03-15.今後のワックルトと薬師ギルド
数日後、領主の館の執務室にはワックルト内にある全てのギルドの責任者が集められていた。
冒険者ギルドマスター、メルカ・グラジオラスと筆頭職員のサレン。商業ギルド長、トワムと特級受付嬢ミレイ。鍛冶ギルド長、セロンと筆頭職員チェザル。錬金術ギルドマスター、リモンと筆頭職員ピウス。そして、薬師ギルドは筆頭職員のコニーと補佐のレント。これはワゴシが本部ギルド長を解任される際、ワゴシと共に不正・ギルド会員に対する圧力や贔屓をしていた職員を総辞職させた為、ワックルトの薬師ギルドもまだギルド長が就任していない為だった。
各ギルド長が応接室のソファに座り、補佐は後ろに立つ。新しい領主の入室を待っていた。部屋の奥にある扉が開き、数人が入室するタイミングで全員が起立して迎える。
入室したのはアンクレットの他にアンクレットを補佐する家宰のミランダ。そしてサーム、オーレルが続く。アンクレットが領主の机に座り、サームとオーレルはその机の脇に設けたソファに座る。
アンクレットは民衆に挨拶した時とは違い、厳しい表情で各ギルド長と向き合う。
「各ギルド長と代表の皆にお集まりいただき、光栄です。私がこの度、ワックルトの臨時領主となりましたアンクレット・アルシェード・フォン・ミラです。どうぞ、おかけください。」
全員がアンクレットに深々と頭を下げ席に着く。アンクレットはそのまま話を続ける。
「この度の前ワックルト領主の圧政や不正、そして様々な問題で領民ならびに各ギルドに迷惑をおかけした事、アルシェード家として深く謝罪致します。これからはこのような事が起こらぬよう隅々にまで目の届く統治をお約束致します。さて、皆様にご紹介いたします。まず、オーレル・ロンダルキア様。この度陛下よりこのワックルト領統治の補佐を拝命されました。」
「オーレル・ロンダルキアである。皆、宜しく頼む。」
各ギルド長含め、アンクレットとサーム以外の全員がオーレルに対して臣下の礼を取る。公爵の爵位を返上されたとは言え、陛下の弟君、その方がこの辺境都市の治世補佐になるとは。メルカはサームより事前に聞いていたが、他のギルドは驚きを隠せない。それほどアルシェード家だけでなく王政はこのワックルト領の問題を重く見ていると言う事だ。
「そして、ご存じの方もいらっしゃるかも知れませんが、こちらはサーム・キミア侯爵。この度、国王陛下より直々にワックルト領内のレミト村・ケーラ村の代官の任を拝命されました。」
「サーム・キミアである。顔なじみの者もあるが、今後もよしなに頼む。」
この発表にも驚きを隠せない。まさか、今まで一度たりとも代官の任を置く事の無かったレミト村とケーラ村に侯爵位を持つ貴族が代官として遣わされるとは。しかも、レミト村・ケーラ村に代官を置くと言う事は、今までのようにワックルトの治世を代官に任せて領主は王都なり州都で暮らすと言う事が無い事を示している。
アンクレットが続ける。
「皆も気付いている通り、これからはこのワックルトに代官は置きません。私が常駐し、オーレル様と共に統治して参ります。代官であるサームと密に連絡を取り合い、これまでのような圧政・不正が起こらない統治体制を布いていきます。」
アンクレットよりそこで発表されたのは、薬師ギルド本部の次期ギルド長に関してはギルドの決定を待ち、その内容によっては支持する事を前提に考えていると伝えた。それはワックルトのギルド長に関しても同じだ。
そして、領主と共に不正を働いていた者に関しては各ギルドで徹底的に調査をしてもらい、各ギルドが責任を持って領民へ報告して欲しいとした。領主の館で働いていた者の中にも領主や代官と結託し、不正を見逃したり、自らも不正をする事で懐を潤していた者がいた。この者に関しては既に処罰は済んでいると発表された。だれもどのような処罰かは聞かない。聞いた所でその者は恐らくもういないからだ。
「そして、これはミラ州領主からも要請が出る事になっていますが、冒険者ギルドにはレミト村に小さくても構わないので、ぜひ支部を置いてもらいたいと思っています。王都の本部にも当然お伺いは立てますが、メルカさん、どうお考えですか?」
メルカは小さくアンクレットに向けて礼をしてから発言する。
「ギルドとしては大変有難い提案です。ギルド支部に関しては国王陛下または領主様の要請無くして建てる事が出来ません。許可、ではなく、要請です。我々が建てて良いかとお伺いするのではなく、建ててくれないかと言っていただけるまでこちらは待ち続けなければなりません。レミト村に関しては以前よりギルド支部立ち上げの話は我々の中でも話題に上がっておりました。本部も間違いなく建てる方向で決断すると思われます。」
メルカは最大限の皮肉を込める。これにはアンクレットの後ろに立つミランダの眉間に少し皺が寄るが、メルカは一向に構わず話した。それを聞いたアンクレットも表情を変える事無く、小さく頷く。
「そのお話は以前にサームより聞いた事があります。その制度についてもギルドからも話を聞く事はもちろんですが、冒険者達の意見も聞いてみたいと思っています。必要によってはミラ州領主、または国王陛下に聞いていただく必要もあるかと考えています。」
「ありがとうございます。ぜひ機会を設けさせていただきます。」
「メルカさんの考えで構いません。最速でいつ頃に許可が下りそうですか。」
メルカは少し考える素振りをする。さて、どう答えたものか。メルカからしてもギルド本部へは返事を相当急かすつもりではいる。待ちに待ち続けた支部建設だ。気が変わる前に工事に入りたい。
「水晶便でこちらから再三返事を急かすつもりではおりますので、ひと月の間には建設計画書がワックルトに到着すると考えております。」
本部から支部を建てる予定の街や村に最も近い冒険者ギルドに新支部建設計画書が送られる。計画書などと形式ばってはいるが、メルカから言わせれば中身は「王様からレミト村に支部建ててくれって言われたから後は任せた」くらいの適当なものだ。どのくらいの規模にするか、職員はどうするか、冒険者や施政者への通知はどうするかなどは現地の職員が全て責任を持って行うのが通例だ。
「こちらから本部に話を通した時点で、ワックルト冒険者ギルドとしてはレミト村とケーラ村へ至急職員を送り、冒険者達の話も踏まえながら支部の規模を計画書が来るまでに決める予定です。これは現地で働く職員の決定やレミト村で施工して貰う土魔導師や木工技師、大工に至るまで返事が来るまでに決定しておき、返事が来たらすぐにレミト村に発つように準備いたします。」
それを聞いたアンクレットは満足そうに頷き、隣に座るサームへと声をかける。
「レミト村代官としてこの話に何かある?」
アンクレットの質問にサームは首を振りながら答える。
「代官としても大変有難いお話。レミト村は近年非常に発展目覚ましい村。これに冒険者ギルドが支部を建ててくれれば追い風が吹くのと同じ。まぁ、欲を言えば他のギルドも支部を建ててくれればあっという間に町レベルまで人が集まりそうではありますがな。それは少し欲をかきすぎですな。」
そう言って高らかに笑う。錬金術ギルドや薬師ギルドの職員達は苦笑いしているが、商業ギルドのトワムと鍛冶ギルドのセロンは真面目に話に頷いていた。トワムが話に入る。
「わたくし共と致しましても、アンクレット様より要請があればすぐに支部設立の検討を本部に持ち掛けます。このレミト村の発展に乗れなければ商人ではありませんので。」
「儂等、鍛冶ギルドも同じじゃ。本来ケーラ村の更に西にある『アリマンの岩場』には数多くの鉱石や宝石が埋まっておる。それを採掘し作業する場をレミト村、出来ればケーラ村に持てるならぜひ本部と掛け合わせてもらいたい。」
二つのギルドからの申し出にアンクレットは早急に州都ミラへ相談すると返事をした。両ギルドも本部ギルドの返事を待つ事無く準備は進めると話した。
「そして、最後に....」
そう言ってアンクレットは薬師ギルドの代表として座る筆頭職員のコニーをチラリと見る。猫人族のコニーは全身の毛をゾワゾワッと振るわせて緊迫した空気を感じる。
「ギルド長の選任などは薬師ギルドに任せてありますが、今後の薬師ギルドとしての運営をどのようにお考えですか?薬師ギルドの一部職員やギルド長が一定の薬師や薬師を志す者に対して、妨害や嫌がらせのような行為が行われていた事は王政はおろか陛下御自身もご存じです。今後の身の振り方は陛下も注目されている事と思いますが....」
アンクレットの言葉にコニーは意を決したように話し始める。
「我々ワックルト薬師ギルド職員は今までミラ州本部からサーム様とサーム様の関わる商会・薬師・人物に対して徹底した妨害を再三指示されておりました。我々は何とかサーム様に薬師としての活動をしていただきたいとサーム様が何とか薬師ギルドに関わる事無く、活動出来る方法をサーム様にお話しする事が精いっぱいでした。」
コニーが悔しそうな表情で語る中、サームは優しくコニーに話しかける。
「コニー殿やレント、そしてたくさんの薬師ギルド職員の皆に協力して貰っていた。儂の薬師資格も下手をすれば失効させられるかも知れない時もあった。しかし、今まで活動してこられたのはワックルトの職員の皆が権力に屈せず、何とか現状を変えようとしたおかげじゃ。」
サームの言葉にアンクレットはなるほどと頷く。すると、コニーに後ろに控えていたレントがアンクレットの前に立ち恭しく紙の束を置いた。
「こちらはワックルト職員によって調べられたワゴシ本部ギルド長とワックルトギルド長が今までに行ってきた様々な妨害行為と州都ミラに籍を置く商会、トエモア商会との不正な取引による金銭のやり取りを記した物です。」
アンクレットの眉が動く。そして紙の束を一枚一枚ゆっくりと読んでいく。次第に表情が険しいモノへと変わっていく。アンクレットはそれをオーレルに預けると椅子の背もたれに体を預けた。
オーレルも読み進めるうちに表情は厳しくなっていく。そしてため息を漏らす。
「これが事実ならばワゴシは恐らく謹慎では済まぬな。陽炎に調べさせよう。このトエモア商会もまだ処罰の対象にはなっていなかったはず。兄にも伝える。良く調べてくれた。」
「まさか、これほどの不正が当たり前のように行われていたなんて....私は、お父様は、一体何をしていたのでしょう....」
何かを堪えるように下を向くアンクレットにコニーが話を続ける。
「領主様、もう一つ。こちらを。」
そう言ってコニーは二枚の羊皮紙をアンクレットに預ける。それを見てアンクレットは驚いた表情でコニーを見る。
「本気ですか?」
コニーは、そしてレントは覚悟の決まった顔で頷き答える。
「そこに書かれた25名のワックルト薬師ギルド職員は今回の不正を見逃し、改善出来なかった責を取り辞職する事を決めました。しかし、その辞職の許可をせねばならない本部ギルドですら不正の温床になっておりました。よって我々はワックルトの新しき領主であるアンクレット様に職を辞する決意を伝え、レミト村にて薬師ギルドとは別の新たなギルドを立ち上げる決意をしました。」
その言葉にはサームやオーレルだけでなく、他のギルド関係者ですら驚きを覚えた。新たなギルドを立ち上げる等、この数十年、いや百年以上行われなかった事だ。職業別のギルドで最も新しい物は大工や建設に関わる者達が作ったビルダーギルドが150年ほど前に作られたと記録がある。それ以降は新しいギルドはおろか、同じ職種のギルドが枝分かれするなどと言う事は一度も無かった。
「我々はこの十数年、何度となく話し合い、今回の事で決断致しました。恐らくですが新たな本部ギルド長が選出された後も不正を行っていた、もしくは手助けしていた者達は素知らぬ顔で働き続けるでしょう。そして、ほとぼりが冷める頃にまた。であるならば、我々は我々の信じる道を進もうと決意しました。」
「取り様によっては薬師ギルドの新たな改革から目を逸らし、一抜けるような行為とも取られるが?」
冒険者ギルドマスターのメルカが厳しい表情でコニーを見る。コニーは当然であるとした上で、自分達の考えを述べた。
「私がギルド職員になって30年。後ろのレントは18年。その中で我々はサーム様はもちろん、薬神エルボア様にも幾度となくお話を聞かせていただき、そしてご指導を賜りました。我々の活動の裾野には数多くの薬師を志す者達が下ります。そしてワックルトで薬師を志す事はサーム様やエルボア様に関わりない事などありえません。そのお二人の志、信念に触れさせた頂いた一人として、もうこれ以上薬師を志す者が心挫かれる事の無いギルドを作りたいと考えました。」
「なるほど。それで、ワックルトでは薬師ギルドが二つになってしまい混乱を生むと考え、この場で発表されたサーム様のレミト村・ケーラ村の代官就任を利用したと。」
「申し訳ございません。その宣言書にもありますように、書いてあるのは現在の薬師ギルドを辞し新たなギルドを立ち上げる準備をする事だけでございました。レミト村での立ち上げはこの場で思いついた事です。」
アンクレットは決断しなければならなかった。さて、どうする。これを認めればワックルトはミラ州を預かる父親はもちろん、現在の薬師ギルドともぶつかる存在になる可能性がある。
思い悩むアンクレットの横にいたサームが立ち上がった。




