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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-14.ワックルト領主、到着

 エルボアはサームとの出会った頃の話をエル達に聞かせてくれた。それはサームが王政を離れ王都からも姿を消した40年程前の話。


 「あたしはその頃、このワックルトで冒険者のサポートとして働いてた。自分の作る薬や補助道具が自分が考えているよりも質が良いと言うのをギルド職員が教えてくれてね。ギルド内に常駐して、まぁ、分かりやすく言えばギルドで小さな薬屋を営んでたんだよ。」


 エル達は驚く。ワックルトの冒険者ギルドに今はもうその薬屋は当然無い。ギルド内に別ギルドの店があるなんて。ワックルトでの短い生活の中で子供のエル達にも理解出来るほど、それぞれのギルドは独立して活動している。時に協力体制を取る事はあるそうだがそれを見た事はまだ無い。


 そんな活動をしていたある日、エルボアの前にサームが現れた。最初はどこかの冒険者パーティーの魔導師かと思うほどの貫禄があったらしい。しかし、エルボアの前に立つなりサームは深々と頭を下げたと言う。


 「ホントにあの時は驚いたよ。急に頭を下げたかと思ったら薬学を教えて貰いたいなんて言うんだからさぁ。今のあたしならそりゃ教えないでもないけど、あの頃のあたしはやっと自分の実力を冒険者とは言えギルドに認めて貰えてやっと食い扶持を見つけられたばかりの薬師だった。そんな駆け出しの、しかも他種族の、女に頭を下げるなんて信じられなかったのさ。」


 ロンダリア王国では種族間差別が少ないとは言え、やはり人族の者の中には他種族(特に獣人族)に対して忌避感や嫌悪感を持つ人は少数いた。そう言った感情の目にエルボアが晒された事もあった。なので、自分の目の前で周りの目を気にせず師事を請うサームはエルボアにとって異質なものだった。

 当然だがエルボアは断った。しかし、サームは諦める事無くエルボアの元へ何度も通った。その中で自分が元は錬金術師の工房で働いていた事や、自分の家が幻霧の森の中にあり今後森の中で素材採取をする際に薬草や草花の知識があった方が素材を納品する際に薬師ギルドの役に立てると考えた事などを話してくれた。


 約半年に及ぶ説得に負けたエルボアは少しづつ薬学の指導を始めた。そんな矢先にサームから街に店を持たないかと提案された。とてもでは無いがエルボアのその当時の稼ぎではワックルトの市街地に店を持てるだけの蓄えは無かった。しかし、サームはもし店舗を持つ気があるのなら援助すると言い始める。店が建てば冒険者以外の者もエルボアの優れた薬を買う事が出来る。領民が病気や怪我の不安から少しでも解消されると説得されては否とは言えない。サームから資金援助を受け、今の草原の風を開業した。


 その後はサームの言う通り、冒険者だけでなく領民や商人からの利用が増えてたった五年で店舗開業資金を返す事が出来た。しかし、それに待ったをかけたのがその当時の薬師ギルドだった。自分達の知らない所で店を開き自分達が手にするはずだった売り上げを横から掻っ攫われたと主張し、薬師ギルドの管轄店舗とするか店を閉めるかどちらかを迫られた。

 管轄店舗になればギルドへ売り上げに対するいくらかの割合で上納しなければならなくなる。しかし、せっかく軌道に乗った店を手放したくもない。その時に相談したのもやはりサームだった。サームは怒り狂い薬師ギルドに乗り込んだ。しかし、「これはギルドの定めたルールだ。嫌ならば薬師ギルドの無い町か村で商売すれば良い」と門前払いを受けた。


 草原の風閉店問題にサームと共に立ち上がったのが商業ギルドだった。商業ギルドは既に草原の風と素材納品の契約を結んでおり、もし店舗が閉店となるならその素材を薬師ギルドが用意出来るのかと詰め寄った。草原の風から商業ギルドへ納品されている素材の一部はサームが幻霧の森で採取した素材も含まれていた。商業ギルドから渡された素材リストと買い取り額を見た薬師ギルドはその素材を手に入れる為に必要な経費が見合っていないと商業ギルドと交渉するが、商業ギルドからすれば草原の風とはその金額で契約し何度も納品して貰っているのになぜ薬師ギルドでは用意できないのかと反論された。


 結局、薬師ギルドは草原の風から手を引く事となったが、今後一切薬師ギルドが草原の風からの素材の持ち込みや手続き申請等に関わらないと突き放された。エルボアは薬師ギルドから追放の扱いとなった訳だが、薬師の資格はすでに持っていたし、例え薬師ギルドであっても薬師資格の取り消しは王政の許可が無くては出来ない。余程の大罪などをしない限りは資格取り消しは無いのが通例だった。


 素材の納品は商業ギルドで事足りるし、出来上がった薬も自分の店で売れば問題ない。何も不自由なく店を経営していたが、十年ほど前に俄かに浮かび上がった問題が後継者問題だった。

 エルボアはその時にはワックルトやミラ州で起こった様々なスタンピート等に派遣を依頼され、当地で薬を作り続け、スタンピートを鎮圧する騎士や冒険者の怪我を癒し、領民の不安を取り除く相談相手ともなっていた。その素晴らしい功績を評価され領民達からは『薬神様』と呼ばれるようになった。


 しかし、薬師ギルドとの関係は改善される事も無く、むしろ今の若い世代の薬師ギルド職員からすればエルボアの事を話題に上げる事は禁句とされるほどだった。そうなれば新しい見習い薬師や資格を取った新人薬師の派遣もあるはずもなく、忙しい店を一人で切り盛りするしかなかった。


 そんな時にまた救いの手を差し伸べてくれたのがサームだった。数年前に小さな男の子を連れ、店を訪れた。その少年は見た目と年齢にそぐわぬ丁寧な言葉遣いと態度で錬金術と薬学を学びたいと宣言した。その少年を見てエルボアは薬学の指導をすると心に決めた。


 「あたしはね?エル。お前をあたしの後継者になんて考えちゃいない。でも、そうやって私やサムの考えを学んだ錬金術師や薬師が生まれる事で今の腐ったギルドを変えてくれるんじゃないかと思ったんだよ。あぁあぁ!ダメだよ?エルに何かをして欲しいなんて思っちゃいないからね?お前はしっかり自分の研鑽の道を歩むだけさね。良いね?勘違いしてはいけないよ?」


 エルは真剣な眼差しでエルボアの言葉に頷く。それを見てエルボアは嬉しそうに頭を撫でた。


 「まぁ、とは言っても既に一番の厄介事だったギルド長のワゴシがいなくなるなんて事が起こるんだ。これから少しは薬師ギルドも風通しが良くなれば良いが、長い間あの男が幅を利かせてたギルドだ。完全に風通しを良くするにはしばらく時は必要だろうね。」


 そんな事を話してはいるがエルボアは笑顔だった。自分達が虐げられ続けたギルドが変わるかも知れない。そしてその波はギルドだけに留まらない。


 「そこへアルシェード家のお嬢様がどんな統治をしていただけるのか。ふふふ、楽しみだねぇ。しかし、サームはまた貴族社会に戻る事になっちまったんだねぇ。全く....不憫な男だよ。」


 エルはサームが幻霧の森からレミト村へ生活を移す為、自分も新たに家を構える事になりそうだと言う事をエルボアに伝えた。エルボアは頷きながら話を聞き、エルに今後の事について助言をした。


 「良いかい?これからはサムやレオ達と一緒に暮らせなくなるから、今までの様に守って貰える事は少なくなるだろうさ。でもね、お前さんは、いや、お前さん達は大きな大きなモノに優しく守られてる事を忘れるんじゃないよ。こうやって一人立ちさせて貰える事もその表れだよ。大事に想うが故に、お前達を厳しい環境に置かなければいけない。サムもレオ達もどれだけ悩み、決意したかをちゃんと知っときな。」


 3人は真剣な表情で頷く。成長していく為に、一人前の冒険者になる為に、サーム達から離れて暮らす。まだ同じレミト村の中にいる事にはなるが、依頼を受けて行動する時に今までの様にいつも傍にはいて貰えない。それを理解して歩みださなければならない。


 ・・・・・・・・・・

 ワックルトの門兵隊長が気付く。門の外、草原の向こうに何やら沢山の人影が見える。どうやらこちらに向かってきているようだ。方向からして州都ミラからだろうが、集団でこちらに向かう者が来ると言うような伝達は受けていない。数名の門兵に一応の注意体制を取るように指示する。

 だんだんと集団が近付いてくる。どうやら兵隊のようだ。兵の戦闘が掲げる旗が目に入る。アルシェード家の紋章だ!!


 隊長はすぐに他の門兵に整列を促す。やがて隊列の戦闘が門の手前までやってくる。すると隊列の先頭で馬に乗った騎士が隊長へ声をかける。


 「我々は州都ミラよりミラ州領主テオルグ・アルシェード・フォン・ミラ様の御息女、アンクレット様と共にワックルトへ参った。これがテオルグ卿様からの通行許可書である。確認を頼む。」

 「おっ....お預かりいたします。」


 隊長が恭しく巻かれた用紙を預かる。中身を確認すると間違いなくアルシェード家の印が押された通行許可書だった。


 「間違い御座いません。お通りください。」

 「うむ。勤めご苦労。これから幾度となく顔を合わせる事になる。宜しく頼む。」


 そう騎士は隊長に告げて隊列を進める。総勢五百名ほどの隊列だった。隊列の間には何台もの馬車が引かれている。その一台が隊長達の前で停まる。馬車の小窓が開くと、中から顔を出したのはアンクレットだった。


 「本日よりこのワックルトの臨時領主として参りました。アンクレット・アルシェード・フォン・ミラです。門兵の皆様、お勤めご苦労様。これから宜しく頼みます。」


 その言葉を聞き、隊長を含めた門兵達は弾かれたように直立不動で敬礼をする。それを満足そうに頷いて馬車が進み始めた。全ての隊列がワックルト市街地へ入ったのを確認し、門兵達は緊張を解く。


 「隊長....まさか領主様のお嬢様がワックルトの臨時領主だなんて。」

 「テオルグ様がそれだけワックルトを含めて北部地域の統治に本気を見せてると言う事だ。これからは今までのような不正は無くなる。やっとまともな街に戻れる....」


 門兵達は各持ち場に戻りながら、これからのワックルトへの期待に胸躍らせた。


 ・・・・・・・・・・

 その後、騎士の隊列はそのまま領主の館へと向かう。領民がこのような光景を見るのはスタンピートの時以来なのだが、あの時とは違い隊列が急ぐ様子も無く整然と進んでいく。領主の館に着くと馬車は全て敷地の中に入り騎士たちは門の前で通りに向かって整列する。何事が起こっているかと人々が集まり始める。

 するとアンクレットが現れ、騎士が大声で領民に呼びかける。


 「ワックルトの領民諸君、こちらにおられるはミラ州領主テオルグ・アルシェード・フォン・ミラ様の御息女、アンクレット・アルシェード・フォン・ミラ様である。これよりアンクレット様よりお言葉がある。静粛にして聞くように。」


 アンクレットは領民に向けて深く深く頭を下げる。すると領民達は驚き、慌てて自分達も頭を下げ返す。そしてアンクレットは落ち着きながらも非常に通る声で領民に語り掛けた。


 「ワックルト領民の皆々様、そしてレミト村・ケーラ村の村民の皆様。アンクレット・アルシェード・フォン・ミラでございます。私はこの度、ロンダリア王国国王陛下、ゼグリア・ロンダリオン陛下よりワックルトの臨時領主を拝命致しました。」


 この女性がワックルトの領主!?民衆はざわざわとざわめき始める。アンクレットは静かな笑みを浮かべ言葉を止める。騎士が落ち着いて「静粛に。」と声をかける。ざわめきが少しづつ治まっていく。するとアンクレットは再び頭を下げて言葉を続ける。


 「この度は私共の統治が行き届かぬあまり、あのような事態を招いただけでなく、領主・商会・権力者が不正を働くような街にしてしまった事、ミラ領主テオルグ卿含め、アルシェード家の責任でございます。誠に申し訳ございませんでした。」


 深々と下げられた頭に戸惑いを隠せない領民達。貴族が、その中でも上級と言われる公爵家の令嬢が領民に向けて頭を下げる等、あるはずのない光景だった。


 「しかし!私が領主になったからには!これまでのような不正は一切認めず、それによって利益を得た商会・権力者を徹底的に洗い出し、このワックルトから、ミラ州北部から膿を出し切るとお約束致します!!!これまで、本当に申し訳ありませんでした。先の市街地での騒動では怪我をされた領民の方もいらっしゃるとうかがっております。その方にはミラ州より補償金をお渡しするよう手続きも取ってあります。このような事が二度と無い街へ変えていきます。どうか、今一度、アルシェード家にこの街をお預けいただきたく、この不肖な小娘ながら、どうかお許しいただきたく思います。」


 アンクレットが深々と頭を下げると、騎士全員が臣下の礼を取り、使用人も全員が領民に向けて深々と頭を下げた。その光景を戸惑いながら見ていた民衆の中から声が上がり始める。


 「アンクレット様!!ワックルトをお頼み致します!!」

 「アンナ様ぁ~!!頼みましたよぉ!!」

 「あいつらを早く叩き出してくれぇ!!」

 「アルシェード家万歳ッッ!!ロンダリア王国万歳!!!」


 その温かい言葉にアンクレットは頭を下げたまま涙を流し続ける。そして、使用人と共に館の中へと入って行く。そして、騎士が代表し民衆に最後の言葉を告げる。


 「これより領主様はワックルト内の全てのギルド長と会談し、この地に蔓延る不正の洗い出しに入られる。そして、新たな統治体制が決まり次第、領民の皆には改めて掲示板や各ギルドへ張り紙をし知らせる事となっている。今少し、時間をいただきたい。集まってくれた皆には感謝する。これにて解散!!!」


 そう告げると領民達は一人二人とその場から離れ始める。その顔には少しの不安が残りつつも街が変わるかも知れないと言う微かな期待が見えた。

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