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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-16.代官、レミト村到着

 サームはアンクレットに対して深々と礼をし、己の考えを伝える。


 「アンクレット様、この者達の考えを後押ししたのはワシとエルボアでもあります。であるならば、ワシも彼らの決断を手助けしてやりたい。どうでしょう?ワシとエルボアの連名でアンクレット様に対してレミト村への薬師ギルドの設立を願い出る。しかし、長年の妨害行為や不正などを鑑みて、現在の薬師ギルドと関わりない新たなギルドの立ち上げを望む、と言うのは?」

 「深緑の賢者と薬神の名前を引っ張り出すと言う事ですか?」

 「こんな老いぼれ二人の名前で若き者達の未来を助けられるなら、いくらでも差し出しましょう。」


 サームは楽しそうに笑う。オーレルも高らかに笑い、それに釣られてアンクレットも小さく笑ってしまった。


 「サームにそこまで言わせて検討しないと言う訳にもいきませんね。ミラ州領主である父にもすぐに相談します。コニーさん、レントさん、今しばらくお待ちください。しかし、これをもし立ち上げるならば早急に今のギルドからは籍を抜く事を勧めるわ。今の本部ではそれに対応するだけの余裕はないでしょうけど。....うん。こちらも水晶便で王都に確認を取ります。領主権限での辞職を認めても構わないかどうか。それでいかがかしら?」


 コニーとレントは深々と礼をする。


 「数々のご配慮、ありがとうございます。お任せ致します。」


 アンクレットはふぅっと息を吐き、今回の会合の終了を告げた。また集まる機会は何度も設ける必要があるだろう。街の改革がそう簡単に終わるモノでは無い。


 ・・・・・・・・・・

 サームはその足でエルボアの店へと向かう。しかし、以前とは違い今はもう代官だ。サームには直属の騎士が6名就く事となった。サームの前後を守りながらワックルトの街を歩けば、どうしても目立ってしまう。サームはため息をついて足を止め、警護隊長に声をかけた。


 「そなた達への命令権限は誰にある?」

 「はっ!任命権はアンクレット様に御座いますが、活動の中での命令権は全てサーム様に従うよう聞いております。」

 「そうか。であるならば、今後儂と共に街の中を歩く時にはその兜の着用を禁ずる。」


 サームの言葉に隊長だけでなく騎士達も戸惑うが、サームは言葉を続ける。


 「ここは街の中、そしてつい先日まで領主のバカ息子が幅を利かせておったような所じゃ。そこへ儂も含めお前達が仰々しく歩いてみぃ。領民達はまだ警戒態勢が続いているのかと不安になるわい。出来れば鎧も来てもらいたくは無いがそこまでは望めんじゃろう。兜の着用は禁ずる。良いな?」


 サームの言葉に騎士たちは兜を外し脇に抱える。すると一人の少女がサームへと近寄って来る。サームは身を屈め、少女と向き合う。


 「サーム様、つかまっちゃったの?」

 「ほほほ。こりゃユリでは無いか。ほほほ。違うぞ?この者達はワシを、そしてユリ達を守ってくれる為におるんじゃ。だから、ほれ?優しい顔をしておるじゃろ?」


 少女はそう言われ、騎士たちを見上げる。騎士たちは思わずギコチナク笑う。少女はサームに向かって頷いた。


 「もう怯える事はないからな?今までの様に通りに出て皆で遊びなさい。でも、馬車には気を付けるんじゃぞ?」

 「うん。サーム様、きしさま、ありがとう。」


 そう言って少女は路地に走っていた。サームは立ち上がり腰をぽんぽんと叩きながら騎士達へ話しかける。


 「良いか。街を守る、領民を守ると言う事はあの笑顔を守ると言う事じゃ。ならば守るべき自分達がその相手に対して威圧感を与えてどうする。まずは領民と手を取り合える騎士となりなさい。....少なくとも、儂に就いておる間わの。」


 騎士達は真剣な眼差しでサームの言葉に頷いた。


 「後は....笑顔の特訓じゃな。」


 そう言ったサームに騎士達は照れ笑いをしながらエルボアの店へ向かった。


 ・・・・・・・・・・

 「おるかのぉ?」

 「いらっしゃいませ!あっ、サーム様!おかえりなさい!師匠!サーム様がお見えです。」


 おかえりなさいと言って貰える嬉しさをサームは噛みしめる。奥からエルボアが顔を出す。


 「なんだい。うちはそんな騎士が揃ってくるような店じゃないよ。」

 「実は話があっての。奥、良いかの?」


 サームの態度に何かを察するエルボア、めんどくさそうに返事をする。


 「入んな。あんたたちは裏口と奥の部屋を警護しな。店の中にいられちゃ、商売の邪魔だよ。」


 騎士達は慌てて敬礼をし、奥の部屋へと入って行く。以前にアンクレット達と密談をした部屋だ。サームは先ほどの会合であった事をエルボアに話す。エルボアはため息をつく。


 「やっとテオルグ卿も重い腰を上げたかい。まぁ、レミト村に冒険者ギルドが出来るのは良い事だ。これでケーラ村の事を思ってケーラ村で活動していた冒険者達が少しは報われるさ。しかし!薬師ギルドの件はあたしは聞いちゃいないよ?」

 「すまぬ。ギルド職員達があそこまで決意を固めておるとは思わなかったんじゃ。この通り謝る。相談せず名前を出して済まなかった。」


 エルボアは幼い子供を叱るように説教する。


 「ホントにあんたは昔っからそうだ。思い付きで行動し過ぎなんだよ。ほんっとに!その性格がエルに影響しない事だけを祈ってるよ。........まぁ、分かった。今のワックルトギルドには可愛い教え子達が何人もいるからね。無視は出来ないさ。」

 「エルボアはどうする?レミト村へ行くか?」

 「ふんっ!見くびるんじゃないよ。この街にはまだあたしが面倒見てる人が大勢いるんだ。それを全部放り出していけるほど耄碌しちゃいないよ。」


 サームはこれからのレミト村での事をエルボアに詳しく話し、エルボアはそれを聞きながら何通かの手紙をしたためた。アンクレットとテオルグ卿に宛てた新ギルド設立の要望書とサームへの委任状だ。これによってレミト村での新しいギルド設立の後押しをしようと言う事だ。


 「それよりもサム、エル達の事はどうなるんだい?もう森では暮らせないだろう?」


 その事についてもサームは今後の事を話す。しかし、騎士達が同席しているのでエルのスキルや種族の話は一切出来ない。これに関しては時期を改めてエルボアには話すつもりでいる。とりあえずサームが住む予定のレミト村の代官の館にもエルの部屋を作るつもりではあるが、恐らくエルには断られるであろうと考えている。リックとルチアに関しては孤児院のシスターと相談して今後の事を決めるつもりでいる事。変わらず三人がパーティーとして活動を続ける事は伝えた。


 その後、サームはアンクレットよりレミト村・ケーラ村代官任命書を渡され、エルやレオ達と共にレミト村に向けて出発した。


 ・・・・・・・・・・

 ワックルトの領主の館の執務室ではアンクレットとオーレル、そしてミランダが薬師ギルドのコニー達から齎された前ギルド長と前領主の不正を書き記した書類を確かめていた。前領主の不正に関しては明らかにした所で既に処分は済んでいる。問題はその不正を共に行った相手だ。それを事細かに書き記している。どれほどの時間と労力をかけたかは書類から滲み出ている。


 アンクレットが書類に目を落としたままオーレルへと声をかける。


 「オーレル様?そんなに窓の外を気になさって、どうされたのですか?」


 オーレルはビクリと身じろぎし、ミランダも作業を止めオーレルを見る。オーレルは明らかに動揺しながらアンクレットの言葉に答える。


 「いっ..いや!何も無いぞ?」

 「はぁ....バレバレです。サーム様達はもう出発されました。レオさんやエル君達もです。」

 「そっ..そうか。これからが大変じゃのぉ。」


 アンクレットはため息をつきながらオーレルの為に一芝居打つ。

 パンッ!と手を打ち、ミランダに向かって声を掛けた。


 「そうでした!ミランダ。サーム様にお渡しするはずだった鉄鉱石。渡してくれたかしら?」


 そこは生まれた頃からアンクレットの身の回りを世話してきたミランダだ。すぐにアンクレットの言葉の意味を受け取る。ミランダは申し訳ない顔をしながら芝居に乗る。


 「いえ、出発までに数が整わず、先ほど準備は出来たのですがサーム様が出発された後でございましたので。アンナ様がサーム様には内緒でお送りしたいと仰っていたので、無理にお引止めも出来ず。申し訳ございません。」

 「そうですか....それは仕方ありませんね。しかし....そうですね。鉄鉱石とは少し選ぶ物を誤りました。鉄鉱石をお渡ししたとしても今のレミト村には鍛冶師がいないと仰っていましたものね。鍛冶ギルドの支部が出来るとしても、まだ二月(ふたつき)以上は先の事でしょうから。何も手を付けらないですわね。」


 その会話を聞きながら、オーレルは何かソワソワしている。アンクレットとミランダもその様子は見えている。


 「鉄鉱石からインゴットを作れれば農具や街の防衛などにも役立てて貰えると思ったのですが。それ以前の問題でした。」

 「そうでございますねぇ。アンナ様、いかがでしょう?オーレル様に鉄鉱石をレミト村にお持ちいただき、インゴットにする所までお願いしてみては?そこから先は鍛冶ギルドに依頼するかたちにしてみては?」

 「なるほど。オーレル、どうでしょう?頼めますか?」


 さすがにここまで話を整えられて気付かないオーレルでは無い。立ち上がりアンクレットとミランダに向けて深々と頭を下げる。


 「二人のお気持ち、有難く頂戴する。」

 「では、頼みましたよ。あの鉄鉱石の為に十数人の騎士で隊列を組んで向かうよりもオーレルのマジックバックでオーレル一人で行っていただいた方が何十倍も安全ですから。」

 「分かった。しっかりお届けする。」


 早速、準備を始めようと退室しようとするオーレルの背中にアンクレットが声をかける。


 「あぁ、それと!エル君達の家も作らなければいけない事になるでしょう。ワックルトから派遣した土魔法師は代官の館にかかりっきりでしょうから、オーレルが大工と共にエル君達の家を建ててあげてください。ついでにリックさんへの土魔法の指導もしてきてください。」


 オーレルは驚いて振り返るが、笑顔だったアンクレットは真剣な眼差しに変わる。


 「しかし、これが最後です。オーレルがあの子達のお爺様として直接手を貸してあげられる最後の機会です。これからは施政者と冒険者としての関係を守っていただきます。良いですね?」


 オーレルにとってこれがどれだけ辛い決断かをアンクレットは重々承知している。しかし、施政者が特定の冒険者や領民に肩入れし過ぎる事はいらぬ疑いを生む。立場は上の者が率先して弁えなければならない。当然、オーレルもその事はアンクレット以上に分かっている。

 オーレルは再び頭を下げる。


 「畏まった。」

 「期間は二ヶ月です。それまでにリック君に心置きなく指導を。」


 オーレルに言葉は無く、たくましいその二の腕の筋肉をグッと盛り上げて笑顔で部屋を出た。

 アンナとミランダはため息をついて、作業に戻った。


 ・・・・・・・・・・

 サーム達がレミト村へ到着するのにはいつもの倍の時間がかかった。普段ならば全員が竜車に乗り移動できるが、今回は騎士や従者、建築資材にそれに関わる職人が一緒だ。ほとんどの者が歩きの為、進行速度はそれほど上がらない。

 やっと視界の先にレミト村の丸太で出来た防壁が見えてくると村の入り口に何人かの冒険者と村人が集まっているのが見えた。


 リック達がサーム達に先んじて隊列を離れ、村の皆に安全である事を説明をしに行く。サーム達が入り口に着く頃には何事かと沢山の人が集まっていた。騎士隊長であるバルが村人に声をかける。


 「レミト村の皆、驚かせてしまってすまない。この度、ワックルトでの騒動は皆も聞き及んでいると思う。それに伴い、ミラ州領主様からレミト村とケーラ村に代官を置く事を決められた。今日はその事を伝えにきた。申し訳ないが、手が空いている者は村の広場に集まってくれるだろうか。不安に思う事もあるだろうが、まず説明を皆にさせて欲しい。リック、孤児院の皆さんにも声をかけてくれるか?エルとルチアは皆に声をかけてくれないか?」

 「「「分かりました!」」」


 エル達が一斉に駆けていく。一行もゆっくりと村の広場へと進んでいく。バルはこの数日間ではあるが、エル達と率先して会話する事で自分の中に沁みついた騎士としての領民への対応の仕方を改めていた。少し会話をしてはエル達に「どういう部分に威圧感を感じるか」「どう話せば親近感を持ってもらえるか」を相談しながら試行錯誤した。それは他の騎士達も同じだ。あまりに砕け過ぎず、それでいて威圧感を持たせない印象と言うのは思いの外に難しかった。


 村の中央にある広場には少しずつ人が集まり始めていた。村の奥からはシスター・エミルに連れられた子供達もやって来た。エル達も戻り、ほとんどの村民が集まっていた。

 皆の注目を集める中、隊長のバルとサームが前に出る。


 「レミト村の諸君、忙しい中に集まって貰ってすまない。今日よりレミト村に着任される代官のサーム・キミア様から皆に挨拶がある。」


 バルが一礼と共に後ろに下がる。サームが村人に礼をし、言葉を預かる。


 「レミト村の皆、久しぶりだの。急にこのように大勢で押し掛けてすまない。ワックルトの前領主による不正や圧政によって、この村の皆にも苦労を掛けてしまった事、この国の貴族として本当に申し訳なく思っておる。今後ミラ州北部、特にワックルト領内の治世改革をミラ州領主様が行われる事となった。これは国王陛下も大きな関心を示されており、改革の経緯は逐一王都へ報告される事となっておる。ワックルトの新しい領主様は臨時ではあるが、ミラ州領主のテオルグ様の御息女、アンクレット様が勤められる。そして、国王陛下より直々にレミト村とケーラ村の代官を拝命したのが、王国貴族侯爵位サーム・キミアである。皆には今後の事で色々と不安を感じている者もおるであろう。これからの村の事について少し話をするのでな。すまぬが時間を貰いたい。」


 これまでにレミト村に対して援助を続けてくれたサームが代官になった事で喜ぶ部分もある村民達だが、それと統治体制が変わり改革が行われる事はまた違う。今まで一度も置かれた事の無い代官を急に置く事になった。その事に不安があるのも偽らざる正直な気持ちだ。


 サームは村民たちのそんな表情を読み解きながら演説を始める。

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