのスープの肝はコショウの量じゃ。色々と研究してみる事じゃ。」
三人の抱きしめる力がグッと強くなる。別れの時が近付いていた。
三人はオーレルに向かって深々と礼をする。
「オーレル様。今までの御恩忘れません。オーレル様に褒めて貰える冒険者となります。」
三人が顔を上げ、目を真っ赤にしながら宿を出て行った。残されたオーレルの目から次第に涙がこぼれ始める。ノーラとジョバルがオーレルを気遣う。
「良い弟子に育ったじゃないか。オーレルさん。」
「そうだよ。自慢の孫だね!!」
「....当たり前じゃ。ワシが、サームが、レオ達が、お前達が、大事に大事に見守った子らじゃ。これから創竜の翼なんぞ霞むほどの活躍をするぞ....」
溢れ出る涙を拭い、二人に「館に戻る」と告げる。二人はオーレルに臣下の礼を取る。オーレルの目には新たな決意が生まれていた。
あの子達に見せられないような世には出来ん。ワックルトを見事に立ち直らせて見せる。オーレルは沸き上がるやる気に満ちていた。
・・・・・・・・・・
エル達は次々と零れてくる涙を必死に拭いながら冒険者ギルドまでの道を歩く。分かっていた別れではあった。もう今までの様に一緒に冒険する事は出来なくなる。しかし、オーレル達に情けない姿は見せられない。自慢の弟子と言われるように精進しなければ。
感情を落ち着かせ、冒険者ギルドに入る。受付嬢に声をかけクレリノを呼んでもらう。するとカウンター一番奥の席を案内された。三人が座って待っていると、いくつかの資料を抱えたクレリノがやってくる。
「エルさん、リックさん、ルチアさん。お久しぶりです!おかえりなさい。」
「ありがとう!クレリノさん。やっと冒険者依頼を受けられる状態になったよ。」
基本的にはクレリノとの会話はリックが受け答えをする。クレリノは三人が受けられそうな依頼を既にピックアップしてくれていた。しかし、三人はまず王都であった事、その後レミト村であった事をクレリノに報告する。当然、クレリノも冒険者ギルドからある程度の事は話が通っているが、エル達がレミト村に活動拠点を移す事などはこの場で初めて知った。
「そうですか。分かりました。私もレミト村の冒険者ギルド支部へ異動願いを出しておきます。」
「えっ!?大丈夫なの?」
「まさか、レミト村に移るから私との専属契約を終わりたいと言う事では無いですよね?」
不安そうに三人の様子を窺うクレリノに三人は慌てて否定する。
「何言ってんだよ!クレリノさんにずっと専属で居て貰いたいけどさ、そう言うのって出来るもんなの?」
「問題ありません。レミト村に支部の設立要請が出た時点で、こう言った状況も予想されていたのか既にサレンさんとギルドマスターからは許可は出ています。」
その話を聞いてルチアが基本的な事をクレリノに確認する。
「って事は、レミト村に冒険者ギルドの支部が出来るって事は正式に決まったって事だ?」
「はい。本部からの正式通達は五日前にありました。四日前にワックルト領主様に支部ギルドのギルドマスターがご挨拶に伺い、昨日、レミト村代官様にご挨拶をさせていただく為ワックルトを出発しました。」
「なるほどぉ。少し決定までに時間かかった感じだね。」
「さすがにこれから発展が期待される村ですから。万全に万全を期すと言う事でマスターの選出やギルド員の決定に時間がかかりました。」
「なるほどねぇ。誰がギルドマスターになるか楽しみだな。」
そう言うとクレリノは少し笑みを浮かべながら三人を見る。
「ですから、今日は私の後ろにサレンさんがいらっしゃいません。」
「........あっ!そうか!ギルマスはサレンさんなんだね!?」
「はい。ずっとメルカ様を支えられていたサレンさんですから、私達職員としてはまさかこの話を受けられるとは思いませんでしたが、メルカ様から提案されて二つ返事だったと伺いました。」
「良かったねぇ。知り合いがギルドマスターで。」
「....しかし、お仕事には私情を挟まない方ですから、そこは厳しく出来る方ですので。」
その中で今の所はレミト村のギルドが開設されても恐らくエル達のパーティーで受けられるような依頼はワックルトに比べれば極端に少ないだろうとクレリノは予想していた。なので、クレリノとしては銀ランクに上がるまではワックルトで集中的に依頼と訓練会を受けて貰い、半年を目途に昇格を目指そうと提案した。エル達もそれに同意した。
「半年かぁ。相当頑張んないとな!」
「レオ様たちは三ヶ月で銀に上がったそうですよ。」
「さすがだなぁ!負けてらんねぇぜ!」
「リック!焦っちゃダメって師匠に教わったばかりじゃない!」
「分かってるよルチア。クレリノさん、補佐頼みます。」
「もちろんです。お任せください。」
そう言ってクレリノは用意していた資料をいくつか三人に見せる。それは依頼だけでなく、今後の計画を書いた物もあった。
「まずはお話の中でダン様が仰ったように、エルさんに商業ギルドや素材関連の依頼を集中的に受けていただき、リックさんルチアさんには討伐依頼と採集依頼を受けていただくのが良いかと思います。しかし、討伐依頼の最初の数回に関しては申し訳ありませんが三人で受けていただくのが決まりとなっています。それを問題なく達成出来るようであれば、お二人で受けていただく許可も下りると思いますので。」
「分かった!じゃあ、まずはどう言う依頼が良いかな?」
資料をペラペラと捲りながらクレリノはいくつかの依頼書を三人の前に置いていく。
「まずは討伐依頼に関してはノーブルボアクラスで止めておくべきだと思います。まだ討伐依頼に慣れていないのもありますし、それ以外にもこれからのレミト村の発展によってはボアの皮が枯渇する事も予想されます。各ギルド支部の備品購入や冒険者の移住によって需要が高まる予想です。狩りをしてボアの皮は納品せずストックしておき、値段が少し上がり始めた所でまとまった数を商業ギルドに納品すれば商業ギルドのランクも上げる事が出来ます。」
「え?上がり切った所で売った方が高く買い取って貰えるんじゃないの?」
リックの言葉を聞き、クレリノが真剣な眼差しで三人を見る。
「そうですね。ここで皆さんにちゃんとお話ししておきましょう。」




